懐旧(犬と夢)




「あ、」
「え?」
「──いや、」

まただ、と空を掴む手を見て思う。
誰かを止めたい時、呼びたい時、いつしか何かを掴む仕草をするのが自分の癖だとシリウスは気付いた。

昔は必ず有ったのだ。その小さな手に掴めてしまう距離に、必ず有ったのだ。
二本の指を親指の腹で撫でてみた。
劇薬の使いすぎで痛んだ指紋はざらりとして、猫の舌のようだった。

「…ま、いっか」

忘れる物なら大した事ではない。そんな自覚を延々と繰り返しても尚、彼は再び誰かを止めたい時呼びたい時、何かを掴む仕草をするのだろう。



懐旧=昔のことを懐かしく思い出すこと。
(追いかけたはずの背中)



ボデーガード夢子の事をぼんやり思い出す犬。その位の距離だけど、良く考えたらちゃんと顔を見た事ない、とかね。
隣に居すぎて見る必要が無かっただけ。



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