02

偶然の再会を機に連絡先を交換し合った私と肉倉君は、スマホのメッセージアプリを使って、毎日のようにやりとりをするようになった。

とは言っても、肉倉君からメッセージが送られてくることはまず無い。つまり私が一方的にメッセージを送っているんだけど、意外にも肉倉君は既読無視をせず、どんなにつまらない内容でも、必ず一言は返してくれる。

それから、自分が忙しい時にも律儀にスタンプを送ってくる、というのも意外な発見だった。元からアプリに入っているやつだけど、クマやウサギの可愛いスタンプを送ってくる肉倉君の姿は、何度想像しても面白すぎる。

他の友達とも、スタンプを送り合ったりしているのだろうか。興味が湧いた私は、何の気無しに「肉倉君って、他の友達とどういう話するの?」とメッセージを送ってみた。


初めて既読無視をされた。


「既読」の文字がついたまま、丸一日経ってもメッセージの返ってこないスマホを手に、私は密かに後悔していた。肉倉君にとって友達の話題は、禁断のクエスチョンだったのかもしれない。そう言えば、中学時代に彼が私以外のクラスメイトと話しているところをほとんど見た事がない。つまり、肉倉君は私以外の友達がいなかった。そして、恐らく今も。

肉倉君の機嫌を損ねてしまったのも問題だが、友達がいないというのもかなり問題だと思う。ここはひとつ、私が友達との遊び方を教えてあげるべきではないだろうか。学校が違うと、休日を除けば放課後しか会う時間が無いから肉倉君は嫌がりそうだけど、映画の前例もあるし、ゴリ押しすれば意外とイケそうな気がする。

こうして「肉倉君を放課後に連れ回して、友達との遊び方を教えてあげよう大作戦」をこっそり立案した私は、昨日の謝罪と共に、お誘いのメッセージを送信するのであった。




翌日、再び駅前にやって来た私は、待ち合わせているはずの肉倉君の姿を探した。そこそこ無理矢理に了承の返事を取り付けたので、最悪すっぽかされるかもしれないと思ったが、肉倉君はちゃんと来ていた。

特にスマホをいじるでもなく、ちょっと俯いて、自分が立っている場所から数メートル先の地面を見ている。ただ、私が肉倉君の左側にいるせいで、彼がどういう表情を浮かべているのかがわからない。近付いて顔を覗き込むと、肉倉君は小さな目をこちらに向けた。


「肉倉君、学校お疲れ様」
「貴様もな、名字……と言いたいところだが、その様子では慰撫の言葉も不必要と見える」
「どういう事?」
「懲りもせず道草になど誘うからだよ」


もしかしたら肉倉君は、私に小言のひとつでも食らわせるために来たのかもしれない。お説教は慣れっこではあるが、今聞いている暇は無い。前と同じように帽子を奪い取ってバッグの中に入れると、肉倉君は眉間に思いきり皺を寄せた。


「返してほしかったら、ついて来てね」
「……士傑の制帽を盾にするとは、不遜な奴め」


何とでも言ってくれ、私は君のためにやってるんだよ。とはいえ、例の作戦は肉倉君には絶対に内緒だ。バレたら「余計な事を」って怒るに違いない。それに、肉倉君に友達の話題は、目の事と同じくらい禁句だと身にしみて理解している。

私が歩き出すと、肉倉君は大人しくついて来てくれた。目的地は駅前のファストフード店だ。黄色いMのマークが眩しい看板を、肉倉君が見上げている。


「来た事ある?」
「無い。ジャンクフードなど終ぞ口にした事も無い」
「だろうね。注文は私がするから、席の確保よろしく」


かろうじて何のお店かは知っていたみたいだけど、やっぱり初体験だったらしい。私がレジの列に並びながら、2階の飲食スペースに繋がる階段を指差すと、肉倉君は小さく頷いて上がっていった。私は、肉倉君がなるべく気に入るような野菜の多いハンバーガーを注文した。もちろん、私の奢りである。

トレーを持って2階に上がると、肉倉君は階段から見えにくくなっている席を確保していた。テーブルにトレーを置いた音に気付いて、伏せていた瞼をそっと持ち上げる。死角を取った事に安心しているのか、レストランの時とはまったく違う落ち着き様だ。彼の分のハンバーガーを手渡すと、それを受け取りながら口を開く。


「では、斯様に喧々たる場に連れて着た目的を聞かせてもらおうか」
「近況報告だよ。この前は映画の話しかしなかったし」


本当は「放課後はこういう場所に来て友達とのお喋りを楽しむものである事を教える」という目的があるんだけど、もちろん彼には内緒だ。前もって用意していた言い訳を口にしたところ、肉倉君は特に疑問に思わなかったらしく、口元に手を当ててふむと唸った。


「特に無し」
「嘘だあ。あの士傑にあの肉倉君でしょ、絶対何も無い訳ないもん」
「貴様今私を愚弄したか」
「してないしてない」


ギッと鋭くなった視線をかわして、私は自分のハンバーガーに手をつける。まだ不服そうな表情を隠しきれない肉倉君も、私に倣ってハンバーガーの包み紙を開いた。食べ方がわからないと言われたらどうしようかと思ったが、流石にそれは無かった。

ところで肉倉君は、口に物が入っている間は絶対に喋らない。私も食べている間は話し様がない。話しかけたら怒られるからだ。なので、中学時代の私と肉倉君のランチタイムはそれはそれは静かなものだった。一度、数少ない女友達に、楽しいのかと訊かれたことがある。そこはノーコメントとさせてほしい。

何故なら、私達のランチタイムは、なんとなく「一緒にいる事」が目的になっていたからだ。共通の趣味は無いし、昨日観たドラマの話が肉倉君に通じる訳がない。極論を言えば、私にはお弁当を一緒に食べる相手が彼以外にも多少はいたし、肉倉君自身も、一人で昼食をとる事が特に苦ではないと言っていた。だけど私達は、お昼休みになると教室の隅や中庭で一緒にお弁当を食べる事が日常になっていて、お互いにそれを享受していた。

そうして中学時代を思い返していると、いつの間にかハンバーガーを食べ終えた肉倉君が、じっとこちらを見ている事に気付いた。なんだよまだ不満があるのか、とわざと眉をひそめて見つめ返すと、肉倉君の手が静かに伸びてきて、指で口の端を拭われた。ソースがついていたらしい。

ちょっと離れた席にいるJKかJCの集団が私の方を見て「いいなー」と呟いたのが聞こえた。残念、私達はそんな甘い関係ではない。そうでなくても恥ずかしがっていい場面なのかもしれないが、生憎私は肉倉君に世話を焼かれ慣れている。よって、口についた何かを拭かれる事など恥ずかしくも何ともないのである。

一方の肉倉君も何ともない顔をしていて、指についたソースを紙おしぼりで拭いている。彼は私が食べ終わるのを待って、ようやく口を開いた。


「名字、英語の抜き打ち試験があったと嘆いていたが、結果は返ってきたのか」
「……よく覚えてんね……」
「ほんの3日前の事であろうが。覚えていない方がおかしい」


肉倉君は事も無げに言うが、当の私がそんなメッセージを送った事をほぼ忘れていただけに、少し感心してしまう。肉倉君は例のスタンプを返してきただけだったので、覚えている訳がないと思っていた。それだけに、今この話題はあまりよろしくない。


「……さあ、どうだったかな」
「ほう、この数日間で忘れたと宣うか。それとも、余程記憶から消したい結果であったか」
「いや、だって、ほんとに何の準備もしてなかったんだもん!」
「成る程、私の推察は間違いでなかったと見える」
「しまった墓穴!!」


肉倉君の誘導尋問にまんまと乗せられてしまった事に気付いた私は、頭を抱えてテーブルに伏せる。その隙に肉倉君は、トレーに置きっぱなしにしていたレシートを取り上げてそこに目を走らせた。


「……何してんの?」
「2人分で1000円。その返礼をしてやろう」
「ちょっと待って、ほんとに何考えてんの?」


私が奢ると言ったのにお金を出すつもりなのかと思ったけど、どうやらそういう訳ではないらしい。考えが読めなくて焦る私を前に、肉倉君は「さあな」と言って、愉快そうに口角を上げた。


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