Change my world (9)

ソレスタルビーイングが開発した多目的モビルスーツ輸送艦、プトレマイオス。
ニール・ディランディはブリーフィングを終えると艦内の私室に戻った。
窓らしきものが見当たらない薄暗く狭い空間には、最小限の家具のみが備えられている。
僅かな光源の中でベッドに腰を下ろしながら、戯れ付くように足元で跳ね回るオレンジ色の相棒へと腕を伸ばす。

「可愛いな、お前は」

滑らかな表面を何度か優しく撫でてから、ニールは私用携帯端末のモニターに文字を表示させた。


<ハロ・カタギリに関する追加調査報告>
2283年XX月XX日生、経済特区トーキョー出身。
世界経済連合、通称ユニオンの軍高官、ホーマー・カタギリの姪。
実母のハル・カタギリは、ホーマー・カタギリの異母妹であり、2288年に死亡。
実父は不明。
AEU所属のパイロットであったとの未確認情報有り。
ハルの死後、ホーマー・カタギリの養子となるが公にはされておらず、一部の関係者のみ認知していると思われる。
2303年、トーキョーで行われた次世代産業となるライフサイエンス分野の推進を目的とした企業誘致で権利争いが起こった際、臨床検査の総合メーカー株式会社エムズジャパンの役員としてハロ・カタギリは会談に出席。
当時敵対していたヨーロッパのバイオベンチャー企業マーティンサイエンスは、日本が傘下にあるユニオンを牽制するためPMCに委託、アリー・アル・サーシェスが企業の要人警護官として役員会談に同席。
会談は平行線を辿るも最終的にエムズジャパンが権利を取得、それに対してマーティンサイエンス側が強く反発、しかし間もなく和解が成立していることから、水面下で何らかの裏取引があったと思われる。
その後、ハロ・カタギリはアリー・アル・サーシェスと供にAEU領土へと渡る。


ハロがユニオンの人間で、しかも軍高官の姪だったとは意外な事実であった。
面倒を避けて誘致を受けたいエムズジャパンがユニオン上層部に助けを求め、マーティンサイエンスに金で解決するよう圧力を掛ける。
日本側にはそれなりの額を提示させ、相手側には無駄な反発を止めるよう了承させる。
PMCも金さえ支払えば問題ないはずだ。
しかしマーティンサイエンスはPMCに委託したからには、武力行使もひとつの手段と考えていたに違いない。
誘致争いの場に居たサーシェスが、金で大人しく引き下がるとは到底考えられない。
圧力を掛けた人物がカタギリなら、サーシェスがハロを自分の手元に置くよう交換条件でも出したのだろうか。
AEU軍所属の肩書きがあれば、ハロの護衛としてAEU本部にもユニオンにも体面を保つことができる。
ホーマー・カタギリの血縁者であるハロは、養子とはいえ戸籍上は娘……それが一部にしか知れ渡ってないということは、カタギリ本人が伏せていると考えていいだろう。
父親が敵側の人間であるとすれば尚更だ。

『邪魔な存在……』

しかし使いようによっては、絶好の代物にもなる。
伏せているとはいえユニオン軍高官の名にはかなりの影響力がある。
ハロをAEU側に渡すことで、政治的にも大きな意味合いを持たせることができる。
そして、いざという時には切り捨てても、何ら問題ない存在。

『スケープゴートか』

温度を感じさせなかったあの黒い瞳は、それを充分自覚している。

『……だから、どうした』

あの男のもとから本気で離れたいと考えていれば、何らかの方法を見つけているはずだ。
それをしないのは、ハロの意思がそうさせているのかも知れない。
自らを説き伏せるように、ニールは頭の中で強く思う。

私を殺したいのなら、そうすればいい。
ニール。

耳の奥深くで声が聞こえたような気がした。

「……殺ってやりゃあ良かったって?」

静かに笑ったニールの吐息は微かに震えている。
端末をベッドの上に置き、目の前の何もない壁をただじっと見つめた。
自分はこんな人間だったのかと思い知らされる。
脳裏に焼きついた記憶は、決して消えて無くなりはしない。
凄まじい爆発音、吹き飛んで崩れ落ちた建物、埃のにおい、悲鳴と泣き声。
あの日、黒い納体袋に入れられた家族の前で、復讐してやりたいと心から願った。
その為にテロリストと呼ばれ、多くの命を奪った俺が、ハロの命は奪えなかった。
あれほど誰かを愛おしく思ったことなど無かった。

「……情けねえな……」

感情の褪せた声が呟いた。
俯きながら、ゆらりと上がった両手が歪んだ目元を覆う。
碧の目が伏せられる。
額へと零れ落ちた前髪に指を食い込ませ、思い切り握り潰した。
ロックオン、ロックオン。
大丈夫だ、心配しなさんな。
言いながら、聞きなれた合成音に呼ばれても、顔を上げることは出来ない。





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