Does the next lawn look blue?

俺は取り立ててやることも無いので、ソファーに座って銃の手入れをしていた。
とりあえずバラしてスライドのレールを磨く。
布にオイルを含ませて擦りながら目の前の女を見ると、そいつも俺のことを熱い視線で見つめている。
というのは勘違いで、どうやら興味があるのは解体された銃の方らしい。

「それ、私にも撃てるかな?」
「ハンドガンなら誰でも撃てるし。隊長に言ってみ?」
「アリーは駄目だって」
「あの人がそう言うんならダメ」

目の前の女は、露骨にガッカリとした顔で肩を落とした。

「何? ハロちゃん、誰か殺りてえヤツでもいんの?」

俺は笑いながら聞いてみる。

「違うよ、もしもの時にだよ! 此処は日本みたいに平和じゃないからね」

唇を少し尖らせて喋る女に、その平和な国からあの人に攫ってこられたのはどこのどいつだと思いつつも、そりゃそうだと笑って相槌を打った。
何年か前に日本で仕事を終えた隊長が、このハロという女を突然連れて帰ってきた。
最初は泣きながら日本に帰してと騒いでいたけれど、半年したら流石に諦めたらしく、今ではすっかり隊長に懐いていた。
だけど俺から見てハロはすごくいい女ってわけでもなくて、いいとこ中の上くらいだ。
スタイルだって至って普通で、この程度の女ならわざわざ遠い日本から攫ってこなくても、あの人に言い寄ってくるいい女は沢山いたはずで。
なのに、なんでこの女なんだ? 
俺から言わせたら、ホントに勿体無い話だ。
それに前だったらあの人は、仕事の報酬が入ると美人のお姉ちゃんをはべらせて俺等も良い思いが出来たのに、ハロを連れ帰ってきてからはそんな事をまったくしなくなったから、こっちは全然美味しい思いが出来なくなってしまった。
今じゃ他の国に行って戦争して帰ってくると、隊長はハロを部屋に連れ込んでなかなか出てこないから、俺たちは困っている。
前に、急にクライアントから連絡が来て隊長の部屋に入ったら(一応ノックはした)パン、と音がしてドアに目をやると、そこには銃弾がめり込んでいた。
ハロをベッドの上で抱きながら、素っ裸の隊長が俺に銃を向けていた時は、流石にビックリした。
あんたは部下を殺す気か!と文句を言ったら、うるせえ、こっち見んじゃねえよと言いながら、もう一発ドアに弾を食らわせてきた。
誰があんたの裸なんか!と思ったけれど、よく考えたら俺にハロの裸を見せたくなかったわけだ。
ホントにいい歳した男が……と呆れることもあるけど、なんだかんだ言ってもやっぱり隊長は格好いい。
銃の扱いは勿論、剣捌きや体術なんかは、神がかり的に強い。
それにMSの操縦なんて、軍のエースパイロットでも叶わないほどの腕前を持っている。
見た目だって男の俺から見ても、なかなかの男前だ。
普段は不精髭を生やしてワイルドな感じだし、クライアントに会いに行く時なんかはスーツでキメて、あんたホントに傭兵かよ!ってつっこみたくなるほど格好いい。
おまけにその時は言葉使いとか身のこなし方がまるで別人みたいになって、頭の方も相当な切れ者らしく、馬鹿なクライアントからはとんでもない額の報酬をふんだくったりしていた。
もうアリー・アル・サーシェスという男の全てが、俺にとっては最高に格好の良い男なのだ。
それが悲しいことに、俺にとっての『最高に格好の良い男』は、目の前にいる『そこそこの女』に夢中らしい。

「ん? なあに?」

俺の悲しげな視線に気付いたハロが、何とも間の抜けた返事を返してきた。

「……別に」
「変なの。アリーまだかな?」

ハロは時計に目を向ける。
今日、隊長は一人でクライアントに会いに行っていて、他のみんなも仕事をしているから此処には何人かの人間がいるだけだ。
一応俺がハロの護衛(世話?)役に選ばれたのだが、隊長には、誰か他の奴いねえのかよ!と、文句を言われた。
まったく、なんで俺を信用しないんだ、あの人は。
隊長の足元にも及ばないけれど、それでもクライアントには腕の立つ庸兵だって言われて、かなり評判良いのに。

「……身体が痛い」

ハロがソファーに寝転んで、大きく伸びをしている。

「昨夜も随分と可愛がられちゃったんだ?」

ニヤけながら聞くと、図星だったらしく顔を真っ赤にして文句を言われた。

「ち、違うよっ! 寝違えただけだし!」

さっきから首筋に付けられた真新しいキスマークが見えてる事に、本人は気付いてない。
赤い顔で軽く俺を睨んで、ふいっと背凭れの方を向いてしまった。 
……まあ、こういう所は可愛いけどさ?
俺はくくっと小さく笑って、銃の手入れを再開させる。



「これでよし、と」

思っていたよりカーボンの汚れは軽くて、さほどクリーニングに時間は掛からなかった。
組み立てた銃をテーブルの上に置くと、ハロはまだ背凭れの方を向いたままの体勢で寝転んでいた。
規則的な小さい呼吸音が聞こえる。

「ハロちゃん、寝てんの?」

まったく動く様子もなく、返事も返ってこなかった。

「ったく……部屋で寝てくれよ。風邪でも引かれたら隊長に怒られるの俺なんだぜ」

部屋から毛布を取ってきて寝ているハロにそろりと掛けてやると、ん、と小さな声を漏らして寝返りをうつ。
艶のある長い髪がソファーに広がって、こう見るとあの人の気持ちが少し分かるような気がした。
頬に掛かっている髪を、そっと指で掃ってやる。
初めて見るハロの寝顔は、何だか普段よりも綺麗に見えた。

「隊長はいっつも見てんだろうなあ……」

色白の肌に閉じた長い睫毛、形の良い唇はあの人のせいで寝不足気味なのか、いつもより色素が薄い気がする。

(キスしたいかも……)

無意識にごくりと喉を鳴らしていた。

(いやいや! 絶対にダメだって! 隊長に殺される!)

俺は頭をぶんぶんと振って、邪な考えを追い出そうとした。
だけど俺は、ハロの唇から目を逸らす事が出来ないでいる。
ハロが隊長の女だからとか、そんなこと関係なく、ただ触れてみたい、そう思った。
手が勝手に動いてしまう。
いや違う、勝手に動いてるんじゃ無くて、触れたいと思っているからだ。
ハロを手に入れたいと思っているから、手が動いてしまうんだ。
そして、その唇にもう少しで指先が触れそうになった、その瞬間。

「なあにしてんだ?」

突然後ろから聞こえた声は、俺がこの世で一番リスペクトしている男のものだった。
一瞬で背中にぞくりと寒気が走る。
俺は後ろも振り返らず、すぐさまその男によく見えるように、両手を自分の肩より上に上げた。

「……お帰りなさい、隊長」

危ねえ……マジで死ぬとこだったよ? 俺……。
心臓がこれ以上ない位にばくばくと激しく動いて息苦しい。
足音が近付いてきたから、俺の横で止まるまで手を上げ続ける。
恐る恐る顔を上げると、スーツ姿の隊長が真上から俺を見下ろしていた。

(マジで怖っ!)

俺は誤魔化すように飛びっきりの笑顔を見せるが、恐らくその顔は引き攣ってるだろう。
すると隊長は思い切り眉間にしわを寄せて、吐き捨てるように言った。

「ったくよ! だから他のヤツいねえのかって言ったんだ」

(え、なに? この人、こうなることが分かってたわけ?)

ハロがもぞもぞと動き出して、眩しそうな顔をしながら顔を上げる。
すると、途端に俺の目から見てもすんごい可愛い笑顔を浮かべた。

「お帰り、アリー」
「いい子にしてたか? ハロ」

一瞬にしてこの男の表情を変えさせるハロの笑顔は、ある意味最強だ。   
隊長は跪いて、まるで眠っているお姫様に目覚めのキスをする王子様の如く、ソファーに横になっているハロに唇を寄せた。
最初はいつも通りのキスをしていたのに段々と激しくなってきて、それに気付いたハロが隊長の身体を押し退けようとしたけれど、まったく相手にされていない。
俺はというと、いつもの見慣れてるキスより激しいそれに、目が釘付けになってしまった。
そのうちに重なったままの二人の唇から卑猥な音が聞こえてきて、ハロの喉から甘えるような声が漏れてくると、やっと隊長が唇を解放した。
ハロが息を乱して涙目になりながら「人前でこんなことするなんて!」と怒っている。
すると隊長は「馬鹿、ワザとだっての」と言って、俺を見ながらにやりと笑った。
そしてハロを軽々と抱きかかえて立ち上がり、わざとらしい口調で呟く。

「お前、こんなトコで寝てんじゃねえよ。コイツにどこか悪戯されてねえか、じっくり調べないとなァ?」

(……何もしてねえから)

口には出さなくたって本当はこの人も判っているけれど、ただハロを弄りたいだけの口実なワケで……。
歩き出して部屋に向かう隊長と、首に腕をまわして甘えるハロを見て、こう見るとこの二人、なかなか似合ってるじゃんと思う自分がいる。
何だかもうどっちに嫉妬してるのか、分からない自分がいた。
そして部屋に入る前の隊長が、後ろを振り向きもしないで俺に言い放った、恐ろしいひと言。

「二度目はねえからなー」
「……う、ういっす」

そんなに優しく言われると、その方がよっぽど怖いです、隊長……。
そのあと、満足した顔の隊長が部屋から出てきたのは、それから半日後のことだった。



なんだかアリーさん夢というより、部下夢?
Σ(゚Д゚|||)







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