Change my world (3)

ヨーロッパ南部に位置する小国家モラリア共和国。
人口十八万人の小さな国ながら民間企業の約二割がPMCであり、八百を超える関連企業が戦争をビジネスとして発展させ、軍事産業がこの国の経済を支えている。
そのような国家であるからこそ、ソレスタルビーイングが行う世界各地での武力介入の影響は大きい。
愛車の037ラリーを走らせながら、ロックオンは闇を見るように窓ガラスの外を流れていく景色を眺めていた。
おそらく首都のリベール周辺に立ち並んだ高層ビルの多くが、国に誘致されたPMCのオフィスになっているのだろう。
PMCの進出により、紛争は長期化し、拡大する。
ビジネスと言えば聞こえはいいが、奴等の本質は、人の命を奪うための兵器と金目当てに戦場へと赴く傭兵、そしてサーシェスのような殺戮を好む戦争中毒者を、この世に創り出しているに過ぎない。
この小さな国の中で様々な思惑が絡み合っている。
破綻しかけた自国の経済を復興させるため。
そして一方は、宇宙開発に必要不可欠な力を得るため。

「……最低最悪な国だな」

ステアリングを握るロックオンの手のひらに力がこもる。
整備された街並みを走り抜けて行くと閑静な住宅街に入り、次第に豪華な造りの家が目立ち始めるた。  
この周辺は、世間一般に言われる高級住宅街である。
その一角に見え始めたレジデンスがロックオンの目的地だった。
一等地に建てられているその造りは重厚で、ひと目で高級物件だと分かるものだ。
徐々に近づいてくる大きな建物を眺めながらアクセルを弛めていく。
潜入偵察をした日から、最初に姿を見た時から、ロックオンの頭の中にはハロという女が棲みついていた。
あの黒い瞳に見つめられた時に感じた、胸がざわつくような奇妙な感覚が今も続いている。
それもきっと、今日で終わる。
道路脇の街路樹近くにラリーを止めてエンジンを切った。
本能的にベルトに手が伸びる。
そこにあるハンドガンの感触を確かめ、ロックオンはラリーから降り立った。



エントランスから幾つかのセキュリティシステムを容易く通り抜けたロックオンは、大きな扉の真横に立っていた。
予め用意していた非接触ICカードキーをポケットからとりだしてリーダーにかざすと、玄関のロックが解除される。

「まったく。無用心なこった」

施設内への侵入は予想よりも容易く、一度忍び込んでしまえば他の住人と顔を合わせることもない。
こうしたところが高級物件の盲点なのかも知れない。
それでも、PMCを国で優遇しているレジデンスのセキュリティがこれとは。

「油断し過ぎじゃねえの」

独りごちながら細心の注意を払い、重い扉を静かに開く。
扉の隙間は抵抗もなく広がり、そこから覗いた玄関ホールはかなりの広さがあり、しんと静まり返っていた。
息を潜めながら辺りに気を配り中へ入り込む。
大理石の床の上をゆっくり奥へと進で行く。
玄関から正面にあたるドア、それを静かに開き室内を窺うと、黒い革張りの大きなソファーが見えた。
少し離れた位置にダイニングテーブルと椅子が見える。
全て高級感のある物で、開放感のある広く明るいリビングは、白や黒、アイボリーなどの色合いでシンプルにまとめられており、窓際のスツールには花が飾られていた。
部屋に足を踏み入れて辺りを見回してから壁に背をつけ、数歩移動する。
すると、ダイニングテーブルよりも奥にあるキッチンに女の背中が見えた。
瞬間、ロックオンの鼓動が跳ねた。 
黒く長い髪があの女……あの日に見たハロであることを確信させた。
ハロは侵入者の気配に気付かないまま、何か飲み物でも淹れようとしているのか、陶器がかちゃりと音を立てている。
ロックオンはそのまま暫く立ち止まり、その後姿に視線を定めた。
パーティーと同じ色の黒いワンピースは部屋着のような簡単なもので、膝裏が隠れるほどの裾から白い素足が覗いている。
髪のもつれを気にするように、何度か毛先へと指を通す仕草さはどこか気だるそうだ。
不意に、後ろからサーシェスに髪を掴まれ、啼かされているハロの姿が頭の中に浮かぶ。

(何考えてんだ……馬鹿らしい)

何ともくだらない妄想であった。
気を引き締め直し、未だ振り向こうとしないその背中に向かって声を掛けた。

「よう」

瞬間、声に反応したハロの肩がびくりと揺れて、反射的に身体ごと大きく振り向いた。
化粧をしていないせいか、あの日よりも幼く見えるその顔が、小さく口を開けたまま固まっている。
驚きで声も出ないらしい。
あの黒い瞳に俺はどう映っているのか。
そんな様子に苦笑した男を見て、状況が理解できないとでも言いたげな表情のハロが、ようやく声を出した。

「どうして、あなたがここにいるの?」
「俺の顔、覚えてるんだな」

近くの壁に凭れてからそう答えると、どこか複雑そうな顔をして何も言わず、無防備な瞳をこちらに向けた。
真っ直ぐな眼差しがあの時と重なる。
さざ波が立つように、またざわりとした感覚が余計に胸の中へと広がり、気持ちを落ち着かなくさせた。
綺麗な女だと言ってよかった。
すらりとした立ち姿も、そう思わせる。

「ビアッジ少尉なら――」
「いつもそっちの名前で呼んでるのか?」

遮るように訊いた途端、ハロの顔が歪んで今にも泣き出しそうな表情になる。
それはほんの一瞬で、何かを察したのか、その顔はすぐに暗く翳ったものに変わった。

「……アリーに何か用?」

ハロの問いは短かった。
どこか悲しげな表情で。

「『アリー』か。やっぱりあんた、あいつの――」

突然、ロックオンの胸の辺りに痛みが走った。
何かが込み上げてくるような、喉の奥深くを圧迫されるような、痛みと息苦しさ。
同時に苛立ちも覚える。

(どうしちまった? 過去に何度もやってきたことじゃねえか。何を今更……)

今までに感じたことのない不可解な感覚に、ロックオンは思わず息を詰め、奥歯を噛み締めた。

「あなたは何者?」

再び問われた。
彼女の声は冷静であった。

(しっかりしろ! 俺は、この女を……)

徐々に大きく乱れていく心音に、動揺を隠しながら深く呼吸をしてハロを強く見据える。

「一応自己紹介しておく。名前は、ニール・ディランディ」

やることは決まっている。
静かに息をはきだして、声を低めた。

「あんたを殺しに来た」






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