めいん | ナノ
Eden



「お前、一体――」

なにをした、そう言い掛けて言葉がゴールドの喉につっかえた。
何をしたかなんて、そんなのは見れば明らかだった。
ゴールドの血は凍り、ゆっくりと止まる血流が視界を白く染め上げ竦んだ脚が地に着く。
そんなゴールドを見て、紅い目をした少年が悲しげに何か呟いたけれど、音を失い始めた彼の耳には届かない。
追いかけたくても遠ざかるゴールドの現実に、ルビーの背中が消えていった。





鉛のような四肢がベッドに張り付いて動かない。
重たい目蓋を無理やり開けると、ゴールドの目前には真っ白な天井が広がっていた。
「気がついたようね…」
聞き覚えのない女性の声。ゴールドは高すぎる質素な枕に頬を押し付けるように右を向くと、制服を着込んだ警官の姿がそこにあった。
女性なのは嬉しいんだけどな…そんな不埒な事を考えながら、ゴールドは倦怠感に苛まれた体を無理矢理に起こす。
重力が一変にのしかかったような、全身を巡る疲労感。それに喚起されたかのように、いたる箇所が弱い痛みを思い出した。
「ここ…どこっすか?」
「病院よ」
警官は無愛想に答えると、分厚く可愛げのない手帳を取り出し、ゴールドを厳しい目で見る。
ゴールドは病院ならもっと笑顔が可愛い看護士がよかったなどと思いながら、警官の一手を待った。
「突然だけど今回の事件について、取り調べに応じてくれるわね」
「事件て…何のことかさっぱりなんっすけど」
「数時間前、貴方と男性3人が路地裏に倒れているのが発見されたの。貴方は擦り傷や打撲程度だったけど、残りの3人は酷い凍傷で意識不明の重態。この件について、知ってること全て教えて」
「さぁ…俺にもわかんねぇっすよ」
「…とぼけないで頂戴」
警官の声が空気を断ち切るように厳しくゴールドに突きつけられる。
ゴールドは目を逸らさずに、鼓動が強まるのを抑えた。
「貴方と男性が揉めている所を見たという目撃情報が入ってるの。捜査当局では、貴方と男性の間で何かしらのトラブルに発展し、貴方がポケモンを使って男性3人を襲ったという見解をしてるわ。はっきり言ってね、貴方は今傷害の罪で疑われてるのよ」
しかしそこまて問い詰めると、警官は一瞬迷うような表情をして素の女性らしい顔つきに変わった。
「ただね、貴方の手持ちには“ふぶき”を使えるポケモンは居なかったし、全員ボールの中だった…その他にも不自然な事が沢山ある。これは私一個人の意見だけど…違う誰かが技を放ち逃げ去った。そうじゃないの?」
「…知らないっすよ。俺は知らないおっさん達に絡まれただけだし。腹蹴られて意識失ってたから、俺の方がどうなってるのか聞きたいっすよ」
「そう…でも万が一誰かを庇ってるのなら、やめた方がいいわ。貴方も被害者なら尚更ね」
そう言うと、それ以上警官は追求しようとせず、淡々と事務作業の様に意識を失うまでの状況の質問が続いた。
ゴールドは表情を変えないまま、淡々と質問に答える。
ゴールドの胸の奥で渦巻く不安に同調するように、窓の向こうで分厚い雲が光を遮り始めていた。


***

曇天が降ってくる。ルビーは迫る鈍色の雲を見て思った。
足早に去りゆく人混みをまるで物乞いする浮浪者のように虚ろな目で眺めて、虚無感から視線を逸らそうと足掻いては見るものの、まるで檻に閉じ込められたように逃れられない。
ルビーは溜め息を吐いて目を閉じると、寄りかかった壁に引きずられるように地面に腰を着いた。
何も考えられないのに、脳が繰り返し再生する映像に吐き気がする。
ただただ守りたかっただけなのに…ごめん、無意識にルビーは呟いた。

待ち合わせ場所に何時までたっても現れないゴールドに、妙な胸騒ぎを感じたのが事の始まりだったのかもしれない。
何時も時間通りに来る人では無かったけれど、今日はどうにも待てずに、ルビーはゴールドを探して普段気にもかけないゲームセンターの路地裏を何気に覗いた。
薄暗い路地裏。注意して見なければ、きっと気がつかなかっただろう。
そこには――

そこには、ルビーの見たくないゴールドの姿があった。
砂埃にまみれながら髪を掴まれて男の股座に顔を埋め、背後から男を受け入れるゴールドが、そこにはいた。
涙を零すゴールドと一瞬目があったルビーは、恐ろしい程に冷静で、悍ましい程に殺意に駆られた。
「MIMI、手加減は要らない」
無意識に選んだボールから呼び出された慈愛の女神。
彼女は全て悟ったように、見たことがない狂気に満ちた真っ白な吹雪を巻き起こし、生を止めて死を呼ぶ。
それでもゴールドは無傷になるように力を解き放った彼女は、実力以上の力を出して倒れてしまった。
その後は…ルビーは思い出したくない記憶を無理矢理振り切ると、一層にうなだれた。
ポツポツと、大きな雨粒がルビーを非難するように降りかかる。
雨は次第に強さを増し、土砂降りへと変わっていった。


***

「それじゃあ、今日はもう帰って良いわ」
連絡先を聞かれた後、漸く解放されたゴールドを待っていたのは冷たい雨だった。
渡された透明の簡素なビニール傘は、頼りなく音を響かせて雨粒を受ける。
ゴールドはルビーに連絡をとろうとして、止めた。
会いたいし、会わなければならないと分かっているのに…
ゴールドは複雑な感情を踏み潰すように歩くと、無意味と分かっていながら行けなかった待ち合わせ場所に向かった。

あの時ルビーとの待ち合わせ場所に走って目指していたゴールドは、曲がり角で男とぶつかってしまった。
それは運悪くギャンブルで大損した柄の悪い男達で、ゴールドが謝罪するにも関わらず難癖をつけて彼に八つ当たりした。
ゴールドも馬鹿ではなかったけれど、つい苛立って口論になってしまい、無理矢理路地裏に連れ込まれて暴力を奮われた。
どんなに意地を張ろうと、どんなに修羅場を越えても所詮彼はまだまだ“少年”。
力負けしたゴールドは、男達に玩具のように扱われ、弄ばれた。
頭を過ぎるのはルビーの事ばかりで、悔しさと情けなさと申し訳なさがゴールドの目から溢れた。
そして願ってしまった。
ルビーに、助けに来て欲しいと…
そして叶ってしまった。
ルビーが、どれ程傷つくか分かっていたのに…

「すまねぇ…」
下を向いて、自分の為に謝罪する。
雨は酷くて、靴の中でぐちゃぐちゃと染み込んだ水が音を立てて気持ちが悪い。
考え事をしてる間に待ち合わせ場所に近付いたゴールドは、顔を上げてビニール傘越しに世界を見た。

「ルビー…!!」
見間違う筈もない。まるで世界はその存在が見えないかのように素通りするけれど、雨に打たれて力なく壁に寄りかかって座るルビーの姿がそこにはあった。
傘を放り投げ、水溜まりに足をとられながら駆け寄る。
「ルビー!!大丈夫かよ、おいっ!!」
傷に染みる雨。銅像の様に地面に座り込んでうなだれたルビーの体は冷え切り震えすら起こさずにいた。
真っ白な顔をゆっくり上げたルビーは、虚ろな目に僅かな戸惑いを見せたものの薄い反応を示す。
「…どうしてなんだよ」
ゴールドはルビーをおぶるとふらつきながら、怪訝な顔をして自分達を見てくる人混みを掻き分けながら歩き出した。


***

「大丈夫か?服脱がすぞ」
広すぎる浴室の壁にゴールドはルビーを下ろすと、暖かいシャワーを直接ルビーに当たらないように出しながら服を脱がし始めた。
近くで誰にも咎められずに休める場所など二人にはラブホテルしかなくて、一番料金の安い部屋に入った。
ゴールドは冷え切ったルビーの体にシャワーをかける。自身も冷たくなった指先が、徐々に緩むように熱を帯びだして心地が良くなった。
不意にルビーはゴールドのパーカーの裾を掴むと、脱がすように捲り上げた。
「なっ!」
「貴方だって、寒いんでしょう?」
驚いて手を掴んで制止させたゴールドに、ルビーは複雑な表情で問いかけた。
「俺は…大丈夫だ」
「…嘘ばっか」
ゴールドの腰に手を回し、ルビーは自分の胸元にゴールドを抱き寄せる。
途方もない安堵がゴールドに満ちて、肩の力がすっと抜け落ちた。
「ルビー…ごめん」
「僕こそ…ごめんね」
ぼろぼろと、涙が温かい熱を孕んで二人から流れ落ちる。
「お前を…犯罪者にしちまった」
「違う…僕が勝手にしたことだよ」
「でも、原因は俺だ」
「僕は貴方を置いて逃げてしまった」
ゴールドは声を上げて泣く。言葉になりもしない感情が悲鳴のように溢れ出す。
ルビーは声を殺して泣く。ゴールドの思いを受け止めて、どうにもならない現実に涙した。
「貴方を守りたかった。あいつらが許せなかった。ただ…ただそれだけだったのに」
ルビーはゴールドを一層強く抱き締めると、生まれ始めた互いの体温を逃さないように胸に宿した。
「何を…間違ってしまったんだろう」
ゴールドは歯を食いしばり、嗚咽を噛み殺しながら首を横に振った。
「何も間違ってなんかねぇよ」
そして二人は真実を分かち合うように優しく唇を重ね合わせ、口移しで想いを渡しあった。
自然に絡む舌先と、指先を這わせて感じる肌。
ルビーはゴールドの服を脱がすと、冷えた傷だらけの胸に唇で触れて赤い花を散らす。
言葉よりも視線がお喋りで、貪るように互いを求め合う。
流しっぱなしのシャワーより熱くなる肌が汗ばんで、二人を溶かすように流れていった。


***

「いいんですか?」
触れるだけのキスの後、ルビーはゴールドの指を絡めながら問いかけた。
「しゃーねぇだろ?逃げるしかねぇんだから」
ゴールドは漸く乾いた服に身を包み、後方に立つホテルを見上げた。
「犯罪者…それも男と駆け落ちだなんて、端から見たら正気じゃないですよ」
「うるせーよ」
ゴールドはふてくされたような、不機嫌な返事を返すと、ルビーを横目に前を向いた。
空は嘘みたいな快晴。水溜まりはブルーに染まり、草木が緑を輝かす。
ルビーが小さく、ぽつりと言葉を呟いた。
それは余りに小さかったけれど、ゴールドは照れくさそうな表情をして、握る指先の力を強めた。
たとえこの街の全てが自分達の事を忘れても、嘆くことなどないだろう。この街には、正しい価値など存在しないのだから。
確かな温もりを逃さぬように掴むと、二人は歩き始めた。


end

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はじめまして、きろです。
この度は素敵な企画に参加させて頂き、大変嬉しい限りです。
作品としてはまだ納得いかない部分も多々ある拙いものですが、それでも読んで下さった事に感謝致します。
沢山の方々がゴルビゴに興味を持たれて、ゴルビゴ作品が増えれば良いなと思いを馳らしています。
この企画を通して、よりゴルビゴ作品が増えますように。そして素敵な企画をして下さったきいちさんに感謝します。
ありがとうございました。




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