心配性


少しだるいだけ、と笑う名前に眉をひそめる。そう言い始めてから一週間は経つ。こちらの顔を伺って謝罪してくる名前の頭に手を置き、少々雑に撫でた。

「気にすんな。ドタバタしてたし疲れが出たんだろ。」
「でも良則さんの方が疲れてるし、」
「俺はこんな生活に慣れてるからいいんだよ。でもお前は違うだろ?」

当然だが普通のOLとプロアスリートの生活は違う。結婚を機に寿退社した名前が俺の生活サイクルに合わせて慣れないことを続けていたのも知っている。

「今日は早く帰るから、食事は俺がやる。」
「大丈夫だよ、私がやるから!」
「名前は病院な。行きは送ってくから。」

帰りはタクシー拾って、今日は家事すんなよ、と釘を刺せばあからさまにしょぼくれた表情になる。溜息を吐いて名前の手を引いた。
名前を車に押し込み、保険証を持たせた。俺は運転席に乗り込みエンジンをかけた。車内の沈黙が息苦しい。

「……あのな名前。」
「良則さん、ごめんな「俺、怒ってねーぞ。」

俯き加減の名前がこちらを見た。信号が変わったから俺がそちらを見ることは出来ないが、きっときょとんとした表情なのだろう。

「怒ってるとしたら、心配すらしちゃいけねぇのかってとこだ。」
「だって、」
「嫁さんの心配くらいいいだろ。夫婦なんだしよ。」

ナビが目的地付近だと告げる。病院の玄関に車を寄せて名前を降ろす。

「なんかあったら連絡な。練習中は無理だけど、見たら折り返すから。」
「……うん。いってらっしゃい。」
「おう。」

手を振る名前に窓から片手で返事をし、練習場に向かう。ああ今日は集中出来そうにない。





昼休みに携帯をこまめにチェックしていたら丹波に「何なに堺、誰かからの連絡待ち?奥さん?名前ちゃん?いやーあっついねぇ!」とからかわれた。
石神がそれに乗って茶々を入れる。

「今日いつも以上に気合入ってましたもんね。名前さん来るんですか?」
「違えよ。」

面白がって周りの奴らも聞き耳を立てたり画面を覗きにきたりしてうっとうしい。早々に食堂を離れロッカーへ向かう途中、有里が急ぎ足で呼びかけて来た。

「堺さん、名前さんが来てますよ。」
「……は?」
「用があるからって、会議室に通しました。」
「わかった。」

廊下は走らないでくださいね!と言う有里の声に食堂から丹波や石神が顔を出す。
チッと舌打ちして急ぎ足で会議室に向かった。
会議室の隅の椅子にちょこんと座る名前は居心地悪そうに困った笑みを浮かべていた。

「どうした?」
「良則さん、その、私、」
「病院で何かあったのか?」

顔色は余り良くないが、朝より表情はすっきりとしていた。言いにくいことなのかと問えば耳を貸してほしいと手招きされる。きっと会議室のドアの向こうでは丹波や石神が聞き耳だてているのだろう。素直に耳を貸し、聞こえた言葉に耳を疑った。
名前に確認すればそっと手を腹に導かれる。

「子供、だって。」
「それ、本当かよ。」
「……もしかして、嫌、だった?」
「んな訳ねえだろ!」

勢いに任せてぎゅう、と名前を抱きしめる。廊下から聞こえた賑やかな声に、午後の練習であいつらはみっちりしごいてやろうと決めた。



心配性とハッピーサプライズ
堺さんはきっと愛した人を目いっぱい甘やかす人。


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