黄瀬涼太

……カッコいい……。
自然と私の唇からは、溜め息交じりの言葉が漏れていた。
コンビニの店内に並んだメンズ雑誌の中でも、一番目立つ場所に置かれているファッション誌の表紙を飾っているのは、モデルの『黄瀬涼太』。
彼のトレードマークのようなさらりとした質感の金髪を無造作にかき上げて、挑発的な眼差しを向けているその顔は、あまりにも格好良すぎる。
シンプルな白いシャツの上にジャケットを羽織り、タイトなデニムを着こなしている、完璧な八頭身。
シャツのボタンを外した首筋には鎖骨が綺麗に浮き出ていて、その高校生らしからぬ艶っぽさに思わず視線が釘付けになった。
少し伏し目がちな薄茶色の瞳、僅かに口角を引き上げた形の良い唇、顎から頬へのシャープなフェイスライン。
小さな顔と長い手足に加えて、189cmの長身。
一見細身に見えるその身体には、見事にバランスのとれた筋肉が付いている。
それは厳しいトレーニングの積み重ねで得ることが出来る、鑑賞用に創りあげられたものではない、本物の美しさ。
バスケットの才能に恵まれ、ファッション誌のモデルもこなす、ハイスペックな黄瀬君。
その魅力は異性の視線を惹きつけるだけではなく、同性からも憧れられる存在。
グラビアに載っている彼に見つめられただけで、胸が高鳴っていくのが分かる。
そんな黄瀬君に密かに憧れていた年上の私に、彼は王子様のように大きな手を真っ直ぐ差し伸べてくれた。
周りから向けられる沢山の視線など少しも気にする様子はなく、彼はいつだって私を大切に扱ってくれる。
遠くから聞こえてくる心無い声とは裏腹に、黄瀬君の態度は全く変わらない。
だからふとした瞬間、余計に不安になる。
私は王子様につりあうような、お姫様じゃないから。
気付けばかなり長い時間、その表紙だけを眺めていたような気がする。
すると突然、頭の上から笑いをかみ殺すような小さな声が聞こえてきた。
咄嗟に振り向いて顔を上げると、すぐ後ろには、お気に入りのミネラルウォーターを探していたはずの黄瀬君本人が立っている。

「そんなんじっと見つめて面白いっすか?」
「い、いつからそこに?」
「『……カッコいい……』からっす」
「えええっ!?」

瞳を細めながら、ほぼ真上にある綺麗な顔がふわりと微笑んだ途端、心臓の音がまた、痛みを覚えるほどに騒ぎ出した。
黄瀬君は、どれほど自分が魅力的なのか本当に分かっているのだろうか。
あのグラビアとは対照的な、私だけに見せてくれる無邪気なこの笑顔、そして、耳元で輝いている銀色のピアス。
急に恥ずかしさが襲ってきて、何度か瞬きをして上から向けられている視線を誤魔化した。

「あの、これってもしかして、先月撮影したって言ってた……」
「そうっすよ。表紙は初めてだったから結構稼げました」
「もしかして……それで?」
「本当のこと言うと、最初は先輩に似合うものをプレゼントするつもりでした。でもユニセックスのデザインなら、二人で一つずつ分ければペアになるでしょ」

私は首を傾けて左の耳朶に触れる。
黄瀬君は、一体どんな表情を浮かべながら、このピアスを選んでくれたのだろう。
付けることをずっと躊躇っていたピアスの感触を指の先で確かめると、嬉しさと切なさで胸が詰まりそうになる。
大きな手のひらに髪を梳き上げられて、長い指先が少しぎこちない仕草で耳の輪郭をなぞり、私のピアスをそっと揺らした。

「……嬉しいっす、付けてくれて」

見上げた先には優しい眼差しがあった。
きらきらと陽の光に透けた瞳があまりにも綺麗で、ついまた魅入ってしまいそうになる。
黄瀬君の想いを素直に受け入れることに、私はまだ慣れることが出来ない。
それでも彼の眩いほどの輝きが、いびつだった私の心を少しずつほどいて、照らしてくれている。
今、この綺麗な瞳に映っているのは自分だけだと思うと胸の奥から熱いものが溢れてきて、誰も知らない彼のこんな表情を見ることができる私は、本当に本当に、幸せだと思った。

「でも先輩、こんなの<グラビア>見て面白いっすか?」

そう言ってすぐに長身を屈めた黄瀬君の唇が、耳に触れてしまうほどの距離で、そっと囁く。
ハロさんは俺の全部、知ってるくせに。
甘さを含ませたハスキーな声に鼓膜だけじゃなく全身がぞくっと震えて、また私はひとり恥ずかしくなる。

「すぐにそういう顔すんの、反則っす」

黄瀬君はどこか困ったような顔をして急に私の手を握ると、そのままコンビニを出て歩き出した。
いつもより早足で歩く彼に押し黙ったまま腕を引かれて、真っ直ぐに背筋の伸びた大きな背中の後ろを、戸惑いながらも少し小走りになって付いていく。
あれ、モデルの黄瀬涼太じゃない?と、周りの通行人がすれ違いざまに何人か、私達を振り返った。
すると一瞬だけ後ろに視線を向けて、少しばつが悪そうに歩く速度を緩めた黄瀬君の頬が、ほんのりと赤く染まって見えた。

「……すみません。でも早く二人きりになりたいんで、少し我慢してください」

しっかりと繋がれたままの手は放れていきそうにない。
歩きながら絡められた指先がじんわりと熱い。
初めて感じた彼の年下らしさに自然と顔が綻ぶ。
嬉しくて。
嬉しくて。
年下の彼に翻弄されるのは、思っていたより悪くないのかも知れない。




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