現界

 召喚サークルに浮かぶ人影を確認し、マスターはサーヴァント召喚の成功に顔色を明るくした。光輪が消え去り、その場に現れた英霊が声を発する。
「サーヴァント、ライダー。召喚に応じ馳せ参じました。この身が堕ちるその日まで、助力いたしましょう」
 人型でありながら背に大きな翼をもつ女―20歳ほどといったところか―はマスターである藤丸立香を見据えた。サークルから降り、まっすぐと彼へ向かって歩き出し、令呪を宿した右手を握る。
「マスター、私のようなサーヴァントでよければ、どうか契約を」
「ああ、うん。よろしく頼むよ、ライダー」
「こちらこそ、どうかよろしくお願いいたします、マスター」
 ライダーが恭しく令呪に触れる。魔力供給のためのパスがつながったことを確認し、ライダーのスキルを確認する。俊敏さに秀でているが、全体値としては低い。
「ライダー、現界するときにこっちの知識を与えられているはずだけど、ここにはライダーが他にも居てね。君の名前を教えてもらえるかな」
 その問いかけに、ライダーは苦虫を噛み潰したような、それでいてちょっと泣きそうな表情をし、しばらくの沈黙ののち、蚊の鳴くような小声で返ってきた。
「私の真名は、その……ダイダロスが子、イカロスと」
「イカロス? イカロスって、ギリシャ神話の、あの?!」
「マスター!! イカロスと呼ばずに、どうか別の名でお呼びください! どうかライダーと」
 真名で呼ばれることを忌避するサーヴァントは少なくない。その真名から、その者が何に通じており、何を武器としているのか、手の内のすべてを明らかにすることと同義だからだ。
しかし、今回は特例中の特例、聖杯を奪い合う相手は神である。そしてその聖杯にかける願いは人理の継続だ。レイシフトしない限り、その真名が不利に働くことは特にカルデア内にいる間は何も問題ないはずだ。
「真名は嫌なのか……うーん、でもライダーだと他にもライダーがいるしなぁ……」
「真名以外であれば如何様にも。どうぞお好きにお呼びください」
「そんなこと言われてもなぁ……」
「……では、契約として、私に『名前』をいただけませんか」
「……わかった。名前が決まるまではライダーでいいかな?」
「では、決まりましたら教えてください。それまではライダーと。こちらの建物をご案内いただけますか?」