Expiation

窓から差し込む街灯の光だけが、灯りのついていない薄暗い部屋を僅かに照らしていた。
隣で瞼を閉じている横顔を眺めながら、ただ愛しいと感じる。
今は静かな呼吸を繰り返すハロの寝顔に思わず笑みが漏れてしまう。
つい一時間程前まで、俺の上で悩ましく腰を動かしながら甘い声を上げていたとは思えない程の、静かな吐息。
ハロは一見すると物静かに見える容姿だが、実の所かなり気が強い方だ。
そんな所も含めて可愛い女だと思う俺は、既に手遅れなのだろう。
そっと指を伸ばしてその横顔に触れてみる。
ふっくらとした唇を人差し指の腹で優しくなぞれば、腰の辺りにぞくりとした感覚が走る。
その柔らかい感触を味わうように指を何度か往復させると、ハロの唇が突然開き、俺の指をぱくりと咥えた。
驚いて反射的に口から指を引き抜くと、ハロは目を開けて悪戯な笑みを浮かべる。

「びっくりさせやがって! 寝たふりかよ!」
「ニールが変なことするからでしょ?」

俺の方に身体を向き直して楽しそうにくすくすと笑うハロの顔を眺めれば、自然と口元が綻んだ。
同時に、下半身まで反応してしまう自分自身に呆れてくる。
ハロの肌に触れるのは一ヶ月ぶりとはいえ既に二度も出しているのに、これじゃあまるでセックスを覚えたばかりのガキ並みだ。
その無邪気な笑顔と可愛い仕草が、さっきまでの艶かしさとギャップがあり過ぎて、余計に煽られる。
俺は自分の欲望に素直に従うことにして、目の前の可愛らしくも官能的な口元に指先を伸ばした。
右手の人差し指をさっきと同じようにハロの唇に添えると、赤い舌をちらりと出して指の根元に舌先を軽く押し当てながら、ゆっくりと先端まで舐め上げられる。
普段あまり晒すことの無いそれは、ハロの舌の感触をダイレクトに感じ取り、脳から下半身に素早く快感が伝えられていく。

「そんなはしたないこと、一体何処で覚えて来るんだ? お前さんは」

湧き上がってくる興奮を抑えながら、その『はしたないこと』を繰り返すハロの様子を間近で眺める。

「何処だと思う?」

誘うように上目遣いで舌先を滑らせるその仕草は、まるで俺を試しているかのようだ。
明らかに余裕がないのは自分の方なのだが、それを悟られるのが悔しくて軽口を叩いて誤魔化した。

「さあな。でもハロみたいなきかん坊相手にするんだ、よっぽど出来た男の所なんだろ?」

わざと意地悪く言ってやると、予想以上の反応が返ってくる。

「何よっ、ニールの馬鹿! たまにしか会いに来ないニールなんか、その他大勢の一人なんだから!」

そう言って俺を睨むと、素早く背中を向けて黙り込んでしまった。
それはあながち嘘ではない。
食事をしたり酒を飲んだりと、ハロを誘ってくる男は沢山いる。
毎週ごとに端末に送られてくるデータには、いつも決まった何人かの男達の名前が記されていた。
それでも、身体を許すほどの関係があるわけではなく、今の所ハロが知る唯一の男は俺一人だけだ。
その事実が俺の独占欲を満たしている反面、いつかは俺以外の男を受け入れる時が来るのだろうと思うと、まだ居もしない相手に嫉妬してしまう馬鹿な自分がいる。

「ハロ、こっち向けよ」
「……」
「おーいハロ。聞こえてるか?」
「……」

こいつは一度へそを曲げると、なかなか機嫌が直らない。
しかしそんなハロを見ると余計に意地悪したくなってしまう俺は、どうやら好きな子ほど苛めたくなるタイプの男らしい。
ハロの身体を後ろから抱しめて、首筋に強く吸い付いてやる。

「だめっ! ニール、痕付けないで!」

ハロの勤務先の制服は首元が広く開いているから、痕を付ける行為を前々から止められていた。

「その他大勢の一人の、ささやかな反抗ってやつだ」

そう言いながらさっき舐められた指をハロの腰骨に這わせて、ゆっくりと太腿の内側に滑らせていく。

「……ニール……」

俺の名前を呼ぶ声が可愛くて、もっと苛めたくなる。

「その他大勢を相手にしてる割には、余裕ないみたいだな?」

自分しか男を知らないハロにわざと意地悪な台詞を聞かせると、半分泣いているような声を出した。

「ちがっ、ニールしか、知らない……し、ニールしか、要ら……ないっ」

まさか天邪鬼のこいつの口からこんな言葉を聞けるとは思わなかった俺は、一瞬全ての動きが止まってしまった。

「……ニール?」

淫らな指の動きが急に止まったことに戸惑ったのか、ハロが不思議そうに問いかけた。
自分が口にした一言がこんなにも相手の気持ちを昂ぶらせているとは、全く気付きもしないで。

「俺も、ハロだけだ……お前だけだから」

指の力をさっきよりも少し強めて動かし始める。
甘えた声を出しながら、ハロは何度も俺の名前を呼んだ。




携帯端末から聞きなれた電子音が繰り返されている。
トレミーから暗号通信が入ってきたようだ。

「……仕事の呼び出し?」

胸の上に顔を乗せたまま、寂しそうに尋ねたハロの頭に手を添えてそっと撫でた。
ハロには、民間のMS開発関連のエンジニアをしていると言っていた。
こいつに一番遠い職種だし、もしもの時に誤魔化しが効く。

「そういうこった」

愛しい女の髪にキスをしてベッドから起き上がり、床に散らばったままの服を手に取り身に付ける。

「そう言えばね、また先月も今月も口座にお金が入ってたの。もう自分でお金稼いでるんだから結構ですってメールしたんだけど。だって、もう相当な金額なんだよ? それにしても私の足長おじさんは、いつになったら会ってくれるのかなあ。会ってお礼の一言でも言いたいのに」

その言葉につい手が止まる。
背中を向けて着替えていた俺の表情は、ハロには見えていないだろう。

「くれるってもんは貰っとけばいいさ。金なんていくらあっても邪魔になるもんでもねえしな。きっと暇持て余してる金持ちの道楽なんだろ?」
「そうなのかな。でも、相手の顔も名前も知らないんだよ? 見ず知らずの私に七年間も送金してくれるなんて流石に変じゃない?」

俺はあの日を、あの時のハロを思い出していた。
初めて金で雇われてトリガーを引いた日、スコープ越しに見た、泣き叫ぶハロの姿。
七年前、俺はハロの父親を撃ち殺した。
まだ少女だった、こいつの目の前で。

「ニール?」

我に返り、咄嗟に後ろを振り向く。

「どうしたの? ぼーっとしたまま動かなくて。何だか変だよ、今日のニールは」

心配そうに顔を覗き込みながら起き上がろうとしているハロの身体を、笑顔を作って抱き締めた。
卑怯な人間だと罵られても構わない。
ハロの傍にいられるのなら。

「何でもねえよ。心配しなさんな」
「……次はいつ頃来れるの?」

まるでしがみつくように背中に腕をまわし、ハロがめずらしく甘えるような口調で尋ねてくる。
それでも俺には、どうしてやることも出来なかった。

(過去も、自分が犯してきた過ちも、全てを棄てられたら……世界と向き合うことも、全て)

一瞬、頭を過ぎった思いをすぐに打ち消して腕の中にある小さな温もりを強く抱き締めると、胸が痛む程の愛しさが押し寄せる。
こんな気持ちになるのはハロが初めてで、そして勿論最後なのだろう。
俺の胸に顔を埋めたまま動こうとしないハロの髪を出来るだけ優しく、何度も撫でてやる。

「……時間が出来たら真っ先に、ハロの所に飛んで来る」

そう心から思うが、まったく保障の出来ない約束だった。
いつ無くなるかも知れない命。
それでも、その時が来るまではハロを愛し続けたい。
心の底からそう思う。
抱き締めていた腕を放し、ゆっくりと口付ける。
あと何回、この愛しい唇に触れることが出来るのだろうと考えながら。
    
裏稼業時代のニールさん妄想に激しく悶えます(笑)
補足ですが、ニールさんは人を雇ってハロの行動を自分の端末に送らせています。
自分と関わっている事への心配や独占欲からです。





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