Change my world (12)

ニール・ディランディがいる。
ハロ・カタギリの目の前に。
あの日と同じ室内。
あの日と同じ状況。
二人の周囲に人の気配はない。
今日こそ、殺してくれるんでしょう?
そう訊いてきたハロは、どこか安心したような面持ちであった。

「あんた、分かってるんだな」

再び目の前に現れたニールにも動じることなく、目を逸らすこともせず、ハロはただ真直ぐな眼差しを彼に向けるだけだった。
あんなにも酷い行為を受けた相手の顔を見つめることができるのは、自分も大き過ぎる罪を犯しているという意識があるからなのか。
それでもニールは、この場所で犯した自分の罪を思い返し、胸が痛んだ。
歪んだ欲望でハロを何度も穢した。

「調べたわけではないから確実じゃ無かった。だけど今、こうして……二ールが……また私の目の前に現れて、確信出来た」

躊躇いがちに彼の名を呼んだ声は、微かに震えていた。
ニールの鼓動は速まっていく。
そんな些細なことでさえ、己の心をこんなにも揺さぶる存在になってしまったのだと。

「いつ分かった?」
「……一年位前に」
「調べてもねえのに何で分かるんだ?」
「私の項には小さな黒子が三つ並んでる。アリーにも、同じものがあるの。同じ所に」

赤い唇が弱々しく殺してやりたい男の名を呼び、細い指先を伸ばして自分の首の後ろを撫ぜた。
激しい苛立ちが湧き上がり、もどかしさに前髪を掻き上げながら短い息を吐くと、黒い瞳が視線を伏せて、一瞬間を置いて話を続けた。

「幼い頃に亡くなった父にも、全く同じものがあった」
「……優性遺伝ってやつかい」

感情を押し隠すため、ニールは口許に薄い笑みを浮かべた。
家族を奪った男と同じものがハロの身体にあると知っただけで、我慢し難い嫌悪が込み上がってくる。
認めてしまえば簡単だった。
目の前の女を愛してしまったこと。
自分に対しての言いようの無い怒りと憎悪に、ニールは散々のたうち回った。
それでも復讐を誓った男の愛人であり、妹であっても、この想いを変えられはしなかった。
それに、と、躊躇いがちに告げてきた声をニールは黙然と聞いた。

「上手く言い表せないけど、安心感みたいなものは感じてた。アリーと一緒にいることが、私には良いんじゃないかって……」

瞬間、ニールの頭にかっと血が上った。

「安心感だ? 笑わせてくれるぜ、あいつに一番似合わねえ言葉じゃねえか! 兄妹揃ってインスピレーションでも感じたか!?」

言いながら、強烈な怒気から身体中の血か逆流しそうな感覚に、彼は思わず声を荒げていた。

「アリーは気付いてない。黒子のことも、私と同じものが自分にあるなんて知らないの」
「……まさか自分だけ知っていながら、あいつに抱かれてたってのか?」

目を逸らして俯いたのは、無言の肯定だった。
ニールは頭がどうにかなりそうだった。
自分が犯した罪のことなど、とうに頭の中から消え去っていた。
感情の激しい揺らぎ。
互いに分かっていながら身体を重ねていたのだと思っていた。
頭の片隅には、脅されて無理矢理抱かれているのではないかという考えさえ、捨て切れずにいた。
抑え切れない激高にぎりりと奥歯を噛み締めながら、俯いたままのハロには構わず、ニールはその顔を睨んだ。
腰の後ろからハンドガンを取り出して素早くスライドを引き、ハロの腕を掴んで乱暴に引き寄せる。
そして近くの壁にその身体を思い切り押し付けてから、彼女の米神に銃口を突き付けた。
背中を強く打ち付けられた痛みに目元を歪ませたハロを上から見下ろすと、目が合った瞬間、その顔が僅かな微笑みを見せた。
まるでこうなることを望んでいたかのように。

「あの男に抱かれるのはそんなに好かったか? 普通のセックスより感じたか? 血の繋がった者同士で欲情するケダモノだもんなあ、お前等は!」
「違う! 私は……っ」
「“愛してる”とでも言うのかよっ、あいつを!」

ハロから最も聞きたくない言葉を自ら言わせようとしている自分は、もう狂っているのかも知れない。
答えを聞いてしまえば、すぐにでも引き金を引いてしまうだろう。
碧色の瞳は言いようのない怒りで血走っている。

「ニール」

突然、ハロが名を呼んだ。
その声は震えている。
ニールの心臓が大きく鼓動を鳴らした。

「私は、こうするしかなかった。私には、アリーしかいなかった。愛してるなんて……愛なんて、知らない。それなのに、ニールが……」

ハロは顔を歪ませながら搾り出すような声を出して彼を見上げた。
漆黒の瞳には涙が滲んで、今にも零れ落ちそうになっている。

「何度も思い出してた……初めて私を見つめた碧色の瞳を。でも次に会った時、分かった。あなたが見ていたのは私じゃなくて、アリーだった」

ざわざわと心臓が騒ぎ出し、それが全身に拡がっていく。

「私は、あのまま殺されても構わなかった。それなのに、あんなこと……酷いことをされているのに悦んでた……セックスが気持ち良いものだって初めて知ったの」

綺麗な涙を溢れさせた、その瞳が。
零れ落ちた涙を伝わせていく、その頬が。
声も無く泣いている、その口元が。
痛々しくて、どうしようもなかった。
ニールは米神に押し当てたままの銃口をゆっくりと下ろし、腕から力を抜く。

「駄目、殺して。憎いんでしょう? アリーが、私が。奪ったんでしょう? あなたの家族を」

ハロの両手が銃を握っているニールの腕を思い切り掴み、せがむように何度も揺すっている。

「お願いニール……待ってたの。ニールがもう一度私を殺しにきてくれる時を、ずっと待ってた」

声を押し殺したまま泣き出して、縋り付くように涙でぐしゃぐしゃになった顔を、ハロは目の前の胸に埋めた。

「好きなの……ニールが」

それは漸く聞き取れるほどの、小さな震えた声だった。
凄まじい悦びと哀しみが同時に押し寄せてニールの全身を巡っていき、胸が張り裂けんばかりに痛み、唇からは深い吐息が漏れていく。
この女の全てが、あの男のものなら。
身体も、そして心さえ俺以外のものだったら、躊躇わずに引き金を引いた。
何故、兄妹なのだろう。
ハロ。
お前に、何を言えばいいのか。
目の前の小さな肩を強く引き寄せて黒い髪に顔を埋め、感じた匂いを確かめるように深く呼吸する。

「ハロ」

声に出せば無性に愛しさが募り、抱き締める腕に力を込めた。

「俺もだ」

離れやしねえんだよ、頭から。
胸の中に閉じ込めた身体が小さく揺れた。

「あの時は酷いことをしちまった。本当にすまない」

ハロは黙ったまま首を横に振る。

「あれだけ乱暴に抱いた挙句、最後はお前さんの名前呼んじまったからな。初めてだよ、女抱きながら名前呼んだのは。愛なんて、俺も知らなかった」

ニールは抱き寄せていた肩を離してハロの頬に両手を添えた。
上を向かせると視線が間近でぶつかり、逃れようとする柔らかな頬を掌でやんわりと捉え、真直ぐに見つめ合う。
涙で潤む眼差しはとても熱く、あの冷めた瞳はもうどこにも無かった。
ゆっくりと顔を近付けて、触れるだけのキスをする。
ハロの腕が躊躇いがちにニールの背中を抱いた。    
その温もりを、感触を刻み付けるように、二人は互いの身体を強く引き寄せ合った。

「俺はサーシェスを許さねえ。必ず恨みを晴らす。近いうちに必ずな」

それはハロに向かって言ったのか、それとも自分に言いきかせたのか、ニール自身分からなかった。
自分より何回りも小さな肩が小刻みに震えていた。
ああ、上等じゃねえか。
必ず仕留めてやる。
全てが終わり、それでもまだ、俺が生き存えたなら。
その時は。
柔らかな頬に掛かる髪を撫ぜ、叶わないであろう願いを込めて、もう一度唇を塞ぐ。
重ねた身体をゆっくりと離し、ニールは背を向ける。
どうか生きて。
ニール。
その声を絶対に忘れまいと、ニールは前を見つめて扉の先に向かった。





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