White Christmas Eve 2 (Lyle ver)

「すぐにコーヒー入れるからな」

部屋の空調ボタンを押したライルが、上着を脱ぎながらキッチンに向かう。
ワンルームにしては広過ぎるほどの、生活感のないホテルのような空間。
それでも入ってきた瞬間から僅かにライルの匂いを感じて、私はダイニングの椅子に座ると懐かしむように部屋の様子を眺める。
備え付けのクローゼットのほかに、ゆったり座れる二人掛けのソファー、大きなテレビ、シングルベッド。
それくらいしか置いていないこの部屋は、本当にあの頃のままだった。
ふと、この部屋には女の人の気配がまったく感じられないことに気が付いて、あの人とは本当に別れてしまったのだろうかと、疑問に思った。
ソファーの上には、以前に二人で一緒に選んだ色違いのクッションがまだ置いてある。
それを見た途端に胸の奥から嬉しさと切なさが同時に込み上げてきて、改めて自分から別れを告げてしまったことに心から後悔した。
目の前に湯気の立ったコーヒーカップが二つ置かれて、向かいの椅子にライルが腰を下ろす。
コーヒーから良い香りが立ち上ってくると、それが少しずつ今の気持ちを落ち着かせてくれた。

「ハロはミルクと砂糖、多めだろ?」
「うん……頂きます」

覚えていてくれたことが嬉しくて、カップを手に取りこくりと一口飲むと、丁度良い甘さが口の中へと広がっていく。

「……美味しい」
「そりゃあ良かった」

間近から向けられる以前と変わらない笑顔に、つい私も嬉しくなって自然と口元が綻んだ。
胸がじんわりと温まっていくのを感じるのは、きっと美味しいコーヒーのせいだけではないのだろう。

「少し濡れちまったな。寒くないか?」
「大丈夫。もう寒くないよ」

ライルの指先が、湿った私の前髪をそっと揺らす。
その仕草に頬が熱くなって、黙ったままもう一度カップに唇を付けた。

「それにしても酷い男だな。あんな寒い中にお前を待たせた挙句、現れねえなんて」

不機嫌そうに眉を寄せながら、まるで独り言を呟くような彼の声に、今更嘘を付いたなんて言えなかった。

「私が勝手に待っていただけだから」
「……どんな奴だ?」

視線を伏せて訊いてくるその顔は、苛立っているような怒りを抑えているような、初めて見る表情をしていた。

(どうして今更そんな顔をするの?引き止めてくれるほどの愛情もなかったくせに)

「普通の人だよ……どこにでもいるような、本当に普通の人」

ライルからはどこか普通の人と違った雰囲気を感じていたせいで、ついそんなことを口走ってしまう。
一瞬、怖いほどの表情を見せた彼の様子にいたたまれなくなる。
すぐに罪の意識が生まれて、私は持っていたカップをテーブルに置くと、椅子から立ち上がって雪が降り続いている外の景色を窓際から眺めた。
さっきまでは温かく感じていた部屋の空気が、急に冷ややかなものになっていくような気がした。

(ライルだってあんなに綺麗な人と付き合ったくせに。やっぱり、ここには来るべきじゃなかった)

積もり始めた雪が、夜の街を白く染めていく。
目頭がじんと熱くなり、目の前の雪景色が少しずつ滲み始めた。 
……もう帰らなくては。
これ以上話を続けていたら、本当に涙が零れてしまいそうだ。
そう思った時、窓ガラスに映っている私の後ろに大きな影が映り込んで、突然背後から抱き締められた。
私を両腕の中に閉じ込めようとする強い力に、身体の動きを封じられる。

「そんなにその男が好きか?」
「ライル……っ」
「あんな寒い中でも泣きながら待っちまうくらい、ハロはそいつに惚れてるのかよ」

更に強くなっていく腕の力に、心臓の音が速さを増していく。
すると背中越しからも同じようにどくどくと逸る拍動が伝わって、胸が熱くなった。
窓ガラスに映るライルは私の髪に顔を埋めているから、どんな表情をしているのか全く分からない。
後ろから抱き締めてくる力が強くて息苦しい。
それでもその逞しい両腕に、思わずすがってしまいたくなる。

「ライルは? ライルこそ、あの女の人とはもう別れたの?」
「……あの女の人?」
「紫色の髪の、眼鏡を掛けた背の高い女の人」
「ティエリアか。あいつは男だ」
「男の、人?」
「お前が信じられねえって言うなら、今から本人に会って直接確かめてみるか?」

そういえば……薄いピンク色のカーディガンを着ていたけれど、スカートを穿いていたわけではなかった。
確かに、綺麗な人だった。
でも今になって思えば、女の人のそれとは、どこか違ったものだったかも知れない。

「俺は、ハロを手放しちまったことを……あの日から今日まで、今でもずっと後悔してる」
「じゃあ、どうして? どうしてあの時……」
「巻き込みたくなかった」
「巻き込みたくないって、何に?」

まるで自分に言い聞かせているようなライルの言葉に期待と不安が入り混じり、心臓がこれ以上ないほど速い鼓動を打ち続ける。

「けどな、お前をあんな寒い雪の中待たせるような男に渡すくらいなら……」
「……ライル?」
「違うな。どんな男にだって、ハロを渡したくなんかねえよ」

その切なげな声に、質問の答えを問うことが出来なかった。
きつく抱き締めてくる腕の力に自分への独占欲を感じるのは、決して私の思い上がりだけではないはず。
両腕を解いて、私の身体を強引な仕草で自分に向かい合わせると、至近距離から真剣な瞳に見下ろされる。
胸の奥を締め付けてくる痛みに泣きたくなった。
大きな掌が頬に触れて、そっと唇が重なる。
腰を引き寄せられて強く抱かれると、ライルへの愛しさが身体中を駆け巡っていった。
私が悪かった。
自分から別れの言葉を口にした。
今でも後悔している。
けれど、それはライルも同じだったの…?
ゆっくりと唇を離した彼が瞳を細めて、長い指先を私の髪に埋めながら、小さな声がまた独り言のように呟いた。

「このまま、お前を攫っちまいたい」
「教えて? 巻き込むって何?」

ただ微笑んだだけのその顔がとても悲しそうで、もう二度と会えなくなるのではないかと堪らなく不安になった。

「ライルが好きなの……傍に居られるなら何も望まない。だから、どこにも行かないで」

驚いた彼の表情が、すぐに確かめるように私の目をじっと覗き込んでくる。

「ハロには、もう好きな男がいるんじゃねえのか?」
「そんな人いない、待ち合わせなんて嘘。本当は、あの場所でライルを思い出してた」
「……」
「だから……」 
「あの時引き止めなかったのは、ハロが全てを知った時に否定されるのが怖かったからだ。俺がしている事、これからしようとしている事、何より……俺自身を否定される事が」

私から背けた横顔が酷く辛そうで、ライルがどれほど私のことを想ってくれていたのか、今になって痛いほど伝わってくる。
私は目の前の身体に思い切りしがみ付いた。

「ライルが何をしていようと、これから何をしようと、私は絶対に否定なんかしない!」
「本心からそう思えるか? ハロが本気なら、俺はこのままお前を連れて――」
「本気だよ? ライルと一緒なら、どこへでも行ける!」
「二度と、後戻りできねえぞ?」

その言葉が決して嘘じゃないことは、以前からライルに感じていた特別な雰囲気からも充分に察しがつく。
それでも、自分の気持ちに少しの迷いも無かった。
何もかもを捨てても構わないくらい、本当に彼を愛しているから。
私は広い胸に埋めていた顔を上げる。
今までに見たことも無いライルの真剣な眼差しに、これはきっと相当な覚悟を決めた意志なのだと理解させられた。

「私は、何があってもずっとライルについて行くから」

胸が苦しくて、涙が溢れそうで、それでもその瞳を見つめながら力強く答えると、彼の腕がすぐに腰を引き寄せて、きつく抱き締めてくる。
愛してる。
耳元で囁かれた声に、心臓が壊れそうになる。
一年前のクリスマス・イヴにも、ライルは今と同じ言葉を贈ってくれた。
また来年のこの日もこうしてライルと一緒にいられる事を強く願いながら、彼の逞しい胸に顔を摺り寄せて大きな背中に腕を回した。


 



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