asymmetry (Neil side)

突然、インターフォンの音が鳴り響く。
いつの間に眠っていたのか、サイドテーブルの上のデジタル時計に目を向けて時刻を確かめる。
薄暗い部屋に灯る淡い光の数字は午前一時を告げようとしていた。
ベッドに潜り込んでから、まだ十五分ほどしか経っていなかった。
こっちの都合などまるで考えなしに訪れる人物には見当がついている。
俺はその行為を責めることはしない。
むしろ責めるべきは自分自身なのかも知れない。
軽く息を吐き出して一度目を瞑り、掌で瞼の上を覆った。
こうして一瞬働いた理性も、大概すぐに消えてなくなる。
上半身を起こし、眠気を振り払うように落ちてきた前髪を片手で後ろへと流す。
顔を上げた先、カーテンの隙間から青白い月が覗いていた。
夜明けには、まだ時間がある。
時計のアラームを解除して足早に玄関へと向う。
扉を開けると久しぶりに現れたハロが俺を見るなりぽつりと声を零した。

「今夜泊めて」

一瞬縋るような視線を見せて、その後曖昧に笑った。
微かに漂ってくる、癖のあるほろ苦い匂い。
込み上がる不快感に神経を逆撫でられる。
ハロは煙草を吸わない。

「ったく、俺の家はホテルかって」
「……ごめんね」
「冗談だよ。謝んな」
「また、フラれちゃった」
「そうか」
「うん」
「んな顔しなさんなって。今回もタイミングが悪かった、それだけだ。いいから早く忘れちまいな」

視線の先にある頭の上に軽く手のひらを乗せる。
見透かされてしまわないよう、余裕のある顔をして俺は唇の端を引き上げた。
この先に続く行為が分かっていながら『早く忘れろ』などと、一体どの口でそんな白々しい台詞を。
不意に近づいてきた指先が首筋に沿う髪にそっと触れた。

「……ニール、髪伸びたね」
「切る暇ねえんだよ」

ふっと口許を緩め、目の前のよく知った顔が笑顔を見せた。
部屋に招き入れながら、ふと考える。
ハロは、こんな顔で笑っていただろうか。



シャワーを浴びたハロは濡れた髪を肌に張り付かせ、何も纏わないまま俺の上に跨ると自分勝手に身体を繋げ、呆気ないほど早く独りで達してしまった。
取り残された俺はベッドの上に横たわり、伏せられた瞼を静かに窺う。

「……ハロ」

返事は無かった。
月の光に照らされた目の前の白い肌からは微かに石鹸の匂いがする。
浅く上下する柔らかな丸い胸の膨らみ、腰骨にかけてのなだらかな曲線。
まだ暫くは治まりのつきそうにない下腹に、どうしたもんかと溜め息を付いてシーツに散ばる髪に腕を伸ばした。
湿った髪に指を潜らせて手触りを確かめながら緩くかき混ぜると、露になった胸元に薄らと残る消えかけた鬱血を見つけた。
何かが、背をざわざわと駆け上がっていく。

「ハロ」

薄く開いた瞳は未だ熱を帯びている。
焦点の定まらない視線が俺を見つけ、その身を任せるようにくたりと身体を寄せた。
幼げにも妖艶にも見える潤んだ眼差しを一心に向けられるのは酷く心地が良い。

「……ニール……」
「お前さんは、子供のまま身体だけが大人になっちまったのか?」
「ん……なに……」
「いや。なんでもねえよ」

誰にでも脚を開いて男の上に跨る女に、何かを望むのは間違いだ。
嵌りもせず、手放すこともせずに。
繋げる快楽を味わうだけなら、誰でもいい。
俺達は一体何なのだろう。
セックスの相性がいいだけだ、と。
余計なことは考えず、“なんでもない”と、俺は笑う。
視線を絡ませたまま、細い指先が俺の顔の輪郭を辿っていく。
何か確認でもするかのように、顎から頬、目元へと。
前髪をかき上げて後ろに梳いていくゆったりとしたハロの手つきに、ざわりと産毛が逆立った。
他の男にも、こんな仕草をしてみせるのか。

「……切っちゃうの?」
「好きなんだろ、長いのが」
「……ん」

少し目を細めながら毛先を弄んでいる小さな手を引き戻し、首の後ろに誘導して、吐息が触れ合うほど近づいた唇に柔らかなキスを落とす。
何度も啄ばみ、互いの息遣いが大きく乱れるほど舌と舌を絡め合う。
尖らせた舌先を首筋へと下ろしていけば、白い喉が混じりあった唾液を嚥下して、小さな水音を立てた。
頭の芯がくらりと揺れる。
堪らない。
まだ少し汗ばんでいる胸の膨らみにも舌を這わせ、出来る限りゆっくりと、さっきよりも昂ぶったものをハロの中に沈めた。
切なげに寄せられた眉。
その下にある黒い瞳をわざと真っ直ぐ見下ろして、腰を引き寄せる腕に力を込めてから深いところへ一気に押し入った。

「あ……あぁん……」

蕩けた掠れ声が耳に触れる。

「そんなに厭らしい声、出すな」

愛おしさに駆られ、止められないと分っていても尚、括れた腰を抱え直し、大きく揺さぶりながら耳元で意地悪く囁く。
重みを受け止める度に途切れ途切れに喘ぎながら、潤んだ瞳は俺だけを映し出す。
その声で、切なそうに苦しそうに、泣き出してしまいそうな入り混じった表情で、お前は。
ニール。
ニール。
繋ぎとめるように何度も。
見慣れない表情と繰り返される声に意識が溶け、呑み込まれそうになる。
肩にしがみ付いてきた両腕を支えに激しく揺すり上げ、下腹を押し付けるようにして奥を狙う。
強まった圧迫感に我慢し切れなくなり、熱い精を放った。
割り切れると思っていた。
見知らぬ誰かに感じる嫉妬も、この生々しい欲望のベクトルも。
本当は嵌り過ぎて手放すことなど出来なくなっている。
いつか、自分だけのものになるのだろうか。

「……ニール、大好き……」
「ああ。俺もだよ、ハロ」

酷く愛しげな自分の声を聴きながら、綺麗な瞳を薄らかに細めたハロの片頬を手のひらで包む。
ただの言葉だというのに胸の奥が息苦しくなり、俺は微苦笑を浮かべる。
静かに下りていく瞼を上から眺め、小さな子供にするように頬を優しく撫ぜた。
明日には、その瞳に違う誰かを映し、この白い肌にも見知らぬ誰かが容易く触れる。
この身体に自分という存在を思う存分刻み込んでしまおうか。
辺りに月光が満ちるなか、仄暗い感情がじわりと湧き上がる。
きっと、今夜の自分はどうかしている。
ハロへの愛情、くだらない独占欲、脳裏を過ぎる想いにも、今はまだ、敢えて気付かないふりをして。
余計なことは考えず、“なんでもない”と、また、笑えばいい。




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