不破剣人

X.I.P.と3 Majestyが共演したドームでの3DAYS LIVE最終日。
何度目かのアンコールに彼等が応えた後も、未だドーム内には熱狂的な歓声と拍手が鳴り響いている。
それぞれメンバーの名前を呼ぶ黄色い声も交じるなか、二つのユニット名を交互に叫ぶ甲高い声に会場全体が揺れていた。
不破剣人は汗で肌に張り付いた黒革のジャケットを脱ぐと、待ち構えていたスタッフの一人がすぐにそれを受け取り、大きくX.I.P.のロゴが入ったスポーツタオルを彼に手渡した。
見事なまでに引き締まった身体から滴る汗をタオルで無造作に拭き、大きな手のひらが濡れた藍鉄色の髪をばさりとかき上げる。
差し出されたミネラルウォーターを一気に飲み干してから、汗の滲んだ太い二の腕が乱暴に唇を拭った。
野生的な外見を引き立たせるその男っぽい動作に、ファンのみならず女性なら誰もが視線を奪われるだろう。

「キョウヤ」

ライヴ後の少し掠れた剣人の低音が、共にステージから降りてきたリーダーの伊達京也の名を呼んだ。
金色に染めた長めの髪と甘いマスクの京也の容姿は、精悍さを絵に描いたような剣人とは、まるで正反対の魅力を持っている。
途端、無事にライヴをやり遂げて緊張感の解けた京也の顔に苦笑の笑みが浮かぶ。
以前は『堅物だ』と揶揄していた頃の剣人を思い出せば、更に表情が緩んで口元の笑みは濃くなった。
そんなリーダーの内心を知ってか知らずか、剣人の大きな体躯が勢いよく駆け出して、スタッフが忙しなく往来するステージ裏から離れていく。

「ライヴであれだけ動いたのにまだ盛ってんの? さすが猛獣だね」

そう言いながら京也に歩み寄ったのは、もう一人のX.I.P.メンバー、神埼透である。
まだあどけなさの残る綺麗な顔立ちに似合わない物言いは、彼の魅力のひとつだと言える。
スポーツドリンクで水分補給しながら二人の僅かな遣り取りを少し離れた場所で傍観していたようだ。

「仕方ねえだろ。ケント先生は遅いセイシュンを謳歌してる真っ最中だからな」

まだ息の上がった声で湿った金髪に指を通し、目を細めている京也を見て、なんでアンタがそんな嬉しそうな顔してんだよと、透は胸の中で毒づく。

「……はあ。どうでもいいけどさ、疲れたし腹減ったんですけど」
「よし! 今夜の打ち上げはいつもより派手に行っちゃう?」
「料理不味かったら、すぐに帰るから」
「はいはい……猛獣二匹を飼い馴らすのは楽じゃないわ」

気安い態度で肩に腕をまわしてくるリーダーに向かい、愛想のない美形は大きな溜め息を付くが、その腕を振り解こうとはしない。
素っ気無い態度と言葉で応える透の横顔が、大きな背中を見送るように眺めていることに、京也もまた気付いている。
二人の眼には、華やかな世界に染まることなく、ただ真っ直ぐに前を見据えている剣人の後ろ姿が見えていた。
慌しい大勢のスタッフに囲まれた二人の視界から、その後ろ姿が消える。
未だ鳴り止まない歓声を後にして、京也と透は楽屋へと歩き出した。





醒めやらない熱がハロの全身を覆っている。
センターポジションから向けられた鋭い眼差し。
余計な肉が全て削ぎ落とされた、まるでボクサーのような身体。
ドーム内に響き渡っていた剣人の低い声が、まだ耳の奥に残っている。
巨大スクリーンに映し出されていた彼の姿が頭から離れなくて、それらを思い出すたびに心臓は跳ね、唇からは無意識にふわりとした溜め息が零れていく。
今日の剣人からは、いつも以上に男っぽいフェロモンが溢れていたように感じた。
そういえば来月、女性誌で特集を組まれると聞いた。
<抱かれたい男ランキング>のベストスリーに剣人がランクインしたらしい。
X.I.P.の二人と3 Majestyのメンバーもランキングには入っているらしいが、やはり女性の目には剣人の逞しい体躯が別格に映るのだろう。
でも、彼の魅力はカラダだけではない。
とても無愛想に見えても本当は誰よりも優しくて、時々、母性本能を擽る可愛いところもあって……。
ああ……もう嫌になる。
また自分の中で葛藤が始まった。
彼は歴とした人気アーティストだ。
きらきらと輝いている世界の住人であり、美人の女優や初々しいアイドルたちに誘惑されるのは目に見えている。
綺麗なモデルとなんてあまりにも似合い過ぎて、想像しただけで泣きたくなってきた。
目の前で顔が見たい。
彼のことが恋しくて仕方ない。
歩みを止めて夜空を見上げ、瞬くように輝いた幾つかの星達を眺めたあとに項垂れたハロは、重い足取りで薄暗い舗道をとぼとぼと歩きだして行く。
街灯に照らされた公園の時計は十時十五分をさしていた。
マンションまで、あともう少しの距離。
コンビニで寄り道をして、ビールでも買って帰ろうか。
そんなことを考えているとバッグの中で【E→motion】が流れ出し、反射的に足を止めた。
聞こえてきたスマートフォンの着メロにハロは再び溜め息を付く。
今はこのメロディにさえ哀しさを感じてしまい、良からぬ思いがむくむくと胸の中に湧いてくる。
剣人は今頃、ライヴの打ち上げでお洒落なお店にでも行っているのだろうか。
もしかしたら、美人な女優や初々しいアイドルたちや、綺麗なモデルなんかも打ち上げに呼ばれているかも知れない。
ハロは脳裏に浮かびかけた映像を打ち消すように、顔を何度か大きく左右に振った。
バッグの中では相変わらず【E→motion】が流れ続けている。

「……もう、こんな時に一体誰?」

振動するスマートフォンをバッグから取り出して着信相手を確認した。
途端、黒い瞳が驚いて目を見開く。

『不破 剣人 090-XXXX-XXXX』

嘘……剣人からだ……!
慌てて画面に指先を落とし、そっと耳へと押し当てた。

『出るのおせえ』

硬い機器の向こうから聴こえるのはやはり剣人の声だった。
胸を疼かせるそれは決して幻聴などではなく、頭の中が軽く混乱して一瞬声を失う。

『……ハロ? おい』
「ご、ごめんね! ちょっとびっくりしちゃって」

熱い感情が込み上げてきて、ハロの顔には満面の笑みが浮かぶ。
頬にも熱が集まってくる。
どうしよう……凄く嬉しい……!

『どうした、何かあったのか?』
「何でもないよ! ケントこそどうしたの? まだライヴ終わったばっかりなのに電話なんかして大丈夫なの?」  
『ああ……平気だ。お前こそ、今何処に居る』
「ええっと……マンション近くの公園を通り過ぎたところだけど」
『すぐに帰って来い』

その言葉を聴いてハロははっとする。
もしかしてと、気持ちが逸った。

「まさかとは思うけど……今、私のマンションに居るとか言わないよね?」
『……居たらまずいのか?』

ほんの少しの間、黙り込んだ剣人の声。

「まさか! そんなこと無いよ!」
『それならいいが』

大盛況のまま終わったライヴの感動も、そして何故この時間に剣人が自分のマンションに居るのかも。
言いたいことも訊きたいことも沢山あるはずなのに、何も言葉が出てこない。

『……早くお前に逢いてえ』

そう告げられたハロは、心も身体も蕩けそうになる。
こんなにも率直に想いを告げてくれることが何よりも嬉しくて。
私も、逢いたくて仕方が無いよ。
剣人の広い胸にぎゅっと抱き付きたい。
僅か数分前に感じていた哀しさは何処かへと吹き飛んで、抑えきれなくなりそうな感情に顔を綻ばせたハロはすぐに駆け出して行く。
さっきの剣人とまるで同じように。





身体中が熱い。
まだ心臓の音が耳の中で鼓膜を震わせている。
今日までに数え切れないほど何度もハロとセックスをしてきた。
それでも尚、彼女を抱かずにはいられない。
ライブの後はいつもこうだ。

「……ん、……っ」

達したあともすぐに唇を重ね、舌を絡め合う。
落ち着くのを待っている余裕など今の剣人には無かった。
体勢を変え、後ろからハロの身体を抱き締める。
薄っすらと上気して見える滑らかな肌。
白い首筋が、自分より幾回りも小さな肩が、酷く艶かしい。

「たまんねえ……お前の首も、背中も」

ほっそりとした項に濡れた舌を這わせながら、大きな手のひらが胸の膨らみを遠慮なく押し上げる。
敏感になっている頂が一層硬さを増すと長い指が強く頂を挟み、少し乱暴に転がしてやれば普段の彼女からは想像もつかないほどの鼻にかかった甘い喘ぎ声を漏らす。

「あっ……ん……」

素直な反応を見せるハロが可愛い。
後ろから首筋に強く吸い付いて、もういくつ目になるのか分からない印を付けた。
自分の心をこんなにも捕らえるものに出逢うなど、以前の剣人には想像すら出来なかった。

『お前は堅物過ぎる』

何度も京也にそう揶揄された。
それが今では、こうして身体の奥底から湧き上がってくる欲望に、そしてなにより彼女への愛おしさに、胸が昂る。
シーツにうつ伏せてしまいそうになる身体に腕を回した剣人は、腰を高く上げさせて自分の重心を埋めていく。
か細い泣き声が上がっても動きは止めてやらない。
筋の浮いた手の甲が柔らかな腹部を持ち上げるようにして後ろから容赦なくハロを貫き、揺さぶった。

「ケン、ト……っ」

ハロは息を堪えながら振り向くと、泣き濡れた黒い瞳を真後ろに向けて男らしい端整な顔に腕を伸ばした。
指先が肉の削げた頬に触れる。
何かを強請ろうとしている淫らな眼差しに思わず剣人の喉奥が鳴った。
ハロの髪をそっとかき混ぜて、艶めいた低音が囁く。

「……どうしたい」

欲望を刺激するセクシーな声。
もっと、もっと……剣人が欲しい。
彼を独り占めしたい。
今までに感じたこともない熱が、全身を駆けめぐっていく。
征服される悦びを味わいながらも、同時に彼を征服してみたいという想いが下腹部の辺りから沸々と湧いてくる。
ハロは何も答えないまま、剣人の腕を引き剥がして体勢を入れ替えようとする。
重なり合う下肢を放せば、脈を打ちながら張り詰めていた剣人が体内から居なくなった。
形の良い唇から男っぽい吐息が漏れ、同時に今までいっぱいになっていたハロのぬかるみが焦燥感を覚えるように切なく疼く。
そして剣人の大きな身体を二人の汗で湿ったシーツの上に押し倒し、引き締まった腹の上に乗る。
まるで、盛りのついた雌猫のよう。
そう思いながら、ハロは硬い腹筋に手のひらを添えて前屈みになると、自らの腹に付きそうなほど反り上がっている熱い塊を潤みへと誘っていく。
反射的に目を閉じた剣人の顔を、上から真っ直ぐに見下ろして。
息を吐きながらゆっくり腰を沈める。
微かな呻き声を漏らし、薄く瞼を開いた精悍な顔立ちが切なげに歪んだ。
こんな表情を見せられたら、堪らない。
ハロの息遣いが艶やかに乱れると、限界まで張り詰めていると感じていた剣人の質量が、ハロの体内で更に大きさを増した。
壁に当たる。
突き破りそうなくらい。
奥にまで届く苦しさと快感がない交ぜになる。
自分の中に剣人の存在をありありと感じてハロの全身に震えが走った。
息を吐きながらゆるりと腰を浮かせ、もう一度静かに沈めていく。

「……ハロ……」

腰を揺らめかせたハロは浅い呼吸を繰り返しながら、その低い声に恍惚とした。
同じように剣人も強すぎる快感を味わっているのか、彼が行為の最中にこんなにも切なげな声で名を呼んだのは初めてかも知れない。
下から向けられる熱い視線を受け止めれば今以上に身体が昂っていく。
ハロは呼吸と一緒に腰の動きを速めた。
いくつもの快感がやってくる。
まるで、剣人の全てがこのまま自分のものになっていくようで、懸命に腰を揺らし続けた。

「けん、とぉ……っ」

無意識に名を呼んだ。
感じ過ぎて自制が出来なくなり、怖くなる。
突然、下からぐっと突き上げられ、ハロの背中が後ろへと大きく反り返った。
柔らかな丸い尻に骨ばった指を食い込ませ、逞しい腰が力強く動き始める。

「あっ……あっ……」

激しい突き上げに合わせ、跳ねるような喘ぎ声を上げ続けるハロの耳に苦しげな息遣いが聞こえた。

「……これ以上、夢中にさせるな……」

剣人は女が望むような甘い台詞を囁ける男ではない。
それでもぞくりと肌を粟立たせる艶っぽい低音で、ハロを射殺すほどの言葉を告げてくる。
しかも、自分の体内の一番深い場所に居ながら。
あまりの切なさで胸が潰れてしまうと、ハロは本気で思った。
愛おしくて。
目の前の男の全てが、何もかもが、愛おしくて。
崩れてしまいそうになる身体を何とか折り曲げて唇を重ねる。
すぐに大きな手のひらがハロの髪に埋まり、頭の後ろを強い力で手繰り寄せた。
ひとつに繋がりながらのキス。
制御できないというように、二人の動きは激しさを増していく。

「もう、もたねえ」

耳元で呻くように剣人が告げる。
ハロは懸命に何度も頷き、それを確認した太い両腕が強く背中を引き寄せて、ベッドが煩く軋むほど思い切り腰を突き上げた。
がくがくと震えるハロの身体を抱き締めながら、剣人は己を解放する。
互いに、心から幸せだと感じる、最高の瞬間だった。
二人の息遣いが大きく乱れるなか、広い胸に顔を埋めたハロの背骨を軋ませるほどの力で、逞しい両腕が強く抱き締めてくる。
……こんな充足感、ライヴでも味わえねえ。
普段言葉が少なめな剣人からの、最上級の愛情表現。
悦びで心臓が締め付けられるように苦しい。
この苦しさこそ、彼に愛された証。
そして弾けた熱が、ゆっくりとゆっくりと、治まっていく。
頭を優しく撫でられたハロは上手く動かせない身体で距離を取ろうとするが、離れるなと、すぐにまた背中を引き寄せられた。
一瞬見えたのは、剣人の割れた腹の上に付いていた、引っ掻き傷のような赤い爪あと。

「お腹に爪のあとが……」
「構わねえ。お前こそ俺のあとだらけだ」

素肌に付いた傷痕に、これでは衣装が着れないと、ハロは不安げな表情を浮かべた。
対照的に、剣人の顔は幸福に満ちている。

「どうしよう……また伊達さんに怒られるね」
「ああ……またキョウヤに怒られるな」

二人は見つめ合い、そして笑った。
身体の熱は一向に冷める気配がない。
剣人の手のひらがハロの髪に埋まる。
ハロの指先が剣人の頬に触れる。
すぐに唇を重ね合い、何度でも訪れる幸せに互いの身を委ねた。




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