30と18

少女が自ら命を絶ち、若返りの呪いを知る一族は全員この世から去ってしまった。更に死に損いが火を放ったようで、書斎と思われる部屋からは火の手が上がり、書物を燃やし尽くしていた。

呪いを解く手掛かりは全て失われてしまったのだ。

ヴォルデモートは闇の魔術に没頭した。あらゆる研究を重ね、知識と力を強大なものとした。
そして常にナナシの呪いを解く方法を探した。

しかし一向に糸口さえ掴めず、6年の月日が経つ。

魔法の宝庫であるホグワーツなら何かヒントを得られるかもしれない。
ヴォルデモートは闇の魔術に対する防衛術の教授のポストを求め、校長であるダンブルドアを訪ねる。しかし要求は撥ねのけられ、ホグワーツで模索することは叶わなくなった。

長旅を終え、少々疲れた様子でソファーに体を預けるヴォルデモート。その隣に掛け、ナナシは彼に暖かい飲み物を渡す。
砂糖とミルクがたっぷり入ったとびきり甘いコーヒーだ。疲れているとき、意外にもヴォルデモートはこれを求める。
ナナシはそれをよく知っていた。

「今の齢で止まればいいのにな」

同じものを飲み彼に語りかけるナナシは、18歳にまで若返っていた。幾分肌に張りが増し、フレッシュなあどけなさが蘇っている。

「ね。それなら呪いにかかった甲斐がある」

ゴトン。
と、テーブルにマグカップを置く音が穏やかな空気を変貌させた。その拍子に溢れたコーヒーがテーブルを濡らす。

能天気な彼女の言葉にヴォルデモートは鋭く噛み付いた。

「二度とそのようなことを口にするな」

2人の間に、重い沈黙が流れる。

ヴォルデモートはナナシの呪いを解く為に多くの労力を費やしてきた。しかも忌み嫌うダンブルドアに懇願までしてきたというのに。
彼女の発言は彼にとってタブーのようなものだったのだ。

しかしその沈黙はナナシの嗚咽により破られ、またも空気が変わる。
俯いていたヴォルデモートは頭を上げ、彼女の方を見やった。

「……もう、耐えられない」

ナナシは眉を顰め、目からはぽろぽろと涙が溢れ落ちている。時折嗚咽で肩を揺らし、その瞳は宙を見つめていた。

そこでヴォルデモートはやっと、彼女の発言は強がりであったのだと気づいた。

「必ず解いてやる。だから、」
「っ、違う。足を引っ張るのが嫌なの……」

堪らなくなって、目の奥が更に熱くなるのを感じて、ナナシは口元を片手で覆った。

「ごめんなさい。あなたはこの世を統べる人なのに。わたしなんかのせいで足踏みしてる暇なんてないのに……っ」

そう喘いで、またも涙を浮かべるナナシ。その両肩に手を添え、ヴォルデモートは彼女の体を自分の方に向かせる。

潤んだ瞳が悲痛で揺れていた。

こんな呪いにかかってまでも、彼女の頭は自分の身かわいさなんて微塵もなく、ヴォルデモートのことを想っている。

そのことが彼の胸を締め付け、堪らなく苦しくさせた。

「ナナシ」

ヴォルデモートが顔を寄せると、ナナシは何度かまばたきをしてから、目を閉じた。
涙に濡れる睫毛を見つめながら、彼は自分の唇を彼女の唇に押し付ける。

柔らかな感触から、甘い痺れが広がっていく。
ヴォルデモートは何度も何度も、唇を咥えるように、食べるようにキスを繰り返した。

彼女の感触を、存在を、隅々まで確かめるように。

ゆっくりと唇を離して彼が顔を覗き込むと、涙とキスのせいでナナシの頬はすっかり赤らんでいた。

「私にはお前が必要だ。必要なものを救うことは、足踏みではない」

目を見開く彼女を引き寄せ、ヴォルデモートはその腕の中へ閉じ込める。

ヴォルデモートはナナシのいない世界を生きたことがない。

物心ついたときから、ずっと一緒だった。
孤児院の苦難は2人で耐え、お互い約束せずとも支え合った。肩を並べてホグワーツに入学し、共に高め合った。成長と共にありありと感じる性別の差に戸惑いながらも、求め合った。

ナナシが隣に居ることは、呼吸することと同じなのだ。

この女を失いたくない。
消えるなんて、考えられない。

6年前のあの日を思い出し、ヴォルデモートは目を閉じた。
そして、深く悔いる。

これは不老に目が眩んだ自分が招いた悲劇。
必ずこの手で彼女を救ってみせると、愛しい温もりを更に強く抱き締め、誓った。



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