Change my world (4)

腰の後ろからハンドガンを抜いてスライドを引き、銃口を向ける。
ハロはたいして驚きもせず、警戒する様子もなく、ただ黙ってニールを見つめた。

「言っておくが、俺は本気だ」

低い声でそう告げてから、構えたままの右腕に左手を添えてセイフティーを外し、引き金に指を掛ける。
その場から動こうとしないハロへとゆっくりと近づき、徐々に二人の距離を縮めて行く。
何かしらの動作を予測しつつ、ニールは尚待ち続けた。

「どうした、命乞いしねえのか?」
「……この状況から判断して、アリーに対する復讐ってところ?」

目の前で銃を構えている男に向かい、他人事のような口調を投げかけてくるハロの態度に、今まで以上の苛立ちを覚えた。
若く、寧ろ幼く見える面差し。
不意に今のハロがあの日に初めて見た姿と重なった。
感情の見えない、どこか温度を感じさせない声と眼差し。
感情の褪せた目だ。
今しがた後ろから声を掛けた時に見せたあの表情とは比べ物にならない。
何かが欠けてしまったような違和感。
胸をざわつかせる息苦しさは一向に収まる様子はなく、寧ろ酷くなりつつある。
ニールは表情を崩さずに立ち止まり、顔を見合わせた。

「あんた物分りがいいな。あいつは十年前、俺から大切なものを奪った。両親と妹だ。だから俺も奪いにきたのさ」
「私は……、アリーの大切なもの?」
「あいつは今までにあんた以外、特定の女なんざ作ったためしねえだろ?」

ニールは努めて冷静に会話した。
サーシェスが唯一手放さず、自分の傍に置いている女。
これから、この女を殺す。
一瞬、脳裏に懐かしい家族の面影が浮かんだ。
幸せだった頃の、皆の笑顔。
喉の奥が震え、渇く。
頭の中の神経が引き攣るようにきりきりと痛んだ。
今すぐに引き金を引いてしまえば、極僅かでも、この痛みを癒すことが出来るのだろうか。
奥歯を噛み締めてグリップを握り直した様子を、無言のまま見続けている硝子玉のような双眸に、ニールは思わず目を眇めた。

「……あのサイコ野郎に抱かれてるあんたも相当だな」

侮蔑を込めて、ニールはふいに笑みを浮かべる。
人間的な感情を伴なわない、喉奥を震わせるだけの笑みであった。
俺は必ず、家族の仇を討つ。
そのための前哨戦は、すぐにでも目的を果たせる状況にある。
そのはずが、さっきから無性に苛ついて、心臓がどくどくと脈を打ち続けている。
息苦しい。
シャツの裏に汗が滲んで気持ち悪い。
あのざわりとした感覚が、ますます胸の中へ広がっていった。

「私を殺したいのなら、そうすればいい」

怯むことなく、淡々とした口調で告げたその言葉に一瞬、ニールの頭の中が白くなる。
間近で銃口を突きつけている相手に、随分とふざけたことをいう女だ。
ニールは眉間にぐっと皺を寄せて、ハロの顔を見据えた。
少しの躊躇いも感じさせない口調。
真っ直ぐに向けられた視線。
確かに、目は合ってはいる。
それでも、あの黒い瞳に俺の姿は映っていない。
何故かそんな思いにさせられた。

(あの男のためか……お前はサーシェスのためなら、無抵抗な態度のまま殺されても構わないってのか?)

本心を表に出さない、平常心を失わない、何事にも引き摺られることなく対処する。
それがニール・ディランディという男だった。
この世界から戦争行為を根絶するという大きな目的のために立ち上がった。
あの日からそう生きてきた。
否、生きていくしかなかった。
今は抑えきれない怒りの感情が、腹の底から沸々と湧き上がってくる。
狙撃手とは一連の動作を通して穏やかでなければならない。
引き金を引く指先も、銃を支える腕も、緊張で強張ってはいけない。
それが今はどうだ。
ニールの碧の双眸は見開かれ、無意識に薄らと開かれた唇から、微かな乱れた気息音を漏らしている。

「遠慮は要らねえってか?」

一歩、また一歩と、フロントサイトを胸の真中に合わせたままニールはハロへと近づいていく。
自分の中に残っていた、無抵抗の女に銃を向けることへの罪悪感。
それも全て、消えて無くなっていた。
彼本来の柔和な容貌と共に。
真直ぐ伸ばした腕の先にある銃口が、ハロの心臓に狙いを定めた。
黙ったままそこへ押し当てても、ハロは無抵抗のままだった。
間近から自分を見上げても顔色ひとつ変えないその態度に、理性さえ消え失せていた。
目の前の身体は意外にも背は低く、綺麗に浮き出ている鎖骨から白い胸元を上から見下ろす。
胸に押し当てた銃口を下ろし、広げた腕の間にハロを閉じ込めるようにキッチンの端に両手を付く。
そして腰を屈め、目線を同じ高さにしてから顔を近づけると、ニールは薄く笑ってみせた。

「男に犯されたあんたの死体を見たら、あいつはどんな顔すんだろうなあ?」

瞬間、向かい合った黒い瞳が揺れた。






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