緑間真太郎

緑間君を初めて見たのは高校二年の春だった。
あの超有名な『キセキノセダイ』の一人がうち<秀徳>に入学してきたんだって!と、興奮気味に話をする友達に誘われて、大して興味も無かったバスケ部の練習を見学しに放課後の体育館へ足を運んだ時だ。
私は最初、彼は感情が無い人なのだろうかと思った。
『キセキノセダイ』をひと目見ようと集まっていた大勢の生徒達の目の前で、緑間君がセンターライン越しから放ったシュートは、今までに見たこともない大きな弧を描きながら、全てゴールリングへと吸い込まれていく。
その度に体育館の中には大歓声が上がった。
男子は口々にすげえっ!と声を張り上げ、女子の多くがカッコいいっ!と甲高い声を上げた。
それなのに、コートに立っている彼の表情は少しも変わらない。
ただ真っ直ぐに前だけを見つめて、黒いセルフレームのブリッジを長い指先で押し上げる仕草を、私は遠くから眺めていた。
綺麗な子だ。
ただ素直にそう思った。
あの日もそうだった。
雨にうたれながら顔を上げて、じっと動かずに灰色の空を仰いでいた緑間君の姿を、偶然にも見つけてしまった。
髪にもジャージにもすっかりと雨をしみ込ませたまま、表情の無い頬に幾筋もの雫を伝わせて。
その姿がまるで一枚の絵のようだったから、たった独りきりで雨にうたれ続けている緑間君の姿を、いつまでもいつまでも、また私は遠くから眺めていた。

「何を見ている」
「何って。緑間君の顔だけど」
「そんなことは分っているのだよ」
「んー、男のクセに相変わらず綺麗な顔してるなって」

途端、今は眼鏡を外している緑間君が、迷惑そうに眉を顰める。
あの頃よりも精悍さの増した、大人の男の顔だ。
それでも無愛想なところは少しも変わっていない。
つい昔を懐かしんでくすりと笑った私の唇を、突然目の前の唇に塞がれた。
柔らかで温かな舌が、舌先に絡む。
水音を立てて唇が離れていく。
気恥ずかしさに目を伏せていると前髪をはらわれて、額にも唇が触れた。
背の高い彼と二人で寝るには狭すぎるダブルベッドの上、久し振りに感じる身体の重み、髪の匂い、肌の体温がとても心地良かった。

「By the way, did you master the English conversation well?(ところで、英会話はしっかりマスターしたのか?)」
「えっと……、so-so (まあまあ、かな)」
「勉強不足なのだよ。『 so-so 』を使うのはあまり好ましくない。いい大人がきちんとした公用語くらい話せないでどうする」
「だって私には必要ないもん。じゃあ緑間くんが教えてよ」
「NBA選手にそんな暇は無いのだよ。馬鹿め」
「年上に向かって馬鹿はないでしょ!?」

ふいっとわざとそっぽを向く。
髪に伸びてきた指も跳ね除けた。
すると首筋に吐息が掛かる。
すぐに唇が触れて、何度も触れて、時々、項に濡れた舌先が這って。
また、セックスの続きのような湿った空気が漂って、思わず小さな喘ぎ声が漏れた。
肩を引き寄せられながら、もう一度唇が重なる。
ゆっくりと離れていく端整な顔が、目の前でふっと笑った。
とても優しい笑顔だ。
人に笑い掛けることが苦手な緑間君の大きな手が、大切なものに触れるように、私の頬をそっと撫ぜていく。
今の私になら分る。
彼は、普段あまり表情を表に出そうとしないこの顔の下に、誰にも負けない強い闘志と、熱い情熱を隠している。

「……明日だね、デビュー戦。どう? 流石に緊張してきた?」
「愚問だな。お前と違って俺は常に人事を尽くしている。全てにおいて万全だ」
「はいはい。あとは朝になるのを待って、かに座のラッキーアイテムを用意するだけってことね」
「それはもう必要ないのだよ」
「……どうして?」

不思議に思いながらそう問いかけると、真顔になった緑間君が一呼吸置いてから、ゆっくり、はっきり、言葉を紡いでいく。

「人事を尽くして天命を待つ。俺は今日まで一日たりとも努力を怠らず、最善を尽くしてきた。ここ<NBA>でもナンバーワンシューターになる自信があるし、必ずなってみせる」
「ん」
「だからハロは、俺の傍で一生見届けていろ」
「……え?」
「それが、お前の人事なのだから」

一瞬、心臓が止まってしまうかと思った。
今までに見たこともないような、凛とした眼差しに目を奪われる。
無理に平静を装うため、まさか私を狸の信楽焼や招き猫と一緒にする気なの?と唇を尖らせると、緑間君は苦笑して、そうだとでも言いたげに軽く口角を上げた。
あの頃は、ただ遠くから眺めているだけだった。
あれから何度も季節が流れ、今、すぐ手を伸ばせば届く距離に彼がいる。
突然、緑間君が驚いたように目を見開いたのは、きっと私がみっともなく涙ぐんでいるせいだ。
がらにもなく動揺したのか、彼も切なげに眉根を寄せながら指先で何度も髪を梳いてくる。
そのまま大きな手のひらに、頭を胸に引き寄せられて。
愛してる。
耳元に寄せられた唇が、小さな声で、そっと囁いた。
……英会話、しっかりマスターしておきます。




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