06

結論から言おう。肉倉君と手を繋いでいるところを、友達に見られた。

そしてやっぱり彼氏と勘違いされ、誤解を解くのに丸一日かかった。肉倉君と遊びに行く時、理由を説明せずに友達の誘いを断っていた事が、さらに誤解を深める原因になっていたらしい。「中学時代に仲の良かった友達で、お互いになんとも思っていない」と説明すると、友達はにやつきながら「ふーん」と言った。なんですかその目は。

しかし、そうなると肉倉君を誘いにくくなるもので、メッセージのやり取りも、差し支えない日々の報告ばかりになってしまう。そして肉倉君も、スタンプでの返信が多くなっていた。忙しいのかと聞いてみると、仮免試験に向けて訓練中だと返ってきた。そこで「メッセージ送るのやめようか?」と提案してみたけど、「続けろ」というシンプルな答えが返ってきたので、ちょっとにやけてしまった。

ところで肉倉君は、友達が出来たのだろうか?そう尋ねたいけど、また機嫌を損ねられるのも困る。ゲームセンターにはもう懲りたから行かないかもしれないけど、ちょっと商店街に行くとかコンビニに行くとか、そういう付き合いぐらいはしてもらいたいものだ。だけど最近は、そう考える度に胸の痛む自分もいる。きっと、“友達”としてのしょうもない嫉妬心だ。


その日は、初夏という言葉が相応しい日だった。放課後の帰り道、どうしようもなく喉の渇きを感じた私は、コンビニに寄る事にした。店内はまばらに人がいた。オールマイトのおもちゃ付きのお菓子を吟味している男の子がいたりして、ちょっと微笑ましくなる。私はいつものミルクティーを買おうとして、彼の横を通り抜けようとした。その時。


入口の方で、轟音がした。


見ると、巨躯の男がコンビニの入口に大穴を空けているところだった。男はそのままレジに向かうと、怯える店員を脅して、金を出させようとしている。間違いない、ヴィランだ。最悪の場面に居合わせてしまった……!!

私のそばにいた男の子が、恐怖で泣き始める。男がこっちを見た。泣き声が不快だと言わんばかりに顔を歪める。身体強化の“個性”なのだろうか、男は床を蹴ると、その大きな拳で殴りかかってきた。小さな男の子では、無事では済まない威力だと直感した。

私の“個性”は、こういう時にとても役に立つようなものではない。小さい頃はヒーローに憧れもしたが、自分が目指す事はとっくの昔に諦めていた。だけど、誰かの盾になる事ぐらいはできる。恐怖で動けない男の子の前に立ち塞がるようにして目を強く閉じ、殴られるのを待った。


ところが、衝撃はいつまで経ってもやって来ない。恐る恐る目を開くと、薄ピンク色のぬるぬるした壁が、目の前に出来ていた。それはみるみるうちに形を変えると、その壁を殴りつけた男の腕にまとわりつく。そして、巨大な指の形になった。

その指が、グニグニと男の体を揉むように動き始めた時、真後ろから腕を強く引っ張られた。その逆の手で、私は男の子の手を握る。私の手を引いて走り始める後ろ姿の正体は、見なくても分かっていた。


「肉倉君!!」


士傑の制帽を被った彼は、何も答えなかった。3人揃ってコンビニの外に出たところで、男の子が私の手から離れた。どうやらお母さんを見つけたらしい。抱き合う親子の姿に息をつくのも束の間、また腕を引っ張られる。そのまま野次馬を抜けて、辿り着いたのは無人の公園だった。

肉倉君がようやく立ち止まり、強く握られていた手をあっさり離したかと思うと、肩を勢いよく掴まれて、彼と向かい合う。特に鍛えていない私と違って、肉倉君は息一つ乱していない。だけど、首筋に汗が浮かんでいるのが見えた。


「……怪我は。痛む箇所は無いか」
「大丈夫。肉倉君が守ってくれたから。ありがとう」


その顔が泣きそうに見えて、私は彼を慰めるように、じっとその目を見つめ返した。はっきりした声で私が答えたのを聞いた肉倉君は、そのまま私の背中に手を回した。

肉倉君に抱きしめられたのは2回目だ。その時よりも肉倉君は余裕がなくて、私はかえって冷静な気持ちだった。恐ろしい目に遭ったのに、肉倉君とこうしていると、不思議と心は安らいでいた。


「……肉倉君、“個性”使っちゃったね」
「緊急事態である」
「バレるかな?」
「大いに結構」


私の問い掛けにも、肉倉君は動じる様子を見せなかった。背中に回った腕の力が強くなって、一層隙間なく抱きしめられる。私は、ぶら下げていた両手を、恐る恐る肉倉君の背中に回した。


「名字を守る為なら何だってしてやる」


肉倉君が掠れた声で囁くのを聞いて、心臓が大きく躍動した気がした。視界に涙の膜が張って、彼の肩越しに見る公園の風景が揺らぐ。肉倉君が、そう断言してくれた事が、何より嬉しかった。

私の顔をそっと覗き込んだ肉倉君は、私が泣いている事にぎょっと目を丸くした。そして、両手で私の頬を包み込むようにして顔を持ち上げると、親指で目尻を拭った。

私の視界はクリアになったけど、肉倉君はまだその手を離さない。2人の体はほとんど密着していて、鼻先が触れ合いそうなぐらい顔が近い。恥ずかしいはずなのに、私は肉倉君の視線に絡め取られたみたいに動けなかった。

この至近距離だ、傍目からはキスをしようとしているカップルに見えるのかもしれない。だけど、私達は“友達”だ。私にとっては中学時代に一番仲が良くて、肉倉君にとっては今でも唯一の友達。


本当は分かっている。少なくとも私は、“友達”という肩書きでは満たされなくなっている事を。


しばらく見つめあった後、肉倉君は結局何もせずに手を離した。そして私に背を向けると、まるで照れ隠しをするかのように、制帽を深く被るような仕草をする。


「……今後、このような事態に巻き込まれる事が万が一にでも再びあれば、その時は己が身を最優先にする事だな……貴様の“個性”は戦闘向きでは無い」
「うん、そうだね……」


熱くなった顔を手のひらで仰ぎながら、背を向けたまま忠告する肉倉君に返事をする。ふと、彼のその言葉が、妙に私の耳に残った。


『貴様の“個性”は戦闘向きでは無い』


そんな事は、3歳で初めて“個性”が発現した時から分かっている。もちろん肉倉君も私の“個性”の事を知っているし、それが戦闘に不向きだと思っていても別におかしくはない。だけど、それを改めて考えてみると、あの出来事が起きた事自体に違和感が生じる。私達の関係に亀裂を走らせた、あの出来事に。


「肉倉君は、どうして私が士傑に入ると思ってたの?」


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