彼女は太陽系

雄英の校風が“自由”なら、士傑はその真逆にある。つまり規律を重んじる校風なのだが、その中で彼女の存在は異端とも言えた。

ヒーロー科2年1組名字名前、“個性”は「軌道」。自身を中心部として、半径1メートル以内に存在する物質を重力的に束縛する。回転方向・速度ともに自由自在で、軌道に乗せた物を高速回転させて射出する事も可能だ。無数の瓦礫や岩石を纏う姿は、さながら「太陽系」である。

そして、名前が「太陽系」と呼ばれる理由はもう一つあり、それこそが彼女を士傑の異端児たらしめていた。

規律を重んじる士傑において、名前は少々ルーズな部分がある。素行不良とまではいかないが、宿題を忘れてきたり、遅刻してきたりといった粗忽さが目立つのである。そうした生活態度にも関わらず、彼女の周りには人が集まってくる。根明な性格である名前の笑顔がいつも中心にあるので、いつしか「太陽系」と例えられるようになった。

しかし、例外もある。名前のクラスメイト・肉倉精児。例えるなら彼は「歩く規律」だ。性格にやや難があるのでリーダー向きではないが、模範的行動を重視する価値観は教師にも一目置かれているところがある。要するに、肉倉にとって名前の「粗忽」は「素行不良」に等しいのだろう。


「名字名前……再三にわたり警告したにも関わらず遅刻してくるとは大した度胸である……余程丸められたいようだな」
「ご、ごめんなさい、つい夜更かししちゃって……」
「問答無用!」
「痛い!!」


肉倉の手刀が、名前の頭頂部に振り下ろされる。あんな脅しをしても結局“個性”は使わないし、チョップも手加減はしているようだが、2人のやりとりは目を合わせる度にこの有様である。特に親しい様子もないので、2年1組の全員が、2人は天敵同士なのだと認識していた。――彼らを除いて。






「こんな精児君見たら、みんなびっくりして倒れちゃうね」


話しかけたのを聞いているのかいないのか、無言を貫く肉倉に小さく笑みをこぼして、名前はその髪を撫でる。肉倉は、ベッドに腰掛ける名前の膝に頭を預けて、仰向けにその体を横たえて目を閉じている。いわゆる「膝枕」の状態だ。

そう、彼らは恋人同士である。学校では説教以外に接点を持たないようにしているし、何より正反対の性格が幸いして、クラスの誰もが想像だにしていないだろう。

名前は周囲にバレても一向に構わないと思っているが、肉倉が隠したがるのでそうしている。最初は「私が恋人だと恥ずかしいのかな」と落ち込んでいたが、こうして二人きりになるとスキンシップを取ってくるので、恐らく単純に恥ずかしいか、揶揄いの対象になるのが嫌なのだ。

なぜこの2人が惹かれあったのか、その理由はまさに正反対の性格にあった。名前は、自分の信念を貫く肉倉の眼差しに惹かれた。肉倉は、周りを溶かすような名前の笑顔に惹かれた。お互いに、ほとんど一目惚れのような状態だった。

肉倉が、その切れ長の目をこっそりと開いて名前の表情を盗み見る。いつものように笑顔を浮かべているが、そこには愛しい者を見つめる幸福感が含まれていた。肉倉はこの表情がもっとも好きで、いつまでも独り占めしていたいと思っている。彼は、この“太陽”にもっとも惹かれている男である。


名前と目が合ったので、肉倉は上体を起こした。そうして彼女の顎にそっと手を添えると、親指で唇を弄ぶ。いつもの合図だ。名前がそれに応えて目を閉じると、もう片方の手を彼女の肩に添えて、そっとベッドに押し倒す。あ、と声を漏らした名前の唇に、自分のそれを重ねた。

啄むような口付けを繰り返しながら、時々吐息すら飲み込むように唇を隙間なく押し付ける。舌を絡め合うような熱いキスは未だした事がない。少なくとも今は、こんな子供のような口付けでも、「気持ちいい」とはっきり感じる事ができた。

しばらくして唇を離した肉倉を、名前がじっと見つめる。何か言いたげな表情だったので、見つめ返しながら口を開くのを待っていると、彼女はまたにっこりと微笑んだ。


「精児君、太陽に近付きすぎると、熱で溶けちゃうんだよ?」
「……それは傲慢だな、名前……熱に浮かされるのはどちらか、思い知らせてやろうか」


肉倉はまた名前の唇を食みながら、体の芯に静かな炎が灯るのを感じていた。上気した頬で笑みを浮かべた名前は今までに見た事がない程妖艶で、彼が辛抱強く押さえ付けてきた本能的な内面を掻き乱した。次にこの表情を直視する事があれば、今度こそ一線を越えるかもしれない。それでも、肉倉は名前の傍を離れる事はしないだろう。

だから、彼女は太陽系なのだ。


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