A future story (2)

いつの間に眠りに落ちていたのか、少しぼやけた視界にハロの寝顔が映る。
窓の外はすっかりと明るくなっていたが、時計に目をやると起きるにはまだ早い時間だった。
小さな吐息に胸の辺りを擽られ、前髪を後ろへと優しく梳いてやるとその顔が余計に可愛らしく見える。
流れ落ちる黒髪に隠された胸元が穏かな上下を繰り返していた。
括れた腰の曲線がブランケットの上からでもよく分かる。
治まったはずの熱がまた、目覚めたばかりの身体に込み上げてくる。
この先、彼女をどうしてくれようか。
そんなことを考えている不埒な自分に苦笑しながら、まだ暫くは起きないだろうと額に何度かキスをして、そっとベッドから抜け出した。


一階に降りてキッチンに入ると、寝ぐせの付いた黒髪が振り向いた途端、戸棚に伸ばし掛けていた腕の動きを止めた。
まだ眠たそうな碧色の瞳は一瞬何か迷うような素振りを見せたが、すぐに顔を前に戻した。

「……はよ」
「おう。 随分と早いじゃねえか」
「ライフルの朝練」
「そういや大会近いんだっけか。朝飯作ってやるよ」
「これでいい」

棚からシリアルの箱を取ると、気怠い声が短い返事をしてカウンターの椅子に腰掛けた。
もうすぐ十四歳になる息子は今年に入った辺りから急に背が伸びだして、肩幅も大分広くなった。
最近ますます俺に似てきた、そうハロは言う。
中身の方は相変わらず双子の弟によく似ていた。
時折その姿が当時離れて暮らしていた弟と重なり、自分も同じ年頃に戻ったような不思議な感覚を覚えることがあった。
だからこそ、余計にこいつを愛しく思うのかも知れない。
冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出してキャップを捻りながら、ボウルに入れたシリアルの上に溢れるほど牛乳を注いでいるその様子を眺めた。

「ライルくん、いつ来んの?」
「確か来月最初の週末来るっつってたな」

ああもうライルくん来んの遅えよ、と、寝ぐせ頭をくしゃりと掻いてスプーンを咥えた。

「あいつも何かと忙しい身だからな。んで何が遅いって?」
「大会用のセッティングとか弾速調整とか、色々相談したいんだよ」
「んなもん俺が――」
「前にも言ったろ? おれは優勝するより父さんのジュニアの時のスコア超えたいわけ。そんなん本人に訊いた時点で負けだって」

いかにもな口調でボウルの中身をスプーンでかき回している仕草が可笑しくて、そうかと呟いた俺は目を細めながらボトルの先を口に含み、勢いよく水を飲み込んだ。
まだまだ生意気な盛りの、自慢の息子だった。
だが。
ライフルで俺に勝とうなんざ十年早い。
父親の貫禄を自ら噛み締めながら、ごくありふれた遣り取りにも言葉にはならないほどの幸せを感じずには居られなかった。

「あとさ。何年経っても仲が良いのは嬉しいんだけど、あんまり母さんに無理させんなよ」

さらりとした口調が行き成りとんでもないことを口にした。
思わず噴き出しそうになり、それでも寸での所で押し留め、無理に水を飲み込む。
喉の奥でごくりと、やけに大きな音が鳴った。

「あー……、まさか聞こえちまった?」
「いつもは聞こえない。それでも何となく分かるよ。でも昨夜、窓開けたままシたろ。それくらい気付けって」

一応、おれも思春期なんだし。
そう言ってまたシリアルを掬ったスプーンを口に運んでいる息子を見ながら、その言葉通りに窓が半分開いていたことを思い返す。
きっと今、俺の顔は見られたもんじゃない。
言いづらいことをずけずけと言われ、俺は恥かしさと情けなさから片手で目元を覆い、深い溜め息をついた。
よりによって昨夜とは。
最悪だ。

「……そりゃあすまなかったな」
「そんなに落ち込むなよ、二人が仲良いのはおれも嬉しいんだからさ。ただ激し過ぎるのもどうかと」

激し過ぎる? そんなに無理させちまったか? まあ最後の方は確かにそうだったかも知れないと反省しつつ、同時にハロへの想いを受け入れてくれるその言葉に対し、男として素直に応える。
軽く手を上げながらぎこちない笑顔を作ってみせた。

「了解だ」
「近いうちに家族が増えたりして……」

ちらりと俺を見たあとに薄い笑みを浮かべたその顔は、一体どこまで理解しているのだろう。
二階でドアを開ける音がして足音が階段を下りてくる。
途端に目の前の顔がさっと表情を変え、今までとは違う真剣な眼つきが低い声で囁いた。

「この話、母さんには内緒な? 知ったら絶対に傷付く」

それは俺の台詞だ!
こいつはどれだけハロ思いなんだと呆れながら、それでもどれ程自分は幸福なのだと感動すら覚えていた。
ハロがキッチンに顔を覗かせると、俺と同じ碧色の瞳が彼女でも見ているような柔らかい眼差しで迎える。

「おはよう。母さん」
「おはよう。二人とも早起きだね」

カウンターへと近づいたハロは自分より背の高くなった黒髪に触れて、寝ぐせで跳ねた毛先を直すように少し長めの髪を梳き上げた。
この二人は昔から仲が良い。
今に始まったことではないが、内心そんな二人の仲を本気で羨んでいる俺は、案外子供っぽいのかも知れない。
すると黒い瞳と視線がぶつかった途端、その頬が一瞬にして赤く染まった。
それでも戸惑いがちに見つめ直し、恥かしさを隠すように微笑んだその初々しくも魅力的な表情は、俺の心を乱すには充分過ぎた。

「ハロ、こっち来い」

腕を伸ばして彼女の肩を自分へと引き寄せ、顔を近づける。
さすがに軽く唇を重ねるだけのキスで我慢し、その代わり腰に腕を回して強く抱き締めると、隣から、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。
抱き止めたまま顔を上げた先では、息子が非難めいた視線を送っている。

『諦めろ。俺はハロが好きで好きで堪らねえんだよ。勿論、お前のこともだ』

そう目で訴えるのも空しく、愛する息子に向けられる眼差しは冷ややかさを増していくばかりだった。

【END】





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