肉倉先輩は呪われてしまった!

私の“個性”は「呪い」。相手の体や身につけている物にキスをすると、文字通り呪いをかけることができる。

でも、大した呪いではない。たとえば赤信号に引っかかりまくったり、バナナの皮で滑って転んだり、買ったばかりの物を壊したり……そういう小さな不幸が起きるレベルだ。少なくとも、その人の命を奪ったりする事はない。

小さい頃は“個性”のせいで周りから疎まれたりもしたけど、幸いにも両親が同じ“個性”だったので、扱い方はきちんと心得ているし、ふとした瞬間に発動したりしないように、普段から気をつけて行動している。

だけど、“個性”の影響なのか、それとも私が単にドジなだけなのか。私自身にも、小さな不幸が起きる事が度々ある。それが、今回は最悪の形で現れてしまった。


「き、貴様……」


目の前には、顔を真っ赤にして自分の口元を手で覆い、細い目をさらに鋭くして私を睨みつける、2年生の肉倉精児先輩。人通りのない学校の廊下で、私に押し倒されている。

そう、私達は曲がり角でぶつかってしまい、その拍子にお互いの唇を重ねてしまった。いわゆる「事故チュー」というやつだ。

肉倉先輩は私の事を知らないと思うけど、私は先輩の事をよく知っている。「頭は良いし“個性”も強いけど、とにかく規律に厳しいから、目をつけられるとヤバイ」……私達1年生の間で、肉倉先輩はそんな危険人物として扱われているからだ。

肉倉先輩とは正反対に、私の顔は青くなっていたと思う。先輩は、私の“個性”の事を知らないかもしれない。実際に不幸な事が起こって先輩の機嫌を損ねる前に呪いを解除しなければ、本当に目をつけられてしまう……!!

そう判断した私は、再び肉倉先輩に顔を近付けようとした。だけど、力強く押し返されて、私は廊下に尻餅をつく。目の前には、立ち上がった肉倉先輩。


「士傑生たる者、校内でも緊張感を持って行動するべきであると省せよ、以上!次は無いと思え!」


そう大声でまくし立てると、肉倉先輩はすごい早歩きで立ち去った。廊下には、置き去りにされて呆然とする私が一人。


「に、逃げられた……」


というか、今の行動で、痴女だと思われた気がする。






それからというものの、私は肉倉先輩の行動をこっそり観察しなくてはならなくなった。この前は、何があったのか始業ギリギリに校内に駆け込むのを見たし(廊下を走る肉倉先輩は激レアだと思う)、雨の日には突然の突風にさらされ、傘を吹き飛ばされてずぶ濡れになっているところを見た。これらすべての不幸が私の“個性”のせいだと思うと、本当に胃が痛い。

そして、私は隙を見つけては肉倉先輩のもとを訪れた。もちろん、呪いを解除するために。私の“個性”は、最初に口付けた場所にもう一度キスをしないと解除されない。つまり今回の場合、肉倉先輩の唇にキスをしないといけないのだ。

私自身は割り切ってキスできるけど、肉倉先輩の方はそうもいかない。あの日から、私は本当に痴女認定でもされているのか、肉倉先輩に話しかけようとすると、必ず逃げられる。“個性”の説明をする暇もない。

そんな不毛な追いかけっこを3日続けた頃。朝登校すると、まさかの肉倉先輩からのお手紙が、私の下駄箱に入っていた。内容は、とっても簡潔。


『本日の放課後、三階の空き教室に来られたし。追伸、必ず一人で来る事』


……果たし状ですか?






その手紙を読んだ私は、肉倉先輩がどこからか私の“個性”の事を伝え聞いたのだと確信した。そして、最悪の場合、肉塊にされるかもしれないという事も。でなければ、先輩がわざわざこんな人目につかない場所を指定する必要がない。

とはいえ、先輩の命令を無視するわけにはいかない。今の私にできるのは、「どうか事が穏便に済みますように」と神に祈る事ばかり。この3日間は肉倉先輩に会う事をあんなに望んでいたのに、今はとにかく逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。いつの間にか立場が逆転している。

私は震える手をぎゅっと握って、空き教室に向かった。もしもの時は、都合よく不幸が起きる事を期待するしかない。覚悟を決めてドアを開けると、椅子に座っていた肉倉先輩が、私を見た。

そこから先輩は素早く立ち上がると、私の方に詰め寄って、私の両肩を掴んだ。もう肉塊にされるのか、と咄嗟に目を閉じてしまった私をぐいっと引っ張って、ドア横の壁に背中を押し付けられる。そして、肩から離した両手を、私の顔の横についた。

「壁ドン」の完成である。


「あ、あの、肉倉先輩……?」


上擦る声で話しかける私をよそに、先輩は私の制帽を取って、真後ろにある机の上に後ろ手で乗せた。左手は顔の横のまま、右手で私の頬にかかる髪を払うと、手のひらで頬を包むようにして顔を固定させた。さらに顔が近付く。

低い声で、先輩が「良いか?」と囁いた。そう、肉倉先輩は、自分にかけられた呪いを解除するために、こうしているに過ぎない。だけど、心臓の鼓動はどんどん大きくなっていく。自分が割り切っていたはずなのに、それが悔しくて、私は何か答えるかわりに黙って目を閉じた。

間もなくして、柔らかいものが唇に重ねられた。それが肉倉先輩の唇だという事は、瞼を開けなくても分かる。私はしばらく変な汗をかくのを堪えていたけど、すぐ異変に気付いた。キスが、長すぎる。

私の“個性”を発動させるには、ほんの一瞬のキスでいい。そもそも肉倉先輩に呪いがかかったのだって、ぶつかった時のほんの一瞬だった。ところが肉倉先輩は、その事に気付いていない。おそらく「もう一度キスすれば解除される」程度の情報しか聞いていないのだろう。誰だよ教えたの……!

苦しくなった私が肉倉先輩の胸元を叩いた事で、ようやくキスから解放された。ほとんど息ができなかったおかげで涙目だし、文句の一つでも言いたかったけど、ゼエゼエと深呼吸を繰り返すのがやっとだった。そんな私の様子を見た肉倉先輩の喉仏が、上下に動くのが見えた。


「先輩……誰に“個性”の事、聞いたんですか……」
「あ、ああ。貴様の担任である。あまりに粗相が過ぎるので、もしや名字名前の“個性”の影響ではないか、と」


せ、先生……。一番正しく伝えないといけない立場の人じゃないですか……。思わず大きなため息をついた私を見て、まだ苦しがっていると思ったのか、先輩は私の背中をさすってくれた。意外と紳士だ。


「その……貴様は、慣れているものと推測していたが」
「まあ、多少は慣れてますけど……こんなに長くしたの、初めてだったので」
「何?」


少し気まずそうにキスの話題を口にした先輩だったけど、私の返答を聞いて、ちょっと驚いたように聞き返してきた。「もっと短くていいんですよ」と、もう必要ない知識を伝えると、先輩は「ふむ」と唸った。


「こうか」


ほんの一瞬、再び唇が重ねられた。今度は目を閉じる隙もなかった。唖然とする私を前に、先輩は素知らぬ顔をして「使い勝手の良い“個性”だな」とか言っている。いやいや、そうじゃなくてですね。


「あの、先輩、また“個性”発動しちゃいましたけど!?」
「喚くな。再度接吻すれば済む事」
「んむっ」


肉倉先輩は、焦る私の唇を奪った。そこで、私は気付く。私の背中をさすっていた先輩の腕が、まるで抱きしめるような形になっている事に。唇を離した先輩は、真っ赤になった私の頬を指でそっとなぞりながら、わずかに口角を上げた。


「……愛らしいな、名字名前」


そんな事件があってからというものの、私は肉倉先輩の顔を見れなくなってしまった。一方の先輩はと言うと、私が校内でうっかり“個性”を使ったりしないように、要するに私が誰ともキスをしないように、監視の目を光らせるようになった。その視線が熱を孕んでいるような気がして、不意に目が合う度に、私の心臓がわななく。

まるで、私が肉倉先輩の呪いにかかってしまったみたいに。


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