Change my world (11)

覆い被さったままの大きな身体が荒い呼吸を繰り返す度、重なっている胸筋が反復運動する。
硬い筋肉に胸の上を圧迫されて、思うように息が吸えない苦しさに思わず眉を寄せる。

「苦しいから早くどいて」

すぐに耳元から溜め息が聞こえると、面倒臭そうに上半身を起こしたアリーがそのまま横倒しになりながら、すぐ隣にどさりと寝転んだ。

「ったく可愛げのねえ女。三年もヤってて好がり声のひとつも上げねえしよ。お前、絶対嫁の貰い手ねえぞ。……まあ、お前を嫁に貰おうって奴なんざ居るわけねえよなァ」

節くれだった指が私の髪をすくい上げ、弄んでいる。
わざとらしい口調が癇に障った。

「そんなこと言うなら、声を出してくれる人を抱けばいいのに」

薄く目を閉じて上を向いたままそう呟いた途端、髪をぐっと引っ張られ、私は横目でアリーの顔を睨み付けた。

「……痛い」
「そういう所が可愛くねえんだよ」

今度は掴んでいる髪をやんわりと引き寄せながら、どこか可笑しそうに口端を上げた唇が吐息を奪った。


どうしてこの男が私を欲しがるのか、自分でも分からなかった。
元々カタギリ家は何代も続いている資産家で、ホーマー伯父様は実業家でもある。
一応私もカタギリの人間なので、ユニオンの領土内ではエムズジャパンのように名前だけの肩書きをいくつか持たされていた。
あの時、私の素性を知らなかったアリーが誘致争いから大人しく手を引く代わりに、私の身柄を預けるよう交換条件を出した。
当初は条件を退けようとしていたエムズジャパンの意向とは裏腹に、会社の大株主でもある伯父様が、ユニオン全体の安全の為だと言って私に頭を下げた。
自分の立場をわきまえていた私は、いつでも伯父様の言い付けを守ってきた。
五歳の時に亡くなった母は祖父が外で作った子供で、その上、立派な軍人だと信じていた父はAEUのスパイだったらしい。
両親を失った頃から、夢や希望といったものを感じることは無かった。
そんな私が、ユニオンとAEUの友好関係を保つ道具として使われる。
私も生きている限りはカタギリの人間なのだから、伯父様の言い付け通りに生きていけばいい、そう思っていた。
その後ヨーロッパに渡り、アリーとの生活が始まった。
アリーは表向きSPとして私と同居することになったが、身体の関係があることは周知の事実だった。
彼がどこか遠い国で戦争をしている間、私は一人帰りを待つただの愛人になったが、それでもアメリカにいた頃より居心地の良さというものを感じていた。
周りにはカタギリの人間も、その取巻きもいない。
私がそれらに関係していると知っている人間さえ、此処ではごく一部だった。
アリーが私の周りに自分以外の人間を置くことを嫌がったので、大抵は一人自由に過ごすことができる。
伯父様が私の一切をアリーに一任させているらしく、AEU本部も仕方無しにそれを認めているらしい。
だから特別な席以外、表立った場所に出て行かなくても良いのは、アリーのおかげなのだろう。
あの二人がどんな取り決めをしたのか、誰も知らない。
ユニオン軍の高官ホーマー・カタギリが、敵国の、しかもPMCに席を置いている一傭兵と密約を交わすとは、私の存在も高が知れたものだ。
だから私にとってアリーは、ある意味特別な存在だったのかも知れない。
覚悟はしていたものの強引に身体を奪われたが、それ以外、私を傷付けるようなことは何もしなかった。
アリーは別の名でAEUの軍籍を持ち、パイロットとして優れた資質を認められている。
その反面、PMCでは戦い方が過激過ぎるため、所属傭兵名簿には名前が記載されていないらしい。
それでも私に対するアリーの態度は、至って普通だった。
少なくとも、今まで私の周りにいたどの人間よりも普通だと感じていた。
私がヨーロッパに渡ってから暫く経った頃、AEU加盟国での軍事演習に招待された時のことだ。
軍事演習といってもマスコミに対しての軍事力のアピール目的のもので、勿論アリーもそれに同行した。
演習見学後、基地内のレストルームに寄った時だった。
突然、パイロットスーツ姿の男が入ってきて私の手首を乱暴に掴むと『お前は敵国に売られた女だ』と言いながら、逃げる間もなく壁へと押さえ付けられた。
男は薄笑いを浮かべながら首筋に顔を埋め、唇が肌の上を這うように触れてきて、その込み上がる嫌悪感に男から顔を背けた瞬間、乾いた発砲音が辺りに響いた。
その途端、手首を掴まれていた力が弱まり、私の身体を伝うように、男の大きな身体がずるりと床の上に崩れ落ちていった。
レストルームの入り口には、ハンドガンを構えた軍服姿のアリーが立っている。
すぐに足元にうつ伏せて倒れている男へと近付き、乱暴に蹴り上げて仰向けにしたその身体へと銃口を向け、アリーは何度か引き金を引いた。
私は、弾を撃ち込まれる度に小さく跳ねる男の身体を、ただ黙って見ているしかなかった。
呆然と立ち尽くしていた私の髪に、白い手袋を嵌めた大きな手が触れる。

「痕、付けられてねえだろうな?」

首筋に掛かる髪を肩の後ろに流しているアリーの顔を見上げた私は、黙って頷いた。
普段と何も変わらないその表情を見つめながら、この光景はアリーにとっての日常なのだろうと感じた。 
床の上に横たわったパイロットスーツに一瞬だけ目を向けると、上腕に階級章が見えた。

「この人、少尉だよ」
「ああァ? 少尉だろうが何だろうが関係ねえ」

アリーは階級章が付いている肩の辺りをもう一度蹴り上げ、また男を転がした。

「俺のモンに手え出したんだ、当然の報いだぜ」

低い声がそう吐き捨てて、私は腕を引かれながらレストルームを後にした。
普通なら、目の前で起こった出来事を恐れて取られた腕を振り払い、逃げ出すのかも知れない。
それをしなかったのは、逆にアリーに対して安心感を持ったからだと思う。
自分を傷付けようとするものから守ってくれる、安心感。 
それは、幼い頃に両親を亡くしてから、初めて感じられたもの。
それに気付いた時、私の中のアリー・アル・サーシェスに対する何かが、変わっていったのだと思う。
勿論、恋愛感情などではない。
身体の何処からか湧き出てくる安心感……この男の傍にいることが、自分には一番良いのではないかと思うようになった。
普段のアリーを知るPMCの中には、こんな関係にはすぐに飽きて、そのうちに私を殺すのではないかと思っていた人間も少なくはなかったらしい。
そして事情を把握しているAEU上層の一部にも、似たような意見が出ていて問題視されていた。
ユニオンからの預かり物に何かあっては、国家同士の争いにまで発展しかねない。
もしかするとホーマー伯父様は、そんなことさえ考えていたのだろうか。
アリー・アル・サーシェスとは、本当に無慈悲な人間だった。
そんな男と、もう何年も一緒に過ごしている私を、皆はきっと奇妙な目で見ているに違いない。


確かめるように奥深い場所で大きく腰を揺らしてくるアリーが、挑発的な笑みを浮かべながら顔を近付けてきた。

「ここ、苦しいんだろ? いい加減声出せって」

少しでもその感覚を逃がそうと、動きのタイミングに呼吸を合わせる。
せめてもの抵抗に唇を噛み締めながら、真上を睨み付けた。

「本当にハロは可愛げがねえなァ。ま、そういう顔も悪かねえけどよ」

両膝を押し開く手に力が入り、これまで以上に荒々しく腰を揺さぶり、自身を突き立ててくる。
声を上げないくらい、我慢して欲しい。
私だって安心感と引き換えに、身体を好きにさせているのだから。
一層激しさの増した動きが、いつの間にか意識を途切れてさせていたらしい。
ふと、首の後ろに違和感を覚えて薄く目を開いた。
身体中が怠い。
セックスの何が良いのだろう。
もしも誰かを愛したら、こんな私でもセックスをする度、淫らに声を上げてしまうのだろうか。

「くすぐったいから止めて」

聞こえているくせに、すぐに止めないのはいつものこと。
大きな身体が私を後ろから抱き込んで、髪を除けた唇が何度か項を啄ばんでくる。
そういえばアリーに背中を向けている時、よくこんな動作をされていることが多い。
髪の生え際辺りを濡れた舌先が這い、私は堪らずに首を竦めた。

「なんかの印みてえだな」
「印?」
「 黒子だよ。ここに三つ並んでんだろが」
「……え?」
「なんだ知らねえのか?」

この男にも、同じ場所に同じものがある。
正装をする時に後ろで束ねる赤い髪。
襟首には、三つ並んだ小さな黒子が見えていた。
アリーは鏡を見るような男ではない。
きっと私と同じように、気付いていないのだろう。
それは、ただの偶然だと思っていた。
古い記憶の中、父親にもアリーと同じ場所に同じものがあったということ。
突然、全身に冷たいものが走る。
胸の中に得体の知れない何かが、棲みついたような気がした。
後ろからは何時の間にか規則的な呼吸音が聞こえていた。
私の腰を抱くように背後から回された太くて重い片腕。
私は暫くその腕を眺めていたが、そのまま瞼を閉じて眠りに落ちるのを、ただひたすら待ち続けた。
これ以上、何も考えなくてもいいように。



ニールさんと出会う前の話です。




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -