04

肉倉君による地獄の勉強会と頭ポンポン事件のせいで、翌日の私は完全に寝不足だった。中学時代の肉倉君は、考えている事が顔に出るタイプだった。だからこそ、昨日の肉倉君が何を思ってあんな行動に出たのか、私にはまるで分からなかった。

そこで一晩考えた結果、「肉倉君は私の事を子ども扱いしている」と自分の中で無理矢理決着をつける事にした。彼に年下扱いされるのは釈然としないが、何かと世話を焼かれている事に関しても、そう考えるのが一番しっくりくる。

と、朝から真剣に考え込んでいる私の様子を見た友達が、「名前、そんなに英語の再テストやばいの?」と心配してきた。




後日返ってきたテストの結果は、さすがに満点とはいかなかったが、史上最高の出来だった。家に帰ってから、自分の名前が書かれた欄と点数を撮り、メッセージアプリで肉倉君に送信する。しばらくすると、クマが紙吹雪を撒いているスタンプが送られてきて、思わず笑ってしまった。

しかし、肉倉君がスタンプを送ってくるという事は、すなわち忙しいという事だ。私は「ありがとう」という短文を送るだけにしておいた。彼は士傑のヒーロー科だ、私より遥かに忙しい日々を送っているに違いない。そう考えると、たまに放課後会っている事が奇跡にすら思えてくる。

という事は、肉倉君に新しい友達が出来ても放課後遊びに行く暇など無いのではないかという不安もあるけど、それはそれ。肉倉君は、私に対しては平気で距離を詰めてくるくせに、他の人には壁を作りがちだ。これを機に、「他者との距離の縮め方」というものを身につけてもらわなくては。

そうこうしているうちに間もなく日付も変わろうかという頃、メッセージアプリの着信音が鳴った。ディスプレイを見ると、他でもない肉倉君からだ。


『明日の放課後、駅前の商店街に諸用がある。名字さえ良ければ同行するがいい』

「……何、この上から目線なお誘い……」


肉倉君からの記念すべき2回目のメッセージに、口ではツッコミを入れつつも、にやけるのが止められなかった。あの肉倉君が、放課後に、一緒に行こうと誘ってきたのである。もしかしたら、放課後に遊ぶ楽しさが分かってきたのではないだろうか?

商店街なら、バレても「帰る途中でした」で誤魔化せるだろう。肉倉君の言う諸用が何なのかは分からないが、そこは今気にするところではない。肉倉君の気が変わらないうちに、と私は急いで了承の返事を送った。




駅前の待ち合わせ場所で肉倉君の姿を見つけた私は、彼の正面に向かって駆け寄りながら、スクールバッグを大きく開けた。肉倉君も何も言わず、制帽を取ってその中に入れてくる。良い連携である。そういう意味を込めて親指を立てたら、頭を軽くはたかれた。

肉倉君の態度は普段と何ら変わりはなかった。あの行動に意味は無い、と言われているような気がした。肉倉君がそういうつもりなら、悶々と悩んだ時間は何だったのかと腹立ちこそすれ、寂しい想いなど決してしない。そう。断じて。

私は自分に言い聞かせると、肉倉君と共に、夕方の賑わいを見せる商店街へと足を踏み入れた。




ところが、肉倉君はどの店にも入らなかった。商店街に来たのだから何か買うものだと思っていたが、肉倉君は全ての店の前を素通りして、商店街の反対側に出た後、私の方を振り返って「目的の物は無かった」と言い放ったのだ。

その表情があまりにも白々しいというか、「なんでもありません」という顔を装っている気がして、私はきょとんとしてしまう。最近、肉倉君の考えが分からない事ばかりだ。肉倉君は、しばらく私をじっと見つめた後、ふいと目を逸らした。


「私の諸用は済んだ。よって、次は貴様に付き合ってやらんでもない」


そう言った肉倉君は、落ち着きのない様子で前髪を触っている。本当なら制帽を深く被りたいのだろうが、それは私のバッグの中だ。明らかにそわそわしだした肉倉君に、私はようやく合点がいった。

肉倉君は、最初から商店街に用事などなかったのだ。これが自惚れでないと仮定するなら、肉倉君は、私を誘うために、あんなメッセージを送ったのだ。もしかしたら、テストの結果が良かった事に対するご褒美のつもりなのかもしれない。とても嬉しい進歩だけど、それはそれで問題が出てくる。

何故なら、私の方は特に用事が無いからである。欲しい物がある訳ではないし、そもそも金欠気味なので、余計な出費は避けておきたい。しかし、肉倉君がせっかく勇気を出して誘ってくれたのに、このまま解散では可哀想にも程がある。私は考えに考え、彼をとある場所に連れて行った。




「……ゲームセンター……」
「やめて、不良を見る目はやめて」


じとり、と横目で睨んでくる肉倉君の視線を必死にかわす。そう、ここは、彼がもっとも嫌がりそうな(というか、現在進行形で嫌がられている)娯楽施設である。

あちこちから鳴り響く音楽、マイクで話す店員さんの声、はしゃぐ客の様子に、肉倉君は顔をしかめている。彼のリアクションは想定の範囲内だったけど、いつか友達と来る時のために、行った事のない場所を少しでも減らしておきたい。私の親心である。

「10分だけでいいから」とお願いして、私は肉倉君の背中を押してゲームセンターに入った。


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