07

「肉倉君は、どうして私が士傑に入ると思ってたの?」


私は、肉倉君の背中に向かって問い掛けた。私と肉倉君の間柄に亀裂が入ったのは、間違いなく進路選択が原因だ。だからこそ、私が士傑志望でないと知って驚いた理由を、本人に尋ねるのは避けるべきなのかもしれない。だけど、その時の肉倉君の感情を無視したままでいられる程、私は潔い性格ではなかった。


「多分だけど、私が士傑受けないって言った時、すごい落ち込んでたよね……?」
「…………」


その時の彼について感じていた事を言ってみたけど、肉倉君は何も言わない。無視をしている訳ではなさそうだ。どちらかというと、何を言うべきか言葉を選んでいる感じがする。

さっきまで密着していたせいか、今は肉倉君をとても遠くに感じた。それが心の距離をも表している気がして、途端に寂しくなる。肉倉君の言葉を待っているうちに、私は我慢ができなくなって、とうとう先に口を開いた。


「肉倉君、私、ミルクティー飲みたい」


肉倉君の方から、ちょっと笑ったような吐息が聞こえた。




ベンチに座る私の手に握られているのは、肉倉君に奢ってもらった缶のミルクティーだ。肉倉君はアイスコーヒーを買ったみたいだけど、それには口をつけず、コンビニに入る前の喉の渇きを思い出した私が缶を傾けているのを隣からじっと見ている。

ちらっと彼の方を盗み見ると、肉倉君は私を見ているようでありながら、私を見ていない気がした。緊張感の無い私を咎めるでもなく、私が一息つくのを待って、肉倉君は視線を前に戻した。


「私が、何故貴様を士傑志望であると誤想していたか、だったな」
「……うん」


タブーかと思ったけど、肉倉君は答えてくれるらしい。なんとなく肉倉君の方を見てはいけない気がして、缶を握りしめた手を膝の上に置いて、それを見つめる事にした。肉倉君はぽつぽつと言葉を続ける。


「まず、貴様は私が落胆した理由を、己が士傑を受験しないと言ったからだと推察しているようだが」
「うん、まあ」


まあ、と言うか、確実にそうだと思っていた。彼は、私が地元の一般校に進学すると聞いて、明らかに落ち込んでいたのだから。ところが肉倉君は「それこそ誤想である」と言い放った。


「貴様がヒーローを志していない事など百も承知。そもそも貴様がヒーロー志望でないなどという瑣末な原因で私が気落ちする訳がなかろう」
「ハイ。スミマセン」


なぜか怒られている気分になって謝罪をしながら、私は肉倉君の発言を頭の中でまとめる。肉倉君が驚いたり落ち込んだりした理由は、私が士傑を受けないと言った事でも、ヒーロー志望でないと知った事でもなかった。だとすると、私にはもう心当たりが無くなってしまう。てっきり「ヒーロー志望である肉倉君と行動を共にしていたのに、感化されない程向上心が低いから」とか、そういう理由だと思っていたのだ。

私は、肉倉君の次の言葉を待った。たっぷり10秒かけて、肉倉君はようやく口を開いた。


「私は……貴様が、名字名前が、永遠に私の隣にいるものだと錯覚していた自分自身に、驚嘆したのだ」
「…………えっ」


肉倉君、今さらっと凄い発言しなかった?


「肉倉君、自分が言った事の意味分かってる?」
「分かっている」
「あ、そう……」


そこは違う意味だと否定してほしいところだったけど、間髪入れずに頷かれてしまっては何も言う事がなくなってしまう。そうか、肉倉君が驚いていた原因が私ではなく、彼自身にあったとは。というか、私は肉倉君の中でそんなポジションにいたのか。嬉しいやら恥ずかしいやらで、ちょっと混乱してきた。


「そ、それって、友達として肉倉君の隣にいる、って事だよね?」
「………………」
「無言にならないで!!」


ついつい尋ねてしまったが、聞かなきゃよかった、と頭を抱える。いつまで経っても何も言わないので恐る恐る顔を上げると、こちらを見下ろしている肉倉君とばっちり目が合った。彼は、2人で商店街に行った時と同じ、白々しい目をしていた。


「どちらの意味にするか、選ばせてやろうか」


心臓をぎゅっと掴まれた気がした。

どっち、って、つまり二択という意味で、という事は、友達と、……何?


「それって、私が考えてる二択でいいの?」


肉倉君は、私から目を逸らした。私は何も答える事ができなくて、日が傾いてきた頃に「とりあえず、帰ろっか」と言うのがやっとだった。ああ、これで肉倉君とまた疎遠になったら、どうしよう。


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