うつくしきほし

レーダーを確認、ルート上に敵影なし。
デュナメス、これより帰還に向けて航行を開始する。
指先が滑らかな動きでコンソールパネルを操作して自動操縦に切り替える。
ヘルメットの中で軽く息を吐き出した青年は操縦桿から手を離し、コックピット前部の専用ポッドに収まっている球形AIに片手を乗せた。
御苦労さん、そう言いながらフライトグローブ越しにオレンジ色の丸い表面を撫でてやれば、両目のLEDが嬉しそうに発光を繰り返す。
碧色の瞳を細め、青年はシートに背をあずけた。
スクリーンの暗闇に低軌道リングの外縁が光る。
およそ一万キロメートル下では青く輝いた惑星が、圧倒的な存在感を放ちながら宇宙空間に佇んでいる。
星の大半を占める色鮮やかな海の上に壮大な雲が筋を創り、渦を巻き、様々な模様を絶え間なく描き続けていく。
生命に満ち溢れる地球は目映いほどに美しい。
青年の眼がバイザー越しから探しているのは、愛しいひとの暮らす小さな島国。
この場所から眺める地球の鮮烈さを、いつか彼女にも見せてやりたいと思った。
もう随分と長い時間、逢っていない。
目の前で笑顔を見たのは何ヶ月前になるのか。
温もりを感じたい。
自分だけの、あの小さな温もりを。
そろそろ誤魔化しも効かなくなっていると、端正な面差しが困り顔で笑った。




部屋に入るなりベッドの上になだれ込んだ。
汗で湿ったシーツに二人して横たわったまま、くすくすと笑う可愛い声が耳元を擽った。
小さな手が髪の生え際に触れて、何も言わないのをいいことに指先が悪戯を繰り返している。
しばらくは好きなようにさせた。
しかしこのままじゃれついて過ごすには、まだ足りない。
一度で終わらせるつもりなど端から無かったが。

おい、くすぐってえって
いいでしょ、好きなの、ニールのおでこが
おでこが好きってお前な
だっていつもは隠れてるから見れないし
ったく、ほかに好きなとこねえのかよ
あるよ
どこ?
いっぱいあり過ぎて全部答えてたら朝になっちゃうけどいい?

このタイミングで、そんな可愛いことを言う。
視界を遮っている手首を捕まえて肩を引き寄せると、腕の中にすっぽりと身体がおさまる。
額に落ちた前髪の隙間から黒い瞳を間近で見つめた。
潤んだ双眸が反射的に視線を逸らす。
劣情が煽られる。
愛してると囁いてから上半身を起し、すぐに首筋に吸い付いて、そのまま薄い肌の感触を楽しんだ。




己の品行を省みて、青年は声を立てずに苦笑した。
前回も、確か、その前も。
流石に次はがっつき過ぎだと文句を言われるかも知れない。
それでも愛し愛されていると感じるのは、ただの自惚れだろうか。
彼女を想っている。
深く、深く。
それを伝えるすべは見つからないが、同じように想ってくれているのならそれでいいと青年は思う。
確かめる言葉など必要ない。
そこに温もりはないと分かっていて、尚も指先を空に持って行く。
操縦者のしぐさを見つめている球形AIは不思議そうに甲高い声を上げている。
分かってるさとヘルメットの中で呟いて、自嘲の笑みが一層濃くなった。
地上からは大気の層に阻まれて、広大な宇宙に瞬くこの無数の星々はほんの僅かしか見つけることは出来ない。
それでも遥か遠く、あの蒼ざめた大気の底から、空のあなたに向かって腕を伸ばしてると言ってくれた。
そして青年もこうしてスクリーンに向かい、腕を伸ばすのだ。
数千億もの星が集まった銀河。
その一隅に存在している小さな天体。
奇跡のように出逢った、愛おしいハロを想いながら。






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