Change my world (2)

AEUの公開軍事演習で最新鋭機イナクトをガンダムで圧倒し、ほぼ同時刻に人類革新連盟の宇宙ステーションを襲撃したテロリストをもガンダムが迎撃。
エネルギー供給権を主張したタリビアのユニオンに対して独立宣言への武力介入。
ソレスタルビーイングは人々の記憶にきざまれる事となった。
戦争根絶という理念の幕開けである。
そして今回、AEU軍、モラリア軍、PMCトラストで行う大規模な合同軍事演習「オペレーション・ドーン」へ、介入しようとしていた。
AEUとモラリアの意図は知れている。
男の潜入偵察はその為であった。
抜けきれない不快感が纏わりついている感覚に、トレミーに戻った男は私室のベッドに寝ころんで深く眉を寄せた。
そしてあの女の顔を思い浮かべる。

(サーシェスの女……)

奴の指先が髪に触れた時、緩く微笑んだあの表情。
間近で見下ろした瞬間、思わず魅入ってしまったあの黒い瞳。
不思議な雰囲気を持った女だった。
何故か身体が、喉元辺りがざわつく。

「……ハロ……」

無意識に呟けば、殆ど同じタイミングでドアの向こうから室内の主を呼ぶ声が聞こえた。

「ロックオン」
「あー……、刹那か。開いてるぞ」

ロックオンと呼ばれた男は長めの前髪を無造作にかきあけだ。
碧色の目が素早くスライドしたドアへと移る。
ゆるい癖のある黒髪の少年が中へと入ってきた。
ガンダムエクシアの、まだ若過ぎると言って良い程のパイロットである。
普段から表情の乏しい顔は、いつでも視線だけが鋭い。
神の戦士となるべく己の両親さえ手に掛けた、元ゲリラ少年兵の眼差し。
何故、狂ってしまったのか。
こいつも、俺も。
と、誰に問うでもなく、ロックオンは刹那から視線を外した。
それでもこの場に居る彼らは、サーシェスのような人格破綻者でないことは確かであった。
ベッドから上半身を起こして、額に掛かる髪を手袋を嵌めた手が、後ろへと撫で付けた。

「AEUはどうだった」
「各国のトップが全員参加だ。今までは自国の国益ばかりを優先させていた奴等も今回は本気らしい。モラリアも直接大統領が外交交渉する。詳しいことは端末のデータベースで確認してくれ」
「了解した」
「それと、あの男に遭った」
「……あの男?」
「アリー・アル・サーシェス」

その名を出した途端、刹那の目に鋭さが増した。
年少者は感情を表したようだ。

「あいつにとっちゃ今回の事は願ったり叶ったりだな。AEUじゃ外人部隊少尉の軍籍を持っていやがるし、PMC本社にも一目置かれてるらしいからな。待遇いいんじゃねえの」
「それで、お前はどうした」 
「パーティー会場でドンパチやるわけにはいかねえだろ。心配しなさんな。俺もそこまで馬鹿じゃねえよ」

苦笑をまじえながら、ロックオンはそう返答した。
少しばかり茶化した口調にも無反応な仄暗い赤の瞳には、一体何が映っているのだろうか。
大きなマシンガンを抱えながら、クルジスという戦場の中をひとり懸命に駆けていた自分の姿か。
それとも、倒壊したビルの瓦礫の前に立ち尽くして、声にならない悲鳴を上げた十四歳の俺の姿か。 

「ところでお前さん、ハロって女に心当たりないか? 多分日本人だな。歳は俺より下くらいか」
「知らないな」
「そうか。ならいいさ」

考える間もなくすぐに答えた刹那は、彼に何か言いたげな面持ちを見せたが、それ以上何も聞いてはこなかった。
互いの関係性を今更とやかく言う事などしないのだ。
黙ったまま部屋を出て行く後姿を見送って、薄く笑みを滲ませていた口端を下げながら長く深い息を吐く。
まあいい……最初から刹那の答えに期待はしていなかった。
一度でも裏の世界に棲んでしまえば、こういった事を探るのに然程時間は掛からない。

「目には目を、か……」

そう呟いた男の表情は至って冷静に見える。
独り言と呼ぶには相応しく無い、ある決心を固めた瞬間であった。

 
   
× × ×



女は少し顎を上げて揺れる視線の先、見事な装飾が施されているベッドの天蓋を眺めながら思う。
なんて趣味の悪い……こんな豪華なロココ調のベッドでこの男に抱かれている自分自身に、皮肉の笑みが浮かびそうになる。

「さっきから何考えてんだよ」

真上から女の顔を覗き込んだサーシェスがゆっくりと身体を揺らす。

「こんな部屋しかなかったのかな?」
「お前なあ……この部屋、ヨーロッパの要人クラスが泊まる部屋だぞ。それをモラリアの大統領様がわざわざお前にってな」

自分の上で腰を動かしたまま喋る男に、女は黙って視線を向けた。
今夜のレセプションパーティーに出席するために顎鬚を剃り落とし、髪も幾らか整えたせいか、下から眺めたサーシェスの顔が、女には初めて出会った頃と重なって見えていた。
硬い筋肉の付いた左肩には、特徴のある大きな刺青が彫られている。
それを軍服で隠してしまえば、サーシェスは粗野な傭兵などには見えない。
現にパーティー会場でもこの男の気を引こうとする何人かの女達に囲まれて、サーシェスは作り笑いを浮かべていたのだから、私なんかを相手にしなくても、幾らでも好きなだけ女を抱けるのに、と、身体を揺さぶられながら、微かな息遣いでやり過ごす。

「ハロにも一応こんだけの価値があるってことだ。それにしてもAEUはえげつねえよなあ。あんな場所にまでお前呼んで、わざわざユニオンのお偉いさんの血縁だって大統領に紹介するなんてよ」

ハロと呼ばれた女は、自分の上で可笑しそうに口端を上げているサーシェスから再び天蓋に視線を移し、名前も知らぬ植物を模った見事な装飾を眺め、頭の中で一枚一枚葉の数を数えていく。
そんなハロを見下ろして、喋る事に飽きたのか、サーシェスは細腰と膝を抱えて動きを速めた。
ハロは息苦しさに耐えながら、間違わないようにただひたすら葉を数え続けた。


僅かにシャワーの音が響く。
淡いグレイの軍服と黒いドレスが床の上に散らばっている広い部屋に一人、水音を聞きながら、くしゃくしゃに乱れたシルクのシーツの上にハロはうつ伏せたままだった。
それらを眺めて溜息のような息を吐くと、
今夜出会った碧色の瞳が、頭の中に思い浮かんでくる。

(本物の宝石みたいに綺麗だった……)

思い出すたび、何故か胸の奥が締め付けられた。
あれから、あの青年の姿をもう何度、繰り返し思い出しているのか。
そんな自分が嫌になり、ハロは首を振った。
枕に深く顔を埋めて頭の中からその姿を何とか追い出そうとしていた。
思い浮かべても無駄なのだと解っている。
何もかも。
全て。
水音が止んだ。
程なくしてバスルームのドアが開く音がして、ベッドへと近づいてくる足音にハロはのろのろと顔を上げる。
濡れた赤い髪をタオルで覆い、荒々しい動作で頭を拭きながら、サーシェスが戻ってきた。

「二、三日したら、暫く留守にするからな」
「……分かった」

再び枕に顔を埋めたハロに、上から彼女を更に憂鬱にさせる声が降ってくる。

「早くシャワー浴びて来い。俺のとお前ので身体中べたべたしてっぞ」

誰のせいだと思いながら、表情の無い顔で気だるい身体をベッドから起こし、ひんやりとした床に足を下ろす。
ハロは重い足取りでバスルームへと歩き出した。






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