氷室辰也

見た目で人を判断してはいけないということは分かっている。
実際、誰の目から見ても氷室君はどこか近寄り難い美青年だったから、背の高い金髪美女と肩を並べて歩いても様になっていた。
バランスよく筋肉の付いた身体はコート内で洗練された動きをするだけではなく、時には試合中、手の付けられないような激しいプレイをしてみせたり。

「氷室君は、もっとストイックな人だと思ってた」

ベッドの上で仰向けになっている引き締まったウエストに跨りながら、怒ったかな?と思い、窺うような視線を向ける。
私を見上げながらふっと微笑んだ氷室君が、子供をあやすように大きな掌を私の頭の上に乗せて優しく髪を撫ぜた。

「それはバスケに対して? それともほかの意味で?」

見た目に相応しい涼しげな声としぐさ。
身長が高くて骨格がしっかりとしているから、綺麗な顔なのに中性的な雰囲気を全く感じさせない。
割れた腹筋の上に手のひらを添えて、その感触を確かめながら、海常の黄瀬君みたいにモデル業もいけるのでは?と考えつつ、氷室君の質問に私は両方だと答えた。

「ハロは、俺を買い被り過ぎてる」

整った顔を半分隠している黒髪の向こうで、いつもは穏やかさを感じさせる瞳の中にもう一度、熱を帯びた鋭い光が宿る。
まるで、しなやかな獣のようだ。
そう思った瞬間、氷室君の長い腕が私の背中を引き寄せて、二人の身体を反転させる。
私の身体は逞しい両腕の間に閉じ込められ、静かな笑みをたたえている薄めの唇が真上からゆっくりと近づいて、私の唇に重なった。
何度となく角度を変えては下唇を優しく食み、口内を擽る舌を深く受け入れて絡め合うと、次第に水音が大きくなる。
強く求められているのに、息苦しさを感じるどころかあまりの心地良さに私はされるがまま、うっとりとキスを受け入れた。
欧米人はキスが上手だと聞くけれど、帰国子女の氷室君もやっぱりそうなのだ。
ゆっくりと離れていく唇の隙間から覗いた赤い舌先。
艶やかな目元の泣きぼくろ。
厚みのある胸板から細いウエストに続く見事なラインは、鍛え抜いている証だ。
霞んだ視界に映ったパーツのひとつひとつに腰の辺りがぞくぞくと震えた。
ふと、あの金髪美女の姿が脳裏に浮かんで悔しくなる。
見ていて腹が立つほどのナイスバディを頭の中から追い出して、自分でも馬鹿みたいだと思いながらも、訊ねずには居られなかった。

「……このキスも師匠から教わったの?」
「違うよ。そんなにアレックスが気になる?」 
「別に。気にしてないけど」
「ハロには、俺はいつだってこんなにも翻弄されているのに。それが分からない?」

言いながら、微苦笑を浮かべた氷室君の親指が私の唇をそっとなぞっていく。
ほら、こういうところが。
その何気無いしぐさにも心臓を高鳴らせている私をよそに、氷室君はその筋肉質な身体を組み伏せるようにして、わざと素肌を触れ合わせる。
恥ずかしくて言葉を返す余裕もなくなってしまう。
そして綺麗な顔が耳元に下りてきた。

「もう一度教えようか? 俺がどれくらい、ハロを想っているのか」

吐息が耳朶に触れるたび、まだ余韻が残る身体の中にまた甘い痺れが走った。
囁いた声音は優しい。
ほんの少し前、あんなにも激しく私を抱いたくせに。
不意に愛撫するような手つきで髪を撫でられ、胸がうるさいほど騒いで息が詰まりそうになる。
首筋から鎖骨へと熱い息遣いが移動していく感覚に動揺を隠し切れず、叫ぶように彼を呼んだ。

「ひむろ、くん……っ」

突然、目の前の大きな身体が小刻みに揺れ始める。
氷室君は喉の奥で笑い声を堪えていた。
私はからかわれたのだと気付き、頬がかっと熱くなって、彼の広い肩幅に何度もパンチをくらわせた。

「悪かった、降参!」

未だ可笑しそうに肩を揺らしている氷室君を下から睨みながら、激しく騒ぎ立てる鼓動を静めようと、こっそり深呼吸する。

「I've got a crush on you.(俺はハロに夢中だよ)」

瞳に掛かった長い前髪を掻きあげたしぐさに思わずどきっとして、身動きが取れなくなった。
露になった眼差しは柔らかいけれど、どこか真剣な顔つきに見えたから。

「……なに? 何て言ったの?」
「さあ。何かな」

今度は冗談めいた口調で見つめ合っていた瞳を細め、手のひらが私の片頬をそっと包む。
すぐに視界が暗くなると、何度も重ねられる唇の感触。
だから、こういうところが。
見た目で人を判断してはいけないということは分かっている。
氷室君は、もっとストイックな人だと思っていた。
本当は情熱的で、やたらとキスが上手くて、実はいじめっ子気質で。
そんな彼を知って、前よりもっと氷室君を好きになってしまったことは、内緒にしておくつもりだ。






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