「ヘンジンだ、」

この世界は生きていて全く飽きがない。否、死者のみが安らかに眠る事を許された場所で毎日寝ている私が言うのも難だけど、兎に角世界は飽きがない。
非日常を欲する人間ほど、いざそれに直面すれば及び腰になる、というのは、何気ない私の中の究極結論である。例えばそう、「死者のみが安らかに眠る事を許された場所で毎日寝ている女の子に逢う」とか、そんな非日常を願望すれば、その現実がいざ出現した時、自分が待ちわびたはずの展開を敢えて非視するのだ。
だから一言で言えば私は、そう願う人間が居るほど、日常から切り離された非日常の住人になれるのである。現実にそう在りたいと願ったあまり、現実を非視してしまう私にとってそれはこの上なく悲しい事なの、だけど。

「…誰がヘンジンよ、糞餓鬼」

眠り姫。名乗らない私に不便だからとそんな可愛く綺麗な呼称が付けられて、もう何年経ったのかは忘れてしまった。道すがらぽつりと呟いていった『彼女』の言葉が嫌に気に入ってしまって、怠惰で偉大なる睡眠という毒により『彼女』を忘れてしまわぬよう、おのずから自分からそう名乗るようになったの、だけど。
事実、私の目は蒼く、髪は金色、肌は白い。眠って居るのに頬は紅いのだ、まるでお伽噺の人みたいだからっていう。
紅いのは当たり前だ、寿命を迎え不可思議な闇に呑まれた魂のない躯とは違い、私はまだ生きているからなの、だけど。

「だって、死んだやつのいる場所でハイカイしたりねてたりするのは、キチガイかヘンジンだって、弟がいってた」
「…随分と辛辣な弟クンね」

当たりなのは否定しない。けれど聡明はたまに人を死に至らしめる麻酔のようなものだから、可哀想だけどきっと弟クンはきっとそう長くは生きられないだろう。どんな子かしら、と聞いたら、綺麗な形の眉をちょっと潜めて、俺より頭がいい、ですって。何だか笑った。笑ったのなんて暫くご無沙汰だったから、ちゃんと笑えたのかは分からない、けれど。

「…で?キミは何の用なの?」
「さがしてるんだ」
「さがしてる?何か落とし物?
それなら入り口の教会に幾つか…」
「人を、さがしてるんだ」

アルトとソプラノの間をふらふら行き来するような高さ、メゾソプラノというのか。少し震えるように高かった彼の声音に興味を惹かれた。強い目をしていた。

(あなたにだけはおしえてあげる。
わたしがつかえたあるじのこと。
つよくけだかくりんとしたひと。
わたしをひつようだといったひと。
だからわたしはいられなかった。
あるじのそばにいられなかった。
あるじがわたしをひつようとする。
それがなによりもいけなかった。)


「…死んだ人?」
「分かんない。生きてるかも」
「じゃあ居るか分からないわ」
「あいつ、ヘンジンだから」
「…」
「、絶対、居るんだ」

ああなる程、と相槌を打った。
ここは「死者のみが安らかに眠る事を許された」、「キチガイやヘンジンがハイカイしたりねてたりする」場所で。
彼のいう誰かはヘンジンだから、此処に来る可能性が高い、というワケだ。
むかしむかしに聞いた話。寂しげな目をした少女から聞いた話を思い出す。

「泣かないで」

きっと彼女は見通していたのだろう。いつか彼が大きくなって、自分の事を探し始めた時、自分が此処に来た事が彼に気付かれてしまうのだと。どんな子かしら、と聞いたら、綺麗な形の眉をちょっと潜めて、私より頭がいいんです、ですって。何だか笑った。それが確か私が笑ったと記憶している、一番新しいものだ。だから私は彼等に二人して、笑わされたことになるの、だけど。

「此処には必ず人が来るわ。あなたのさがしてる人も、いつかきっと。
だから、もしそんな人が来た時、あなたに逢いに行くよう伝えてあげる」
「…、ヘンジンの癖に、優しいんだな」
「糞餓鬼にしては泣き虫ね、あなた」

そう。必ず「彼女」は帰って来る。数年前、自分が殺してしまったと間違えて、償いの為に生き苦しんでいる人だから。
名前は?と聞いて、答えた名前に驚いた。なる程、だから私の目が覚めたのね。

「じゃあな、えっと…」
「眠り姫、でいいわ」
「…恥ずかしいから姫って呼ぶ」
「あら、光栄ね、シリウス」

私は三回目の笑い声を上げた。やっぱり、この世界は生きていて全く飽きがない。否、死者のみが安らかに眠る事を許された場所で毎日寝ている私が言うのも難だけど、兎に角世界は飽きがない。

「(さようなら、私の大切な血族よ)」

最早自分が死んでいるのか生きているのか分からない私にとっては、しばらくの楽しみになりそうだ。




宙葬
(わたしはあなたの素晴らしき世界観の中で瞬きながら消えていくの)

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