Change my world (10)

スクリーン、パネル、全てのスイッチを切った薄暗いコックピットの中、ハーネスベルトを外して疲れた身体をシートから浮かせ、ハッチの縁に足を掛ける。
ニールが身を屈めながらコックピットの外へ出ると、コンテナ内に抑揚のない声が響いた。

「ロックオン、少しいいか」

斜め下に青い配色のノーマルスーツが見える。

「ああ、構わねえよ。相棒、先に戻ってくれ」

左腕に抱えていたオレンジ色の球型AIが、応えるように両目のLEDをカチカチと点滅させて青年の腕の中から離れて行く。
被っていたヘルメットを外すと密閉状態から解放され、ニールは大きく息をついて汗で湿った髪を後ろへと撫で付けた。
世界は、そしてソレスタルビーイングは、新しい局面を迎えていた。
ユニオン・AEU・人革連による、国連軍の発足。
三大国家群が纏まることで、<紛争根絶>を実現するための計画の第一段階をクリアしたことになる。
しかし裏切り者の手によって戦場に投入された擬似太陽炉搭載型モビルスーツのせいで、今まで以上に戦闘がシビアになった。
互角の機動性を相手に多数対少数の戦闘を強いられ、クルー全員が疲労の色を隠せなくなっていた。
機体から降りたニールの元へ刹那・F・セイエイが近づいてくる。
硬く引き締めた口許。
愛想笑いのひとつも浮かべることのない、戦うことしか出来ない少年だ。
刹那の行く末は。
俺の行く末は。
テロリストと揶揄された者の行く末なんざロクなモンじゃねえだろ、と、ニールは思わず苦笑する。
疲労感を紛らすようにまた深く呼吸して、自分より一足先に帰艦していた年少パイロットに労いの声を掛けた。

「よう、お疲れさん」
「前に、ハロという女のことを訊いたな」

不意に。
本当に不意に刹那がその名を呼んで、ニールの心拍数は一気に跳ね上がった。
悟られないよう、ああ、と頷いて見せる。

「AEUのパーティー会場で見かけた女だ」

何故、今頃になって刹那の口からハロの名前が出てくるのか。
冷静を装いながらも一瞬だけ表情が強張ってしまった己にニールは舌打ちをしたくなる。

「何があった」
「あ?」
「俺に女のことを訊いてから、お前の様子が少し違う」
「はっ……お前さんに心配されちまうとはね。俺も焼きが回ったもんだ」 

一度足下に視線を落とし、ヘルメットを抱えていない右手で額に落ち掛かる前髪をかき上げながら、ニールはどうにか作り笑いを浮かべた。
全く油断出来ない奴だと、内心で焦りながら。
仲間の前では普段どおり振舞ったはずだ。
ロックオン・ストラトスとして。
少しつり上がった眦が、真っ直ぐにニールを見据えている。
内側を見透かされているようで酷く居心地が悪い。

「女を調べた」

そう告げてきた刹那の、次の言葉を待たずにニールは口を開いた。

「ハロ・カタギリ、二十四歳。ユニオン軍司令官、ホーマー・カタギリの姪。今は養子になり、それを知るのは上層の一部のみ。サーシェスとは四年前、トーキョーでの企業誘致争いで知り合い、今は奴の愛人。だろ?」

ハロを調べたことは下手に隠さない方がいい。
頭の中にハロの顔が浮かんだ。
黒い瞳、髪の匂い、肌の感触も。
少し、息苦しい。
スケープゴートだな。
静かに呼吸を整え、そう言いながら落ち着きを取り戻すように普段の口調で話し続けた。

「確かに別嬪さんだったが、あの男が手元に置いておくほどの女かねえ。案外、中身は普通じゃねえのかも」

ニールはわざと軽薄そうに唇の片端をつり上げてみせた。

「女に関しての情報は、それだけか」
「“それだけ”……? ほかに何がある」

表情を変えず、黙ったままの刹那に僅かな苛立ちが込み上がり、目の前の眼差しが何時かのハロと重なった。
その視線に居た堪れなくなり、目を逸らせたくなる。
そんな目で俺を見るな。
見んじゃねえよ。

「言えよ、刹那」

きっと自分の顔からは、もう笑みは消え失せていることにニールは気づいていた。

「言えって」

今は静けさを取り戻しているプトレマイオス内のコンテナには、ニールの声だけが響いている。
赤い瞳が微かに細められたような気がしたが、それでも表情を変えずにニールを見つめていた刹那の唇が静かに動いた。

「妹だ」
「なに?」
「ハロ・カタギリとアリー・アル・サーシェスは、兄妹だ」

こいつ、何言ってんだ。
妹……兄妹……あの男と、ハロが?

「……有り得ねえ」
「間違いない。ハロの父親はAEUの諜報員だった。パイロットとしてユニオンに潜入していた。その頃に母親のハル・カタギリと出逢い、ハルはハロを身篭った。ハロが五歳の時にモビルスーツ開発機密をリークしていた現場で父親は殺され、ハルも後を追うように自殺している。ユニオン軍に残っていた父親のバイオメトリクス抽出情報が、AEUの軍籍に残っていた物と一致した。それとユニオン領に来てから特殊な遺伝子治療を受けている。治療自体は大して難しくはないが、男のDNAは、ごく稀な異常遺伝子だったらしい。それとまったく同じ遺伝子治療を、KPSAにいた頃のサーシェスも受けている。俺は元のクルジス地区を探し回り、奴の昔を知る者に辿り着いた。サーシェスは戦災孤児だった。父親は優秀なパイロットだったらしく、あいつが生まれる前にAEU軍に引き抜かれ、諜報員としてユニオンに潜入し、その後は一度も中東には戻らなかった。当時相手にしていた女が身篭っていたことも知らない」

呼吸さえ、ニールは忘れかけていた。
刹那の話は真実なのか。
考えると同時に、中東出身の刹那だからこそ真実を突き止められたのかも知れない、そう悟った。
ハロがサーシェスと異母兄妹なら、殺してやりたいほど憎んでいる男の、血の繋がった妹。
しかも、あの二人は兄妹同士で――。
悪い夢でも見ている気になる。
オーバーワークによる疲労からか、身体中が痛い。
頭痛がする。
耳鳴が酷くなる。
湿った髪にグローブを付けた指先を差し入れたまま、気付けば口を噤んで立ち尽くしていた。
耐Gスーツの下で、全身にじっとりと嫌な汗が滲んでいる。
赤い双眸は相変わらずニールに向けられていた。
無意識に詰めていた息を深く吐いた。    

「当人達はそのことに気付いてんのか?」
「そこまでは分らない。ロックオン、お前はハロ・カタギリと――」
「何もねえよ」

言葉を遮るように即座に返答し、向き合っていた目を伏せる。
作り笑いなど、もう必要無い。
心配ありがとな。
短い礼を言い、それ以上は口を開こうとしなかった刹那に背を向けて、ニールは足早に相棒のあとを追った。



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