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私と肉倉君が袂を分かったのは、もう1年も前の事だ。

あまり見た目のよろしくない“個性”と取っ付きにくい性格を併せ持つ肉倉君は、私が中学生の時のクラスメイトだ。私が彼と懇意になったきっかけは追々語るとして、とにかく私と肉倉君は、自宅にいる以外は常に行動を共にしていてもおかしくない間柄だった。

お付き合いをしていた訳ではない。思春期真っ只中、クラスで噂話が広まった事もあった。しかし、ある時「肉倉って、人間の女に興味あるのかな?」という誰かの一言によって、私達の関係が彼らの話題に上る事もなくなった。肉倉君の友人という立場としては反論したいところだが、まあ、ぶっちゃけ私もそう思う。

そういう訳で、私達は清い友人関係を築き続け、中学3年で進路選択を迎えた。肉倉君が士傑志望だという事は本人が前々から宣言していたので知っていたが、私は一般の高校に進学するつもりだった。ところが肉倉君は、私も士傑を受験するものだと何故か思い込んでいたらしい。

だから、私が何気なく放った「進路?あー地元の高校にするよ。通学ラクだしねえ」という惰性の塊のような発言に、肉倉君はとんでもなく驚いていた。あの細い目をあんなに丸くした彼を見たのは、後にも先にも私だけに違いない。

そんなこんなで、その後どういう訳か落ち込んでしまった肉倉君と、そんな彼になんだか悪い事をした気分になってしまった私は、お互いに気まずい思いを引きずったまま中学を卒業した。そして、高校生活2年目の春を迎える今も、一切の連絡を取っていない。




宣言通り士傑入学を果たした肉倉君が今どうしているかは知らないが、私の方はお陰様で華のJK生活をエンジョイしている。中学時代は「“あの”肉倉と仲が良い」という理由で女子から避けられがちだった私にも新しい友達ができ、放課後に遊びに行ったりするようになった。

今日は、友達の1人と映画の試写会に行く予定だった。制作発表時から話題になっていて、チケットを2枚確保するのがやっとの期待作だ。しかし当日になって、友達が行けないと言ってきた。

何でも、遠距離恋愛中の彼氏が今日だけ帰ってきているらしい。以前から約束していただけに怒りたい気持ちもあったが、土下座までしてきた友達を許さない程鬼ではない。仕方なく、私は一人で試写会に行くことにした。

試写会は、駅前の映画館で行われる。歩いて登下校する私にとっては、休みの日に利用する程度のスポットだ。信号待ちをしていると、ちょうど駅からなだれ出てきた帰宅ラッシュの集団と合流した。

駅前は交通量も多く、信号待ちが長い。上映時間に間に合うだろうかとスマホで時間を確認しつつ、何気なく隣を見て、私はぎょっとした。


肉倉君が、私の隣に立っていた。


どうやら肉倉君も、ほぼ同時に私の存在に気付いたらしく、例の細目をこれでもかと見開いている。(この表情を見たのはこれで2回目だ)やがて信号が青に変わり、周りの人達が動き出したので、私達も流されるように歩みを進めた。

私はなんとなく「このまま肉倉君と別れてはいけない」と思い、咄嗟に彼の腕を掴んで歩いた。振り払われるかと思ったけど、すんなりついて来てくれた。あまりに大人しいので、違う人を連れてきたのかと思った程だ。振り返ると、私に腕を掴まれ、私の方をじっと見ながら歩く肉倉君がいた。

やがて人混みもまばらになった頃、私は立ち止まって肉倉君の腕からそっと手を離した。彼の方に向き直ると、特に何か言う訳でもなく、やはり私を見ている。「連れて来たからには何か言う事があるんだろうな」と、目で訴えられている気がする。

中学時代はあんなに語り合った仲なのに、1年のブランクは、私に「あの」とか「ええと」とか、意味の無い言葉しか言わせてくれない。なんとか絞り出したのは、「今から映画行かない?」という、唐突にも程がある言葉だった。


「……貴様……」


そんな私の言葉を聞き、みるみるうちに眉を吊り上げた肉倉君を見て、あっやべ、と後悔したが時すでに遅し。肉倉君は学級委員のように周りをまとめて引っ張る事はできないが、自分と他人を厳しく律する事のできる人だ。故に校則には厳しい。


「ヒーロー志望でないとは言え、学問に励み己を研鑽する事が学徒としての務めではないのか?」
「言うと思った……」
「何の話だ」
「ナンデモナイデス」


要するに、肉倉君は「寄り道すんなさっさと帰って宿題しろ」と言いたいのだ。この手の説教は中学時代に散々されてきたので耳にタコというか、最早懐かしさすら感じる。しかし、私も簡単に引き下がる訳にはいかなかった。久々の再会というのもあるが、一人で観る映画は正直寂しい。チケットももったいないし、観終わった後にあれは良かったあそこは駄目だとか、そういう感想を言い合う相手が欲しかった。たとえその相手が、話題の俳優が主演の映画など微塵も興味無さそうな肉倉君だったとしても、である。


「そもそも、我が士傑では登下校時にそのような娯楽施設に立ち寄る事は禁じられている。よって同行は不可能だ」
「そう言われると、反論に困るところだけど…… あ、でも、これならどうかな」
「むっ!?」


士傑の制服は地味な学ランだ。ご大層なエンブレムを付けた制帽さえなければ、遠目になら士傑生だとはすぐに分かるまい。そう思って、私は肉倉君の制帽を素早く奪い取ると、自分のスクールバッグの中に入れた。肉倉君は、置き弁派の私のバッグの中身を見て何か言いたげに顔を顰めたけど、口は真一文字に引き結んでいた。


「……呆れて物も言えん」
「言ってるじゃん」
「減らず口は相変わらずか、名字名前」
「そっちこそ、その回りくどい口調やめたら?肉倉君」


そう言って、お互いにニヤリと笑ったところで、私は映画の上映時間が迫っていることを思い出した。今度は両手で肉倉君の腕を掴んで、早歩きでぐいぐいと引っ張る。


「肉倉君のせいで時間ギリギリになっちゃったよ、早く行こう!」
「それは私のせいでは無いし、行くとも言ってない!!」


肉倉君はその後も何やらグチグチ言っていたが、結局私について来て、一緒に映画を観た。




映画館を出る頃には19時を回っていたので、私がお礼も兼ねて晩ご飯を奢らせてもらう事になった。中学の頃はよく2人でお弁当を食べたけど、こうして外食するのは初めてなので新鮮な気持ちだ。いつか誰かに出くわさないかと心配しているのか、肉倉君はずっとソワソワしっぱなしだったけど、テーブルに案内されてメニューを見始めた辺りでやっと落ち着いてきたらしい。

あの演技は良かったとか、場面が間延びするからあの演出は良くないとか、映画の感想を言っているのは結局私だけだった。私が一方的に喋るばかりで、肉倉君は「ああ」とか「そうだな」ぐらいしか言わない。

もしかしたら面白くなかったのか、いや今も面白くないのだろうかと不安になって、思わず顔色を覗き込むと、肉倉君は私の方を見て、ちょっと口角を上げた。


「息災で何より」


あまりにも唐突にそれを言うので、私は面食らって「ああ、うん、そうだね。そちらこそ」と返すのが精一杯だった。たかだか1年連絡を取らなかっただけなのに、どうして彼は昔を愛おしむような目で私を見るんだろう。

もしかしたら、肉倉君にとってこの1年は、何より長く感じられるような1年だったのかもしれない。それこそ、遠く離れた恋人同士のように。




……恋人?




「……ところでさ、なんで私達、1年も連絡取り合わなかったんだっけ?」


いろいろ考えすぎてしまったせいで訳が分からなくなった末に発した私の言葉を、肉倉君はまた真顔で飲み込んだらしい。私達はスマホの連絡先を交換した後、近いうちにまた会おうという約束をして、それぞれの家路についた。


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