善柔(鷲と狢)




「ねぇ、ロウェナ!」

自分を呼びかける音に何かと振り仰ぐ。
まだ魔法が完全に利いていない、小刻みな振動の動く階段。そこで煌めく金色から確かにその声は降りかかって来る。
今日はいつもより空が、正しくは魔法で空まで突き抜けた天井が、眩しい。

「私ね、思うの!
ゴドリックとサラザールが喧嘩してね、
互いが互いを殺さないと全ての収集がつかなくなってしまいそうな程、相手を憎む激情に駆られた時は、」

いつもの、ヘルガの。
笑い合う私達を見つめる、ヘルガの。
日溜まりよりも柔らかで、月光よりもたおやかな、少しだけ金属質の言葉。
それが頭蓋骨を揺らし、恐らく本物とは少しだけ違う音色で、天高く。

「私はゴドリックを助けるわ!
だってあの人、とんでもなく愚かで救いようがない位周りを見ていないもの!」

凛、凛、凛、涼やかな反響。
傘を持ち得ない体に訥々と染み込む雨粒の様に、それはほんの少し冷たい。
けれど確実にそれは世界を濡らして行くのだ。気付かせる様に降りかかる小さな雫が、いつしかしっとりと全身を濡らして行くのに気取られない前に。

「ねぇ、だからアナタは、
絶対にサラザールを助けてね!」

冷たく搾られ落下するのは、涙とかそんな陳腐なものじゃあまりにも御粗末だ。
涙は、自分が最低の状況下に置かれるという点では、少なくともこんなに熱を帯びる物質では無い、そう解釈する。

「――あァもう、ヘルガ。
ちゃんと分かったから、」

(そんな大切な感情を抉り出された声で言うのは、どうか自分の前だけで。)
光の中見えなくなりそうなあの涙の色を、目映さのなかで垣間見た。彼女が居る場所は手を伸ばせない距離では無い。



善柔=善良で気の小さい人。
(いっそ心ごと深く、なんて)



鷲=ロウェナ、狢=穴熊=ヘルガ。
ヘルガは自分を過小評価する。
皆にどれだけ想われてるのかは、自分が知ってるよりよっぽど大きいもの。

雨粒〜とか辺りの表現は、何となくホントに自分が雨に降られてたから



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