気まぐれ王子B

試験が終わった。二重の意味で。

勉強を始めても、少しすればリドルのキスが頭に浮かんできて、身体中が熱くなって。完全に集中力を奪われてしまったのだ。
全教科合格はしているだろうが、今迄の成績よりはぐんと落ちるだろう。ああ、結果を聞くのが怖い。

そして更に、試験が終わったというのにわたしはその解放感を得られずにいた。

『次は、試験最終日に』

キスされた後、リドルにまた指示されてしまったのだ。
友人に、借りてた本をぜーんぶ返してくる! と半分嘘を吐いて、わたしは足取り重く図書館へ向かった。向かってしまうのだ。逆らえない。なんでだろう……。

しかし図書館に着く前にリドルを見つけてしまった。柱の横に立っている後ろ姿が見える。リドルにはキス以来会ってなくて、心臓がばくばくと早鐘を打ち始めた。

どうしよう、声をかけるのは……無理!
先に図書館に行こう。

くるりと後ろを振り返って、遠回りだが違う道のりの方へ一歩進む。

「私、あなたのことが好きなの」

しかし柱の方から聞こえてきた女の子の声に足がピタリと止まった。

恐る恐る振り返る。リドルが死角になって見えなかったけど、角度を変えれば彼の向こう側に女の子がいるのを確認できた。
どうやら告白シーンに出くわしてしまったらしい。
早くここから離れなきゃ、と思いつつも、リドルの答えが気になって足が動かない。

なんて答えるんだろう。

「ありがとう。とっても嬉しいよ」

そう言ってリドルは少し前に体を傾けた。目の前の女の子に顔を近づけるように。

もしかして、キス、してる?

そう思い付いた途端、わたしはバタバタと駆け出していた。
暫く夢中で走って、中庭に面した廊下に出る。図書館に向かう道は逆だ。

中庭では試験が終わり清々しい顔で遊んだりお喋りをする生徒で賑わっていた。わたしはなるべく人気の無い方へ歩き、空いていたベンチに腰掛ける。

胸のあたりに、ざわざわと黒い感情が蠢いていた。
妬く資格なんて無いのはわかってる。わたしは彼女でもなんでもない。ただからかわれているだけなんだから。
自分を説得するように考えを巡らしてみるけど、ざわざわは治まることがなかった。

今度は自分の気持ちを整理することにする。
やはり、ショックらしい。
元から軽くファンではあったものの、図書館で出会う前なら何も思わなかった筈だ。ここ最近のやり取りで、わたしはリドルのことをすっかり好きになってしまったらしい。完璧な王子様じゃなくて意地悪な男の子のところも含めて。

なんだか無性に虚しくなった。
あっさり心を奪われて。あっさり失恋か。わたしらしいや。

ふ、と自嘲気味に笑ったそのとき、地面を見つめていた視界の中に足が入り込んできた。特に反応せずにいたが、ずっとそのまま立っているので顔を上げてみると。

「図書館で待ち合わせしたよね?」

リドルだった。
歩き回ったのか少し息が荒い。

もしかして探してくれたの?

「さっきの子とは何も無いよ」

恋人に言い訳するような彼の台詞に驚いて、顔が見れなくなってしまって。また俯いて、「そうなんだ」と呟くので精一杯だった。
だめだ、勘違いしちゃだめ。

それ以降黙ってしまったわたしの隣に、リドルは溜め息がちに腰掛ける。

「僕が他の女の子といるのは嫌?」

ずばりと核心を突かれて息が止まりそうになる、のを堪えて、わたしは懸命に言葉を返した。

「……リドルくんの自由だよ」

彼は顔を顰めた。

「嫌かどうか聞いたんだけど。……ナナシは僕が欲しくないの?」
「ほっ」

直接的すぎる表現に戸惑って、俯いていた顔を上げる。彼は真剣な顔でこちらを見ていた。その眼差しに心音が高鳴る。

彼の向こう側の廊下で、いつもリドルを取り巻いている女の子たちがこちらの様子を窺っているのが見えた。
王子様が見かけない女と中庭のベンチで話してるのが気になるんだろう。
ますますわたしは自信がなくなっていく。

「わたしなんか……リドルくんと釣り合わないもん」
「だから、欲しいかどうか聞いたんだ。さっきから質問と答えがずれてる」
「う、」

そんなこと言ったって、他の女の子といるのは嫌だしあなたが欲しい、なんて答えたら告白してるようなもんじゃない!

みるみる顔に熱が集中して、目が潤む。

「ごめん、フェアじゃなかったね」

そんなわたしを見かねたのか、リドルは攻めるような声色を変えた。

しばらく沈黙が続く。

もう言ってしまおうか。
そしてはっきり断ってもらえば、辛いけど、こんな苦しい気持ちから抜け出せるかも。

いざ、と口を開く。

「り、」
「僕はナナシが他の男といるのは嫌だ。僕以外の男に頬を染める君は見たくない」

しかし彼から放たれた言葉に、わたしの言葉は止められてしまった。

意味を理解する前に、目の前がリドルでいっぱいになって、唇に柔らかな感触。遠くで女の子たちの悲鳴が聞こえる。

キスだ。
今までは図書館でこっそりだったのに、こんな、公衆がいる中庭のベンチで。

驚いて固まるわたしの顔をみて、リドルは少し笑う。

「……そういう面白い反応をするから、気まぐれでちょっかい出しただけだったのに。気づいたら欲しくて堪らなくなってた。試験中も思ったよ。成績が落ちたら君のせいだ」
「っ、」
「ナナシは?」

ラブストーリーのヒロインにでもなった気分だった。
王子様が、みんなの前でわたしにキスをして、甘い言葉を囁いてくれる。

しぼんでいた自信が、リドルがわたしをお披露目するかのようにキスしてくれたものだから、じわじわと膨らみ始めた。

正直にならなきゃ。

「……すき」

勇気と不安と嬉しさと、いろんな感情が織り混ざって、ぽろっと涙が溢れた。

「リドルくんのこと、すき。他の子といるの、嫌だった。ほ、ほしいって、思う……」

リドルは満足そうに目を細める。

「ナナシ。僕の恋人になってくれる?」

頷いたや否や、もうわたしはリドルの腕の中にいた。
彼の魅惑的な香りに酔いながら、夢じゃなかろうか、それなら醒めないでと願う。しかしリドルの手が後頭部に回されて、ぎゅうっと引き寄せられて、その力強さは確かに現実だった。



[目次]



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