召喚、あるいは邂逅の日

 午後一番の数学は嫌いだ。
 お昼のお弁当でお腹はいっぱいだし、黒板に並ぶ数字や記号は暗号みたいだし、教科書を読み上げる先生の声は単調でお経じみている。
 何よりも窓際でほどよく暖かい日光が睡眠欲を刺激してくる。
 黒板を写さなきゃとは思いつつ、立てた教科書で顔を隠してゆっくり目を閉じる。
 少しだけ、と自分に言い聞かせて。



 聞こえた雷の音に驚いて目を開く。
 寝起きの鈍い頭で周りをぐるりと見回せば、薄暗い空間に浮かぶ円陣の上に私は浮いていた。

――これは、夢、だろうか。

 光る円陣は昔見たアニメに出てくる魔方陣のようで、暗いこの部屋はみたこともない機械で壁面が埋め尽くされている。SF映画の研究室みたいな、不思議だけど少しだけわくわくするような、怖いような印象の部屋だ。
 ぼんやりとしながらくるり、と周囲を見ていれば徐々に円陣は消え、エレベーターで降るときに似た降下の重力に従って床に足を着ける。
――不思議な服の女の子がこちらを警戒しながら見つめているのに気づいた。よく見れば、その大きな物影にはもう何人か、人がいるようだった。
「あの、」
「貴方は、サーヴァントではありませんね」
何者ですか、と固い声で――女の子が私に問いかける。私が何者か、なんて。
「苗字名前、です」
「あ、答えてくれるんだ」
「気にするのはそこなのかい?! ああいや、待ってくれマシュ、その子からは敵対生物反応はないが……サーヴァント反応も、ない?」
 オレンジ髪の女の子が物陰から顔を出して、追いかけるように男の人が飛び出してこちらを確認した。彼の発言にマシュと呼ばれた女の子が困惑している。
「彼女からはサーヴァントの気配がしません。ドクター、至急確認を」
「おやまあ、これはまた随分と可愛らしく変わったモノを召喚したねえ、マスター」
 何処からともなく、音もなく、とても個性的な美人が現れ、私を指して笑う。徐々にはっきりとしてきた頭で流れてくる言葉の意味を考える。
「英霊にはとても成り得ない、その様は凡庸かつ平凡で在りながらも、どの人も持ち得る気質を備えた人の子……君は『平穏な昼下がり』を顕しているようだね」
――今、とても的確に失礼なことを言われた気がする。気のせいでなければ、捉え方が間違っていなければ、貶された気がする。
 寝覚めに重たい一撃を喰らわせた本人はそんな当事者(わたし)に気を使うこともなく、状況を把握させるべく話を進める。
「彼女は何者かの意思により本来霊子であるはずの概念が受肉したものさ。なに、ロマンにもあるだろう、退屈な状況下での居眠りくらい。私にもある経験だよ?」
「彼女は、英霊には成り得ない、サーヴァントに成り得ないんだろう? そもそもフェイトからサーヴァント以外が召喚されるなんて有り得ないはずだ。フェイトはマスターとサーヴァント双方の同意を条件としているし、何よりも守護英霊召喚を目的としている」
「いいや、フェイトは概念を召喚しているんだ、その現象には違いないよ。それこそ伝説や継承の類こそ人が産み出した概念に過ぎないともいえる。確かに彼女は守護英霊には成り得ないかもしれない。しかしヒトの行動として、ヒトの有り様として、彼女は確かに平均的であるから、理想的な人なのさ。そして彼女は確かに同意してしまったんだ。おそらくは猫が持つような、ちょっとした好奇心が、マスターの召喚に応じてしまった」
 私のわからない単語がガンガン飛び交う中、ただ一つ理解できたのは
「平穏無事で、誰もが当たり前に出来ることであって――誰もが望む、穏やかな日常風景。だから選ばれたとも言えよう。その争いを知らぬ日々と、ほんの少しのイレギュラーを夢見る少女だからこそ人類の夢とも言えるだろうね。平凡に飽きた、だなんて。いやはや、人の夢こそ儚いなんて、良くできている」
「……それではつまり、彼女はどのような存在なのでしょうか」
「うーん、サーヴァントではないからな……何になるのかな……」
「あの、ちょっと状況が理解できないんですが」
「……とりあえず、この状況は君にとっても僕たちにとってもイレギュラーな状態には違いない」
「……わかるように説明を求めます」
「……君がどんな子で、何故ここに来てしまったのか。直ぐに明確な答えを説明することは正直難しい。ただ、間違いなく君は、」
ここ【カルデア】に召喚されたんだ

2017.01.07