待機中

 カルデアでの待機中は基本的に自由にしていていいとマスターに聞き、特に目的もなく名前は館内を歩いていた。食堂へ行けば同じように暇を持て余したサーヴァントに会えるだろうか。管制室へ向かえばマスターたちが今どこにいるのか教えてもらえるだろうか。
 空いた時間をどう使うか考えながら歩いていれば、数メートル先に一人の男を見つけた。名前は足を速め、男に近づき声をかける。
「アルスターの光の御子殿、でしたっけ?」
「そう仰々しい名前で呼ぶなよ、痒くなる」
 声をかけられた男、クー・フーリンは足を止めて振り返り、名前に返事をする。
「あら、素敵じゃない。御子、だなんて。それともクランの狂犬の方がお好み? わんこさん」
「誰がわんこだ、バーサーカー」
「退屈なの、遊ばない? 槍なしのわんころちゃん」
「上等だ、焼き尽くしてやるよ」
「ああでもここでの戦闘はダメってマスター言ってたっけ。シミュレーター借りにロマニのところまで行きましょ、槍なし」


 自主的なトレーニングとしてシミュレーションを利用するサーヴァントは少なくない。スタッフ了承のもと、展開された環境を確認する。
「あらあら、よかったわね森の賢者さん? お得意の森じゃありませんか」
「こんな配慮は要らねえのによ、ったく」
 手元に杖を現界させ、槍と同じように構えたクー・フーリンに名前は笑みを深める。
「一本勝負、どっちかが降参したら終いだ。怪我しないうちに言うこったな、バーサーカー」
「クランのわんこも負けたら遠吠えするのかしらね、わんころさん」
 じわりじわりと距離を詰めていく。キャスターとバーサーカーなら相性は合って無い様なもの。互いに構えた得物から、どちらが先に仕掛けるか。
 風か、魔力か。森が揺れ、枝葉のこすれる音がする。鳥の囁きがきっかけになった。
 名前は手にしたナイフと銃で、クー・フーリンはルーンを唱えて応戦する。接近すればナイフが、杖が互いにぶつかり、距離を離せば銃とルーンが火を噴く。
 互いに好戦的であることを認めたうえで狙う戦いはこの上なく楽しいものだと名前は知っている。命のやりとりほどスリリングで好奇心を満たしてくれるものはない。多少の擦り傷、切り傷、やけどなんてこれっぽっちも関係ないのだ。
 弾の尽きた銃からカセットを落とし再装填する。投げ飛ばしたナイフは魔力で再度作り直せばいい。
 楽しい、楽しい、楽しい!
 笑いながら戦う名前の様はまさしく狂戦士のそれだ。
「また面倒な奴だな、お前さんもよ」
「たくさんいるクー・フーリンに言われるほどでもないわ」
「お前は何者なのかね、全く!」
「私は私よ、マスターの望んだ名前という姿こそが今の私だもの!」
「これだからバーサーカーは嫌いなんだ、話が通じねえ」
「だってこれが私! 私に与えられた私の全て!」
 勢いよく飛び上がった名前は真上から鉛玉の雨を降らせる。クー・フーリンはルーンでそれから身を守りつつ、地中から木を伸ばす。人の手のように編まれた魔力の木は名前を捕まえるべく揺れ動く。
「大技だ、新入りに焼き尽くす木々の巨人を見せてやるよ!」
「たぁいへん、それじゃ私も大技見せちゃおうかな!」
 名前は自身の持つ魔力のすべてを開放するべく、詠唱を始める。迫りくる木々の巨人が名前を捕らえる直前、それは発動した。
「其れは人の造りし夢の世界、それこそが私の君の僕の貴方の――『誰かのいつかの白昼夢』」
 現れたのは多数の人、人、人。それぞれが思い思いの夢を語り名を騙り誰でもない自分というキャラクターを作り上げる。それぞれの物語、それぞれの展開、それぞれの末路。あまたの物語が一瞬にして目まぐるしく繰り広げられる。それらに気を取られているうちにクー・フーリンの目の前にはナイフが突きつけられていた。
「キャスター、何か言うことは?」
「あー……そうだな、お前さんはまだまだってことかね」
 そういったクー・フーリンはゆっくりと体が木になっていく。こつん、と何かで頭を叩かれたかと思ったときには、名前の体は組み敷かれていた。
「一本あり、だろ? 犬に手をかまれる気分はどうだい?」
「……降参ね。あーくやしい、宝具まで見せちゃったのに」
「悪ィな、これでもカルデアに喚ばれてから長いんでね」
 こういう戦いにゃ慣れてんだ、と名前の手を引き立ち上がらせる。不満を一切隠さない名前は卑怯者、とぼやいていた。



おまけ
「キャスターと名前が全力出しちゃってシミュレーターが壊れた?!」
「マスターが悪いのよ、私を退屈させちゃうのがいけないんだから」
「そんなこと言わないでよ……再臨したら連れていくって言ったのに」
「そんなことしなくても戦えるわ、あなたが望むならその通りに戦うのが私だもの。ねえマスター、私戦いたいの。もっともっと、もっともーっと色んな私を見せてあげるわ」
 だから私を置いていかないで、と名前は笑った。