きっと運命だった

 立香ちゃんがレイシフトしている間、基本的に暇を持て余している私は雑用係として食器洗いや洗濯干しなど日用雑務をしていることが多い。今日は食堂の備品チェックとテーブル拭きをしていたところに空のマグを手にしたロマン先生が現れた。
「やあ名前ちゃん、このあと暇かい?よかったらお茶でもどうかな」
「ロマン先生、」
「いい響きだよね……女子高生から先生って呼ばれるの」
「そういうご用件なら失礼します」
 そそくさとテーブル拭きを手に食堂の奥に戻ろうとする私の腕をつかんで、ロマン先生は慌てた様子だ。
「うそうそ! ちょっと話がしたかったんですごめんなさい! お茶菓子もあるし、どうだい?」
「……本当ですか?」
「本当だよ。この後何もないなら、医務室に来てくれるかい? 管制は今はダ・ヴィンチちゃんに任せてあるから、僕も今なら少し手が空くんだ」
 ドクターロマンは基本的に管制に詰めっぱなしの人間である。彼がわざわざ時間を作って雑用係の私を捕まえるということは、何かしら話があるのは本当なんだろう。
 ここを片づけたら新しいコーヒーを入れてそちらに向かいます、と伝えれば感謝の言葉と待っているという返事が来た。
手早く食堂の用を終え、医務室で待つロマン先生のところへ向かう。
「失礼します、ロマン先生いますか?」
「ああ、名前ちゃん。待ってたよ。人に淹れてもらうコーヒーっていいなぁ」
「そんな大したものじゃありませんよ」
「いやー引きこもってると自分でやるしかないからね。人との触れ合いは大事だね、うん」
彼のマグカップを渡し、どうぞ、と勧められるまま彼の正面の丸椅子に座る。書類の山を掻き分けて作ったであろう机の空きスペースにはケーキが二皿置いてあった。
「名前ちゃんはショートケーキとチョコケーキ、どっちがいい?」
「……チョコケーキを頂いてもいいですか?」
「どうぞ。ボクはどっちも好きだから決めきれなかったんだ」
甘いチョコケーキを食べながら何気ない日常の話をするドクターに、呼ばれた理由はもしかして茶飲み友達を探していたのか?と疑いたくなる。
ケーキを完食し、お互いのマグカップが空になるころ、彼はそれまでの穏やかな表情を少し曇らせて本題を話そうか、と言った。これまでのティータイムはどうやらブレイクタイムだったようだ。
「君がこちらに喚ばれた理由をダ・ヴィンチちゃんと考えていてね。マスターの深層心理と、君の深層心理が呼応してしまったんじゃないか、っていうのが僕たちの結論なんだ」
「深層心理、ですか」
「立香ちゃんには、いきなり一人で世界を救ってくれ、と、救世の英雄になってくれ、と押し付けてしまった。君と同じように学校に通い、ごく普通の女の子として生きる道を大人が取り上げてしまった。そして君はごく普通の学生として、なんとなくつまらない生活を当たり前に享受し、少しだけ空想の世界に憧れていた。」
「確かに、漫画やドラマ、小説の世界に夢見ることはありましたけど……」
幼い子どもが絵本のなかに入りたいと思う気持ちを、私は成長しても持ち続けていたのは確かだ。あの本みたいな世界があれば、あんなドラマティックな体験が出来たら。そう夢見ていたのは否定できない。
「うん。その夢をフェイトが叶えてしまったんじゃないかな、って話さ。君には不運な出来事かもしれない。でも僕はね、喚ばれたのが君で良かったと思ってるんだ。」
「私で良かった?」
「同い年の女の子となら、マスターがマスターではなく普通の女の子として話ができるだろう? 息抜きというか……」
確かに壮大な冒険譚みたいに立香ちゃんはこの世界の唯一のマスターになってしまった。もしそれが自分だったらと思うと、例えそれが夢見ていたような冒険だとしても、きっと心が砕けていただろう。
それでも
「……もし、私がここに喚ばれたのが、彼女の夢なのだとしたら。何もできない私にも出来ることがあるなら、できることはしたいと思います」
私の答えにロマニ先生は少しほっとしたような表情を浮かべる。
「……君のために、僕らも君が居たであろう世界を探すことは諦めないよ。それでも、できることなら、彼女のために、今しばらくはここにいてほしいと思ってるのも事実だ」
「まだ、帰る場所もわからないんですから。置いていただけるだけでも御の字ですよ」
だって私自身どうしてこうなっているのかわからない世界の異物だろうに、カルデアの人達は皆、私に居場所をくれる。
「どんな風に立香ちゃんの役に立てるかわかりません。けど、できるだけのことはしますね」
「ああ、そうしてくれると嬉しいな」