お酒の席で
「はい。これ、草稿と写真です。」
今回は そう大した案件ではなく、ルポの内容も薄い。
孝平さんに、依頼されたものを手渡し、帰ろうとした。
「おい、國彦。もう俺も上がるから、飲みに行かないか。」
「金欠なので、僕は奢れませんよ。」
「いや、今日は俺が奢る。」
…珍しいこともあるものだ。
孝平さんと飲みに行くのは どれくらい振りになるだろう。
「それなら行きます。」
「よし。おい、潤!それじゃあ 後は頼んだぞ!」
「はひぃっ!そ、そんなあ…!」
僕たちは 柊出版社を後にして、行きつけの居酒屋に向かった。
***
「急に何です、珍しいですね。」
「そうか?昔はよく飲んだじゃないか。」
焼き鳥を口に運ぶ孝平さんのグラスに酒を注ぐ。
その時、聞き慣れた声が耳に入った。
「國彦さーん!ゴリラ兄貴も遅くなって ごめんなさぁい!」
「そうか。雪香も、もう飲める年になったんだったね。」
「また子ども扱いして!」
聞かずとも、孝平さんが呼んだのだろう。
僕の一言に、不服そうな顔をする雪香に孝平さんがお酒を注いだ。
「もう、お前も大人だもんな。まあ 飲めや。」
「これ、焼酎じゃん!私カシスオレンジがいー!」
「文句言うな、飲め。」
…カシスオレンジか。
やっぱり、まだ子供なんじゃないか。
そう思ったが、口には出さないでおこう。
***
「酔っぱらってなんか ないですよう!」
飲み初めて早二時間。
雪香の顔はもう真っ赤に染まり、僕自身も、孝平さんも
酔いが回り始めているようだ。
「お手洗いに行ってきます。」
「國彦さぁ〜ん!早く帰ってきてくださいねー!」
席を立ち、用を足して座敷に戻ると、先程と雰囲気が
少し変わっていた。
雪香はもじもじして孝平さんはニヤニヤしていた。
僕のいない間に何かあったのだろうか。
「國彦、悪いな。急用が出来たんで、先に帰るわ。」
「なら、これで…。」
「これ、払っといてやるから、2人でゆっくり飲んでろ。」
引き止めるより先に、孝平さんはレジの方へ行ってしまった。
僕は厚意に甘えてもう少しだけ飲むことにした。
「孝平さん、急用って何だろうね。」
「……。」
「雪香?大丈夫かい?」
具合でも悪いのだろうか、雪香は下を向いて
何か言いたげな表情をしている。
「國彦さんっ、私、私…。」
「うん?」
「國彦さんのことが…っ、ずっと前から好きでした、いや、今も好きです!!」
半泣きで、真っ赤な顔をさらに赤くさせながら
雪香は言った。
様子からして、単に兄の友人として好きと言っているので
ないということは分かった。
「雪香、それは本気かい?僕は君より11歳も年上なんだよ。」
「年なんて関係ありません!私は…本気で國彦さんのことが好きなんです!」
アルコールが回って上がっていた心拍数は更に上がり、
耳元でどくどくと煩いほどに拍動が聞こえる。
大学生の頃は妹のような、後輩のように思って接してきた。
でも、再開して数々の取材を共にする中で、僕の中の雪香に対する
意識は変わったように思う。僕は雪香のことを、どう思っているのだろう。
「雪香…僕は、」
言葉を紡ごうとする口を塞がれた。
頬に添えられた指から雪香の震えが伝わる。
「…こんなこと、本当に好きじゃないと出来ませんよ。」
もう、言い訳や建前を考えるのはやめにしよう。
僕は雪香が好きだ。彼女にこれだけのことをさせたのだから
僕もそれ相応に応えなければならない。
「雪香、一度しか言わないよ。」
「…はい。」
「僕も雪香が好きだ、付き合ってくれるかい?」
雪香の目から涙が零れる、
でも、それはすぐにいつも見せる満面の笑顔に変わった。
「勿論答えはイエスに決まってます!」
その返事に僕は、そっと口づけをした。
END
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