Be kept……

ラグナ・ハーヴェイが経済力のある日本にパイプを持ちたいからと選ばれたのがハロの父親だった。
昔からの名家で色々と顔が利くらしく、新事業を展開するにあたってそのコネクションが欲しいようだ。 
いざとなれば何でもこなす手腕を気に入られ、俺はラグナ・ハーヴェイに何かと便利に使われていた。
戦争ならいくらでも喜んでやるのに、こんなくだらないことに付き合わされ、心底ウンザリする。
必要な時には殺しでもやる俺を、まるでSP謙秘書のように連れまわすコイツには時折殺意を覚えたが、それでも利用価値はあると自分に言い聞かせていた。
これだけ上玉のスポンサーは、そう見つかりはしない。
その日も日本に連れて行かれ、会食とやらに付き合わされた時に、俺は初めてハロを見た。
一目見てその女が欲しくなった。
悪くはないが、取り立てて良い女という訳でもない。
この位の女なら俺が声を掛ければいくらでも尻尾を振ってついてくる、見た目はその程度だった。
顔もスタイルも人並みだったが、俺の目はそいつを捕らえて放さない。
人間の中に残る動物的な本能が欲している、そう感じた。
日本人らしいくせのないさらりとした黒髪に、黒い瞳。
その手触りの良さそうな髪に指を差し込んで、思い切り絡め取ったらどんな好い声を上げるのか。
そう考えながら視線を向けていた俺にハロの両親が気付いたらしく、何やら懸命にハロの話を振ってきたが、そんなことはどうでもよかった。
どうすれば目の前にいるこの女を自分のモノに出来るか、それだけを考えていた。
すると、ハロの様子がおかしいことに気付く。
馬鹿みたいに娘の自慢話をする母親とは対照的に、俯き加減で顔色があまり良くない。
そういえば初めてこの女に視線を向けた時から、どこか様子がおかしかった。
緊張しているのか、目を合わせたのは最初に挨拶をした時だけだったと思い返す。

「どうかされたのですか?」

努めて優しく俺が紳士を装い聞いてやれば、大概の女は笑みを浮かべてこの目を見つめてくる。
すると途端にハロの肩がびくりと揺れて、ゆっくりと顔を上げた。
刹那、向けられた黒い瞳に、ぞくりとした興奮が身体の中を駆け抜けていく。
すぐにまた俯いたハロの顔を眺め、俺は理解する。
こいつも今、自分とまったく同じような感覚を味わっていることを。
しかも、まるで逆の立場で。
それからは簡単だった。
特に母親は随分と俺を気に入り、すっかり信用しきっている。
父親も、国際経済団体トップのラグナ・ハーヴェイと一緒にいる男を、まさかただの戦争屋だとは思ってもいないだろう。
小綺麗なスーツを着て、ただ笑顔を作ってさえいればよかった。
ハロが俺に対して感じているものなど誰も知る由も無く、思っていたよりずっと容易く手に入れることが出来そうだ。

「たかが女一人のために愛想を振りまくなんて、やはり君も人の子だな」

そう言って鼻で笑ったラグナ・ハーヴェイに俺は笑顔で応える。

「……そりゃあ戦争ばかりやってても、俺も男ですからねェ」

用済みになったらどんなやり方でこの男を殺してやろうか、それだけを考えながら。



私は、未だ男の顔を正面から見ることが出来なかった。
その容姿を見て、危険だと感じる人間はまずいないと思わせるほどの姿形であるにも関わらず、私の中の何かが目の前の男に対して警告を出している。

「本当に大人しいお嬢さんですね。このような方を日本では“おくゆかしい”と言うのでしょうか?」

よく通る低音でそう言いながら、男が私に微笑みかける。

「とんでもない! いつもはもっとお喋りなんですよ? きっとビアッジさんの前で緊張してるんでしょう。ねぇハロ?」
「本当だな、こんなに素敵な男性に見初められるなんて、父親として鼻が高い」

二人には分からないのだろうか?
私を眺めている視線が、まるで肉食動物が獲物を物色するような目つきをしているとことに。

「しかし、本当に宜しいのですか? 大事なお嬢さんを私なんかに預けて頂いて。しかもこのままヨーロッパに連れて行きたいと言う、私の我侭まで聞いて下さるとは……」
「勿論ですわ。至らない娘ですが、花嫁修業でもさせるつもりで何にでも使ってやって下さいね?」
「大切に預からせて頂きます」

真剣な面持ちが頭を下げて日本風の挨拶をする。

「ラグナ総帥にくれぐれも宜しくお伝え下さい」
「承知しております」

男はすぐに笑みを作り、立ち上がった。

「行きましょうか、ハロさん」

目の前に大きな手を差し出された私は、駄目だと判りつつもまるで誘われるように顔を上げてしまった。
その立ち振る舞いは洗練されていて、長身で立派な体躯をした男にダークカラーのスーツがよく似合っている。
赤い髪を後ろで束ね、整った顔立ちには優しい微笑みを浮かべているが、それに似つかわない鋭い目が酷く印象的だった。
これ以上視線を合わせてはいけないと俯き、恐々と伸ばし掛けていた指先を思い止まり戻そうとした時、突然手首を掴まれた。
そのまま引っ張られるように椅子から立たされると、男の胸に飛び込んだ体勢になってしまい、力強い片腕が逃げ道を塞ぐように素早く背中に回る。
男の人にこんなにも近付いたことのない私は、先程の自分からの警告もあってか、初めて触れた異性の身体の感触に恐怖すら感じてしまう。

「おっと……これは失礼しました」

男はわざと腰を抱くような素振りをしておきながら、紳士的な口の利き方をした。

「それでは参りましょう」

私の腰を強く引き寄せたまま、男は歩き出した。
きっと薄いグリーンの瞳は、しっかりと私を捕らえているのだろう……。



車に乗り込んだあと、男の態度が一変した。
私を助手席に押し込むように乗せて、自分も運転席にどさりと身を落とす。

「……ったく肩が凝るぜ」

いつもならきちんと締めているネクタイを指先で弛め、結わいてあった細い紐を解いて赤い髪に指を差し込み、くしゃくしゃと散らした。
いつもの洗練された身のこなしとはまるで違う粗野な態度に、やはり私が感じたものは間違っていなかったと、今更ながらに確信する。
そして首だけをこちらに向けて、話しかけてきた。

「なァ、お前分かってたろ? 最初から」

今までと違い、まるで別人のように喋る男の乱暴な言葉遣いに身体が強張る。
私は身動き一つ出来ずに俯いたまま、その言葉を聞いていた。
男は急に何かを思い出したように、くっと小さな笑い声を洩らした。

「ホントにまァ、日本人てヤツは平和呆けしてるっつーか、ネクタイさえ締めてりゃ信用すんだな。俺みたいな男にテメェの娘を簡単によこしちまうんだからなァ。まあコッチとしちゃあ手間が省けて良かったけどよ」

急に腕が伸びてきて、私の顎を指で掴むと、強い力で自分の方へと向けさせた。

「分かってて俺について来たんだ、覚悟は出来てんだろ? なァ、ハロ」

上から滑らせるようにして髪を撫でた大きな手のひらが、毛先を軽く掴んで両端の上がった自分の唇へと持っていく。
そして肉食動物が獲物を捕らえた時のような目つきで、私を見つめた。
その瞬間、私は諦める。
この男に捕らわれて、もう逃げることは出来ないのだと。




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