めいん | ナノ
海底の金魚草



※ルサ、レイエ、(ゴークリ)表現有注意



君には、君と向き合う時間が必要だね。
少し前にある人から言われた言葉だ。
一理あると思った。
このままじゃいけない。
だからボクは、鉢の中から出ることにしたんだ。





例年の如く、ボクの誕生日は盛大に祝われた。
ホウエン、シンオウと地方を股にかけるボク程のコンテストトレーナーになれば、全国にファンがいるのは当たり前。家にはこれでもかというくらいプレゼントの山ができ、師匠を凌いだかもしれない、とほくそ笑んだ。なんせ最近は、あの頃とは違い、所謂成長期というのを迎えたボクは、すらりと手足が伸び、声も低くなった。少年から、男、を意識するようになった。すると笑っちゃうくらい、女の子のファンがあっちこちに出来る出来る。おかげで、サファイアは怒りっぽくなった。その理由を、その口から言わせたいと思うあたり、思考は相変わらずらしいけれど。

久しぶりに集まった図鑑所有者達にもイロイロ変化が起こっていた。後輩が増えていたり、彼女彼氏が出来ていたり、レッド先輩とイエロー先輩が結婚していたり。
いや、正確には、結婚することにしましたっていう挨拶をされた。このおしどり熟年夫婦から今更婚約宣言をされても、もはや何とも思わない。はははと下手な笑いを零してやった。しかしレッド先輩は至って満足そうで、くそ、これだから天然は、と少し足を踏んでやりたくなった。こういう時、あの人は面白いだろうな。あの馬鹿なら。いや、もとい先輩なら。

ふと、サファイアの方を見れば、彼女は熟年夫婦を恨めしげに見つめ、時々ボクをちらりと見ては、視線が合って激しく反らした。その顔は赤い。羨ましい、と書いてあるくらい分かりやすかった。
「ルビー、16歳おめでとうったい」と、朝から彼女に言われたのが一番嬉しかった。今日ばかりは、と、ボクも素直にその手を包み、「ありがとうサファイア」と頬にキスを贈ると、彼女は恥ずかしそうに下を向いてしまった。
結婚、ねえ。いいんじゃない。ボクが18歳になったら、彼女と結婚したい。後二年、君は待っていてくれるだろうか。幸せな夫婦はボクに小さな不安を駆り立てる。ボクは手に持ったグラスの中の炭酸ジュースをくるくると回した。一口飲むと、甘ったるくて、生温くて、ついでに炭酸も抜けていた。
最悪、とまではいかなくとも、顔をしかめたくなるような味だった。





***



とぷとぷと注がれる水。
そこに映る陰欝な僕。
ガラスの向こうには、笑顔を浮かべたボクがいる。
手に持ったグラスの中身は無くならない。
水が金魚鉢の八分目を過ぎた。
伸びた手足で必死にもがく。
あれから成長したのに、どうして。

どうして、僕はまだここにいるのだろうか――。



***





「おう、遅かったじゃねーか」

その夜、寝る支度を終えて自室に戻ると、馬鹿に陽気な声が背後から聞こえて、ボクは反射的に部屋の鍵をカチャリと閉めた。振り返ると、そこには少年とも青年ともつかない年頃の彼が、胡座をかいて床の上に座っている。
ボクは一瞬眉を潜めた。彼が部屋にいることは、まだいい。しかし、なんだこの風船の山は。

「…なんなんですか、これ」
「あ?ゴム風船」
「見りゃあわかりますよ。なんで風船がこんなに…」

常に整理整頓された質素なボクの部屋を彩るカラフルな風船。原色パステル、水玉などの柄入り、ポケモン型の風船。それらが無造作に部屋いっぱいに溢れ返り、その真ん中で何事もなさげにいる彼を見て呆れる。もう夜だし、一応寝るつもりだったのに。

「お前しらねーのか?最近誕生日に風船いっぱい飾るの流行ってんだぜ?」
「聞いたことありますけど、飾るんでしょう。これは飾るって言いませんし、ボク16歳ですよ。今のアンタと同い年」
「細けえことはいんだよ。これ買った時いっぱい売ってたからわざわざ買ってやったってんのに、可愛くねーなあ。それにオレは後19日で17だっての」

ほれ、と差し出された白い箱、パッケージには「ソノオの花畑ケーキ」と可愛らしいロゴが付いている。それはシンオウで今一番人気のケーキ屋さんのケーキだった。揺れる風船を掻き分け、ありがとうございます、とケーキを受け取った。

「朝から並んでたんだぜー。もっと感謝しろよ、オレに」
「本当に無駄にわざわざありがとうございます」
「やっぱいいわお前そういう奴だった。とりあえず早く食おうぜ」

ボクへのプレゼントじゃないのかといいたくなるくらい、彼はボクに皿とフォークと飲み物を要求する。展開として何と無く読めていたボクは、もうどうでも良くなって再び風船を掻き分け一度リビングに降りていった。



風船まみれの部屋で、男二人でケーキを突きながら、パソコンでテレビ番組を見る。深夜ってどうして面白い番組がやってないんだろう。同じようなバラエティ番組でも、ゴールデンタイムのとは違う雰囲気がする。笑っているのに、何処かうら寂しい。隣の彼が同じことを思っているかはわからなかったけど、盗み見た横顔がつまらなそうだったので恐らく、そうなのかもしれない。

こんな時間にボクがケーキを食べるのは、自分の誕生日と、彼の誕生日だけだ。お互いの誕生日に相手の家に行き、ケーキを食べる。そんな関係は、三年前彼がボクの12歳の誕生日にケーキを持って突然やってきたことから、始まった。こうして黙々とケーキを食べる関係が、ズルズル続いて今や16歳。あの頃とは、ずいぶん変わってしまった。

「…風船なんて、こどもが欲しがるものですよ」

紅茶を一口飲んで、ボクは静かに言った。頬杖をついた彼は、横目でボクを見ると「まだこどもだろ」と事もなげに呟いた。

(…大人になりたい)

余裕を持って笑えなくなったのは、いつからだろう。誕生日を迎える度に、薄い布が重なっていって、誰かと話す度に、胸が痛くなった。側にいる辛さを知るくらいなら、いっそこどものまま時が止まって欲しかった。それが出来ないなら、さっさと大人になりたいと思った。
両手で持ったカップは熱くて、手の平が熱でじんじんする。それでも息を止めた時の苦しさのほうが辛い。

「ゴールドさん」
「あー?」

ボンヤリとテレビ番組を見ていたゴールドさんに声をかけた。相変わらず腑抜けた声が返ってくる。それに少しだけ、安心した。

「キス、したいですか」
「はぁ?」
「したいなら、してもいいですよ」
「なんだぁ、いきなり」
「いいならいいんですよ。あなたがあなたにとって貴重な機会を失うだけですから」
「ほーお、そいつぁ聞き捨てならねえな」

く、と喉で笑い、隣にいたゴールドさんがボクの頭を自分のほうに向ける。その瞬間奪われた唇からは、人の体温と、彼の匂いが、やんわりと舞って空に消えた。

「してほしいなら素直に言えよ。今日くらい可愛いげ出してもいーんじゃねえの?」

離れた唇が紡いだ言葉に、ボクは数回瞬きをした。キス、してほしかったのだろうか。彼に。別にそんなつもりで言ったわけじゃなかった。何と無く、してもいいと思っただけだ。
素直、といわれると、痛い。キリッとした金色の瞳と、綺麗な藍色の瞳に、ボクは弱い。どうしてほしいわけじゃない。どうしたいわけでもない。

ただ。

「…もうこどもじゃないんです」

ボクも、アナタも。
伸ばした指先は不意に彼の頬を掠めた。そのままスルスルと下り、うなじを掴んで引き寄せると、自らその唇に吸い付いた。彼女のものとの違いに、今更なんの感想も、戸惑いも、何もない。

「…じゃあ、もっとすごいコトしても、許されるわけか?」

にやりと笑う彼の唇に、弱い。
いつの間にか腰に回された手も、それに身を任せようとする自分も、何もかも、真水を枯らすのには、充分で、ボクは。

「…そうですね。大人に近付いた記念に、少しだけ素直になりましょうか」

倒された体。
見上げた先で薄く笑う彼は、無くしたものを見つけた時のような顔をしていた。





***





「、っ……!…っ!」

カラフルな風船達が揺れる。
こども地味た夢が揺れる。
大人達が親しむ夜に。
こどもは大人の真似をする。

濡れた声も。
紅い肢体も。
落ちる汗も。
揺れる腰も。
擦れる肌も。
重なる唇も。

こどもはいつか大人になる。
淡い夢は優しさに壊れる。
無邪気はいつの間にか忘れて。
いつか儚さと悲しさを知る。

歳を追う毎に、消えていく。
気付いた時にはもう思い出せない。
水彩絵の具と、水浸しの画用紙の上に、幼さは溶けていく。

鮮やかで、中身の無いこの風船のように。


助けなんか来なくても。
鉢は、いつの間にか割れてしまった。
薄いガラスの破片を拾う。
気付きたくなかったことに、気付いてしまったということ。
今はもう、自分を傷つけることさえ怖い。

素直ってなんだろう。

(…大人になりたくない)

金魚鉢の君は知っているかい。

(ずっと、このまま)

ずっと、直接話がしたかった。

(本当は、風船も、アナタも、)


ハッピーバースデー。
僕。





***



夜が更けたばかりの早朝。
僕はさらさらと書いた紙を、自室のドアに貼り付けた。

『しばらく旅に出ます。部屋には入らないで。 ルビーより』

内側から鍵をかけ、旅支度の調った自分を鏡で見る。僕と、部屋に散らかった萎れた風船が映っていた。ベッドには、当分起きそうにない彼がいて、僕はそっと彼の上着を探り、ポケットからポケギアを取り出すと、僕の電話番号とアドレスを消去した。そして、開けっ放しの窓から、新しい手持ちのフライゴンを出して飛び乗った。

朝ぼらけの空を飛び、涼しい風に当たりながら、僕は彼女にメールを打った。

『後二年、待っていて欲しい』

迷いなく送信ボタンを押す。無事に送られたのを確認すると、ホッと安堵の息が漏れた。
ここ最近で、一番清々しい気持ちだった。目を上げて、地上の美しさを見つめていると、自然と笑みが零れる。

(とりあえず、行くならイッシュ地方だ。あそこなら、今はあの人もいる。きっと、大丈夫)

夜明けを飛ぶ鳥と共に、未知を知るために未知へ行こう。空は海より軽やかで、気持ちが良かった。





次に会うのは、僕か。それかアナタが結婚した時がいい。
そう思いながら、僕はポケギアから彼のアドレスと電話番号を、消した。





END

-----------
ルビー君誕生日記念。
成長をテーマにしてみましたが、いやはや、もはや何も言うまい。

この話、主催者が個人サイトにて書いたゴルビ『ケーキより甘い、』(←は時間軸や設定に若干ズレ有)『金魚鉢のたとえ』のスピンオフです。
先に二つを読んで頂いたほうがいいかも…って、後書きに書いてもなんにもならないですね。

どうでもいいですが、ルビー君の誕生日花が金魚草らしく、例の金魚鉢との繋がりありすぎて、ちょっと戦慄しました。題名は先に考えていたので、狙ってませんよ!きいちびっくり(゜▽゜)←

ともあれ、誕生日おめでとうルビー君!これからもゴルビゴしてね!

ありがとうございました!



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