唸るサイレンが頭の上を通過する。路地に反響するブレーキの軋む音。臆する事なく闇を駆け抜け、用意していた盗難車に乗り込む。バタンバタン。

「番号!」陽気な声。
「狼」緩やかな笑み。
「鼠」びくつく背中。
「…犬」不満げな目。

急発進した所為でトランクの中身がジャラジャラ揺れる。もう少し安全運転しろという野次を飛ばせば、テクニシャンだからねなんてほざくリーダーに呆れた。

「塒は用意してんだろうな」
「目星は付けてるよお坊ちゃま」
「あ、次左だよ…」
「麓にある山小屋だよ、一晩過ごすには十分」
「あの、だから左…」
「あー?また山小屋かよ?!
この前それで囲まれたじゃねぇか!」
「仕方ないじゃん、都心なんだもん」
「ひ、左だってば…」
「はは、何さシリウス?この前焦って下りた村でいい感じに熟したおば様の入浴現場に突っ込んじゃったの、まだ気にしてんのー?」
「あれはキミが悪いよ…あの時間帯で灯りが付いてる方がおかしいんだから。折角の僕等の評判も、キミの痴漢行為でがた落ちしたし」
「ううううるせー!兎に角俺はヤダかんな!さっさと違う所探せよ!」
「ちょ、運転中に動かないでってば!これ結構ハンドルに癖がついてて感覚掴みにく…」
「オラ、地図貸せリーマス!」
「ちょ、やめ、危な…!」
「ひ、ひ、左イイイイ!!!」






警官達は半ば諦めて居た。クリスマスカラーに彩られ、歩行者は聖夜の祝福を受け、慈愛に微笑みながら流れて行く。なのに自分達はいつもの様に、くたびれた群青色の制服を羽織り、目まぐるしく回転する赤と青の退屈なコントラストに顔を照らされながら、来もしない相手を待つばかり。後輩の話では、折角のデートをキャンセルされ、憤慨した彼女から別れを告げられた奴も何人か居るらしい。運が悪かったな、としか言えない。職務中は決して吸わないと自戒していた煙草に火を付けた。大丈夫、寛大なる天の御父はきっと今日位は許してくださるだろう。

デートの相手は最近巷を賑わしていた悪党グループだ。しかも狙った獲物は逃がさないというキャッチフレーズまでまことしやかに囁かれている様な集団だ。若くして天才的な頭脳を駆使する、というか悪趣味な悪戯を得意とする彼等にとって、実直と誠実を重んじる警察の人間を罠に掛けるなんて事、きっと赤子の手を捻る様に容易い事なのだろう。明日開かれる予定の聖遺物展の目玉である作品をいとも容易く盗まれて、あまつさえ逃走する機会を与えてしまった彼等の中の自尊心なんて物は、今やすっかり失われようとしていた。

携帯を開けば、青白い蛍光を放つディスプレイに自宅からの着信が入って居た。留守電メモを開いて耳を澄ます。まだ五歳にもなっていない愛娘の甲高い声が、口にくわえた煙草の紫煙と重なる。パパ、メリークリスマス、早くかえってきてね。なんて。ごめんねパパはきっと今日帰れないよと愛しさに嘆いてみる。彼女のクリスマスプレゼントは、必ずクリスマスを過ぎてからしか渡されない。治安維持強化とか言われて、娘が生まれてから毎年毎年、クリスマスは寒空の下で聖夜を見守るのが仕事になった。今はまだ誤魔化せるだろうが、彼女が大きくなってからはそうも行かないだろう…転職でもするかなあ、なんて、煙草と同じくぼんやりとした口調で呟いた。
時計台を見上げれば、もうすぐ10時を過ぎる所だった。顎からうっすら伸びる髭を撫で、スタン・シャン・バイクは、溜め息をついた、



──瞬間、目の前に車が飛び出した。



「…は?」

ナンバー・プレートの真っ白な小型車だ。頭の中の最近の盗難車リストと一致。フロントガラスの中では二十歳を過ぎる位か、ぎゃあぎゃあと何かしら喚いて後部座席から身を乗り出した青年が前の運転手と助手席の二人を巻き込み団子になっている。団子、という表現に疑問を抱いた。何故そう見えるのか、それはもう一度彼等を良く見れば答えは明白だ。
──この聖夜に、あんなに真っ黒な服を着てるのは、未亡人か強盗くらいの物だからだ!!



「ぎゃあテメェ何処向かってんだ!」
「シリウスがハンドル握るからだろおおお!やだちょ発砲する気満々!?」
「けけけ警官!どうすんのさああ!!」
「「ピーターうっさい!!」」
「酷い!」
「…あーあ、逃げ切れるかなあ…」



聖夜の静けさを破る四人は、
光の渦へと滑走する。




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