Future in the future

「今回の情報は以上よ」

ハロは鬱陶しそうに髪をかき上げてソファーから立ち上がり、すぐさま帰り支度を始めるから、俺は手首を掴んでそれを止めさせる。

「何急いでんだ?」
「別に。ただ今日はそういう気分じゃないの」

一瞬目が合ったがすぐに逸らされて、掴んだ俺の手を振り払う。

「俺は十分、そういう気分なんだけど?」

ハロの髪に指を通して毛先を自分の唇に持っていくと、その手まで素っ気無い仕草で振り払われた。

「ライル、本当に今日は嫌なの」

俺の顔も見ずにソファーに置いてある自分の上着とバッグを手に取り、部屋を出て行こうとする。
その腕にもう一度手を伸ばしてさっきよりも強い力で握ると、一旦帰ることを諦めたのか、彼女はドアに向けていた黒い瞳を俺へと向け直した。

「お前が近付いたあの連邦保安局員、随分と女好きだったらしいな」
「……」
「今回の情報はいつもよりデータが明確だ。これだけの代物、どうやって手に入れた? なあハロ」
「ライルには関係ない」
「……寝たのか?」
「カタロンだってこのデータは喉から手が出るほど欲しかったんじゃないの?」
「おまえ、いつからイロまでやるようになった」

そう問えば、ハロは強く俺を睨みつけてくる。

「これが初めてよ! チャンスだったの! これで大勢の仲間を助けることが出来るし、これからだって――」
「自分の身体を使っても、か?」
「……そうよ」

顔を歪ませたハロは返事をして、掴まれたままの腕から力を抜いた。


ハロは諜報活動員としてある組織に所属しているが、こうして同じ反政府組織の構成員の俺に、度々情報提供をしてくれていた。
勿論、俺達カタロンが捜査した情報も提供して、同じ地球連邦政府を敵に回している者同士、こうした情報交換をしながら互いを支援し合っている。
ハロの兄は二年前までカタロンの構成員だったが、連邦保安局に捕まり反政府勢力収監施設に入れられ、その後処刑された。
こうしてホテルでおち合い情報を聞いた後、ベッドで抱き合うようになったのはそれからだった。
初めに誘ったのは俺の方だったが、ハロはどういうつもりですんなりとこんな誘いに乗ってきたのだろう。
この世でたった一人きりの家族だった兄を亡くし、寂しかっただけなのかもしれない。
こいつが望んでいるのは、ただ寂しさを埋める身体だけの関係なのだろうが、俺は違う。
それでも、そんな素振りを一切感じさせないように彼女に接してきた。
今日までは。


「お前、この先もそうやって――」
「大した事じゃないでしょう? 仲間が助かると思えば」

『大した事じゃない』……?
そう言ってまた視線を逸らせたハロの腕を引きずるように、強引にベッドまで連れて行く。

「ライル、止めて! 本当に嫌なの!」

もう片方の手で俺の腕を振り解こうとするが男女の力の差は歴然で、ハロをベッドに押し倒し、その身体の上に跨った。
二人分の体重が掛かったベッドが深く沈む。
ぎしぎしと、スプリングの軋む音がやたらとうるい。
今までこんなにも強引に扱かわれた事などなかったハロは、驚いた表情のまま顔を強張らせ、その間に乱暴な手つきで服を脱がしていく。
慌てて必死にもがきだした細い両腕を頭の上で束ね、左手で押さえつけた。

「……放してよ」

きつく睨みつけてくるがその目にはいつもの強さはなく、それどころか今は弱々しささえ感じる。

「連邦の犬に抱かせたんだ。だったら今、ここで俺に抱かれるのも大したことじゃねえだろ」

酷い言葉だと自分でも思う。
これまで一度もハロが嫌がる事などしたことはないし、したいとも思わなかった。
それでも今は自分でも抑え切れない思いに突き動かされて、物事を冷静に考えることなどできない。
右手でハロの胸元を大きく開くと、その白い肌にはしっかりとそれとわかる赤い痕が幾つも付けられていた。
瞬間、頭に血がのぼり体温が一気に熱くなると、込み上がってくる激しい怒りが抑えきれなくなる。

「嫌っ、ライル!」

ハロは首を振りながら大きく身体を動かして暴れる。
揺れる胸元に目を遣れば、嫉妬で気が狂いそうだった。

(これが『大した事じゃない』? ふざけんな……っ!)

「こんなに沢山付けられやがって」

白い肌の上に散らばった痕に自分の唇を重ねてきつく吸い上げると、痛みからか、瞬間息を呑んだように小さな肩が強張った。
華奢な身体に体重を掛けて押さえ込みながら、全てを新しい痕で覆うように、俺は乱暴なまでにハロの胸元へ唇を押し当てていく。
つい何日か前にもこうしてハロの肌を味わった男がいると思うと、顔も知らないその相手に殺意さえ湧いてくるほどだ。
どれだけ夢中になりそれを繰り返していたのだろうか、我に返り慌てて顔を上げると、目の前の肌は真っ赤に色付いて、痛々しい程の内出血で埋め尽くされていた。
自分がこれを付けたのかと思えば胸が締め付けられて酷く痛んだ。
真直ぐに天井を見上げているハロの目には涙が盛り上がり、今にも零れ落ちそうになっている。
唇をかみ締めて耐えていたのか、僅かに傷が付いていた。
その小さな傷にそっと唇を重ね、上からハロを見下ろす。
潤んだ瞳と視線が重なり、どうしようもないほどの切なさが胸を突き刺した。

(もう無理だ。これ以上自分の気持ちを抑え込むのは)

押さえ付けていた両腕を解放して、出来るだけ優しく、手のひらを柔らかな頬に添える。

「おまえを傷付けたくなんかないのに、俺は……」

囚われてしまいそうだった。
ハロへの想いに。

「好きだ。ずっとハロが好きだった」

昔から自分の中にある本当の感情を隠すように生きてきたせいで、激情に駆られるのが怖かった。
本心を口にしてしまうことも、何かに執着してしまうことも、こんなにも誰かに惹かれてしまうことも。
それなのに今は、溢れてくるハロへの想いを抑えることが出来ない。

「私も……私も好き、ライルが好きなの。私こそ守りたいのよ……あなたを。兄さんみたいに失いたくないの」

ぎゅっと眉を寄せ涙を零しながら告げられた言葉に胸が熱くなり、もう何も抑える必要などない……そう素直に思った。
初めて見る涙で歪んだハロのその顔がどうしようもなく愛しくて、俺は涙を吸い取りながら目尻に口付けた後、白い首筋に顔を埋めた。
喉元から鎖骨に舌を這わせる。
まるで溜め息をつくような息遣いが聞こえ、時々身体を震わせるその姿が一層愛しくてたまらなくなる。
赤く染まった胸元を避けて先端を口に含み舌で愛撫すると、一瞬小さな声を出し、肩を震わせた。
中心に指を滑らせばその場所は既に潤んでいて、そのままそっと押し込むとハロの腰が大きく揺れ動いた。
十分潤っているそこに二本目の指を差し込み、緩く動かす。
何度も腰を跳ね上げながら大きく喉を反らせ、淫らな声があがり始める。
少し汗ばんだ身体、激しく乱れた息遣い、指の先が白くなるほど強くシーツを掴んでいる手。
ハロを独占したい。
髪の先から指先、爪の先まで、ハロの全てを。 
指を引き抜き、押し上げた両膝の間へゆっくりと腰を沈めていく。
きつく目を閉じ、掠れ声を出すその仕草さえも愛しくて可愛くて、何度もキスを繰り返した。
辛そうに眉根を寄せるその表情に煽られ、さらに奥まで腰を埋める。
今度は繋がりが離れてしまいそうなほど腰を引くと、不安そうに薄らと目を開き俺を見上げた顔が、見惚れるほど美しい。
背筋にぞくりと震えが走り、腰が痺れてすぐに吐精感に襲われた。

「……ライル、我慢する必要ないから」

少しだけ辛そうに、それでも微笑んでくれるハロの表情は、まるで小さな子供をあやすような、眩しいほどの優しい顔だった。
その瞬間、何故か泣きたくなるほどのどうしようもない切なさが胸に押し寄せてきたことに俺は驚く。
十四歳で家族を失った時でさえ、涙は出てこなかった。
自分は冷たい人間で、どこかに欠陥があるのかも知れないと思いながら今日まで生きてきた。
今まで忘れていた、涙が出る前に感じる喉の奥が苦しいような、痛むような独特のこの感覚に困惑してしまう。
ぼやけ始めた視界に気付かれないようハロの肩口に顔を埋めると、彼女の腕が包み込むように優しく、俺の頭を抱き寄せた。

「大丈夫だから……」

そうか……俺は怖いんだ、愛する人を失うことが。
大切な人を守らなければならない責任、そして、失った時の痛み。
俺は避けてきたんだ……大事なものを作ることから。
だけど今日からは、今からは。
逃げてばかりでは前に進めない。
ハロをこの先ずっと、俺が守っていきたいから。

「二度と、他の男に抱かせたりするかよ」

耳元で呟いたあと軽く息を吐き、下肢を動かし始める。
我慢せずに激しく、この愛しい身体の中を俺で一杯にするように、深くまで。
訪れる強烈な快感に眩暈がする。
それでも、この想いを伝えるように、もっともっと強く。
ハロの腕が俺の頭を苦しいほど抱き寄せ、その細い指が俺の髪を痛いほど掴み、声すらも上げられず、必死に空気を取り込もうと息を吸い込んでいる。
腕の中の身体をきつく抱き締めながら全てを埋め尽くし、今まで以上の快感を味わう。
脳が痺れて目の前が霞む。
狂おしいほどの、快感。


目覚めると、いつも隣にはないはずの温かさを感じて、そのぬくもりをそっと抱き寄せる。
腕の中には、まだ眠ったままのハロがいた。
初めて目にするその寝顔はとても穏やかで、その口元には笑みが浮かんでいるようにも見えた。
このままいつまでもこの心地よい感触に浸っていたいと思い、ハロの米神にそっと唇を押し当てる。
それでもこの先に待っている現実を思い浮かべ、俺はハロの身体を抱き締める腕に僅かな力を込めた。
戦っていくのだ、これからも。
覚悟を決めた上で反政府組織に、カタロンに所属している。
そして俺が、俺という人間が、守っていきたいと心から願う愛する人のために。

「……ライル?」

まだ眠そうな目を細めながら俺を見上げてくるハロに優しく口付ける。
摺り寄せてくるその身体に腕をまわし引き寄せると、今までに味わったこともない幸せを感じた。
この腕の中の小さな温もりを守るために。
儚くも脆いこの世界を、変えていくのだ。
俺達が、俺達のために、これからの未来を。




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