居残りD*

ナナシ・ノーネーム。
グリフィンドール。半純血。成績は中の上。闇の魔術に対する防衛術は、座学はそこそこだが実技はてんで駄目。関わりなど特に無いが4年生ともなれば名前と特徴くらい覚える。所謂リドルファンクラブなどという迷惑極まりないものには所属していない無害な生徒。

そんな彼女が自分の欲を処理している姿を見下ろすのは妙な気分だ。

若いときは憧れを恋と勘違いしやすい。自分より優れた年上の異性なら尚更だ。そして、その様な想いは総じて冷めやすいものだ。結局は現実的な相手が現れるとそちらに靡き、すぐにそのときの情熱など忘れる。ホグワーツに勤めてからというもの、そんな女学生はありふれていた。自分に惹かれる異性が平均より多いということは理解していたが、若気の至りというものは厄介で……勘違いの多さと大胆な行動には度々対応に悩まされている。

その中にノーネームはいないという認識だったが、どうやら健気にも密やかに想っていてくれたらしい。杖を向けられたのが怖くて咄嗟に出た嘘という可能性もあるが――本当のことを言っているのならばファンクラブの女たちより好感が持てるし従順そうだ。

そう考え至ると、試してやりたくなる。若者の夢見る愛だの恋だのいうものは上辺だけだということを証明したくなる。嫌だと泣き叫ぶまで、自分を見る目が犯罪者を見るようなものになるまで、酷く犯してやりたい。

好きなら、愛とやらがあるのなら、全て許せる筈だろう?

俺のペニスを舌でたどたどしくなぞる彼女は、おそらく処女だ。誰にも穢されたことない領域を好きな男に踏みにじられ、道具の様に扱われるのはどんな気分か。

――しかし。

「……嫌がらないんだ?」

少し恥じらいを見せただけで一切抵抗しないものだから、問うてしまう。

このまま押し入ればノーネームの秘部は裂けるだろうし、だからといって満足するまで抜いてやるつもりもないので、行為には酷い痛みが伴うだろう。処女だから判らないのか?

「……先生が、すきだから……」

……こいつ。
どこまで従順なんだ。犬の様だな。

俺をそそのかして、保身に走ろうという策か。
すきなだけでここまで許せる訳ないだろう?

「……さっき、は、言い訳みたいで……っ、やで……」

違う。お前の言葉は愛ではなく恐怖からきたものだろう?

「1年生の、ときから、」

”1年生”

……ノーネームは4年生だ。
そんなに幼い頃から俺を見ていたと言うのか?

「リドル先生が、すきです」

ノーネームの瞳が恐ろしく真摯だった。それが真実なのだと物語っている。

脳が揺れる。奪われる。

ノーネームの言葉が、心臓の奥深くまで染みわたってくるようだ。
そして、今行われている行為とは真逆な、残酷なほどあたたかいものが自分を包み込んでくる。

何だ?

痛いようで、心地良く……苦しいのに、嫌ではない。

「だから……先生になら」

「なに、され、ても、」

嘘だ。

「犯されても、殺されても、いいって?」
「……はい」

嘘だ。

そんなわけ、ない。

他人にこんな扱いをされて許せる訳がない。
他人に命を投げ出せる訳がない。

皆、自分が1番可愛い筈だ。

母でさえ、自分が傷つかなくてもいい場所へ、俺を置いていった。

「……黙れ。嘘吐きめ」

黙ってくれ。嘘だと言ってくれ。

自分が彼女を犯してるのに、彼女に犯されているような感覚だった。ノーネームの言葉が、温度が、真っ直ぐな視線が、自分を蝕んでいく。そのあたたかさに、心地良さに、溺れてしまいたくなる。

この感覚は何だ?

こんなものに、今まで……触れたことが無かった。

これが……もし。

もし。俗にいう、愛なのだとしたら。

自分は今まで、誰からも――――……。

ふいに。
ノーネームの首が震えて。頬を伝う涙を見つける。その途端、胸を掻き回される。痛い。彼女の目から涙が溢れるたびに、息が詰まる。

――くるしい!

こんな小娘に、一生徒に、何を乱されている?

こんなもの、消してしまえばいい。
無かったことにすればいい。

今夜の記憶を消してしまえば……全ては元通りだ。

「オブリビエイト」

忘却の呪文を唱えた途端、ノーネームの目は虚ろになり、とろんと瞼を重そうにした。手早く彼女の傷を癒し、衣服を正してやって、必要の部屋を出る。

そしてもう1度、彼女に杖を向けた。

「インペリオ」
「……」
「私たちはここで挨拶を交わしただけだ。さあ、寮に戻って」

ノーネームは服従し、夢見心地に頷いて、寮へと消えていった。

――次の日。

昨日の出来事は嘘かのように、ナナシ・ノーネームは廊下で友人と談笑していた。

「あっ。リドル先生、こんにちは」

ノーネームの隣の女生徒が頬を赤らめながら挨拶してくる。ああ、イベントの度にカードを送って来る……こいつと仲がいいのか。

「こんにちは」

挨拶を返したあと、ノーネームに目を合わせてやる。
昨日まで彼女の気持ちに気づいていなかったので、今まで彼女がどのように自分に接していたのかが気になったのだ。

「……こんにちは」

彼女は目を逸らし、素っ気なく挨拶を返した。頬を赤らめもせず、慌てもしない。あの、あたたかな感覚を微塵も感じさせやしない。
違和感を感じつつも足を止めるわけにもいかず、そのまま2人から離れる。

異常な程のシャイだったのか?

つまらなさを感じて思考の中から彼女が消えていく。そのまま、彼女との昨晩の出来事など頭から消え去る筈だった。

――しかし。
ノーネームを見かけるたびに自分の中で彼女の存在感が増していく。

ナナシ・ノーネームは明るく笑う、友人の多い生徒だった。大広間では周りとじゃれ合いながら食事を摂り、授業の前は教師が入ってくるまで隣と話している。イベントのときは輪に入って楽しそうにはしゃぐ。

……そんなところ、俺が近くに居るときは一欠片も見せないというのに。

闇の魔術に対する防衛術の授業では目立たない席に座る。他の教師には笑顔を見せるのに、自分には相変わらず素っ気ないまま。照れ隠しかとも思ったがそれにしては度が過ぎているし……むしろ怯えているようにさえ見える。目が関わりたくないと物語っていた。

本当に俺のことがすきなのか?
やはりあれは、保身の為の嘘だったのではないか?

違和感は蓄積し、疑念へと変わった。

丁度あの日から1年が経とうとした頃。実習の授業の合間に彼女の下手くそな杖さばきを見て、ふと思いつく。

……ちょっとした悪戯だ。深い意味は無い。

「ミス・ノーネーム」
「!」
「私が相手をしよう」

ノーネームは目を見開いて固まった。ペアの友人に背中を押されて、やっと教室の真ん中にやって来る。各々呪文の練習をしていた生徒たちは、教師が杖をとったことに興味を惹かれて目を向けた。彼女の緊張は更に高まっていく。

今まで散々避けてきたというのに、どうして声を掛けられたんだろうね。
……それは君が先に、俺に入り込んできたからだ。

がちがちになった体と精神で唱えられた呪文は無残なものだった。

「……居残りだね、ミス・ノーネーム」

約束の19時ピッタリに彼女は扉をノックした。本来ならどうぞと返すだけだが、わざと自ら招き入れて、肩を抱く。

その怯えた顔。君が必要の部屋に入ってきたときを思い出す。

もう少しだけつついたら、ぼろを出すかな?
手を重ねて。耳のすぐそばで囁いてやる。

……耳が赤い。ううん顔もだ。重ねた手も熱いし、微かに震えている。

ああ、やっぱり――俺のことがすきなんじゃないか!

「こんなに体を寄せたら、意識してしまうかな?」
「……平気です。何とも思いません」

嘘を吐け。俺は知っている。お前が俺に全てを捧げようとしたことを知っている。

更に体を寄せてやれば――ほら、その反応。すぐに音を上げる。それでも許してやらずに抱きしめて、首元に顔を埋め、体を押し付けてやれば。ノーネームはびくんと跳ねる。秘部を撫でてやったあのときと同じ。どうやら彼女は、敏感であるらしい。

「次回は明後日の19時」

逃げるように部屋から飛び出す彼女の足音を聞きながら、笑みを深める。

やはり今までの態度はただの照れ隠しだったのだ。
こうなったら去年の様に心を曝け出すまで追い詰めてやろう。素直にさせてやる。もう1度、すきだと言わせてやる。

「リドル先生」

2日後の昼休憩の時間。
大広間から出ようとすると、ミネルバ・マクゴナガルに声を掛けられた。グリフィンドールの優秀な監督生だ。このままいけば首席もとるだろう。

「珍しいね。どうしたの?」
「ナナシ・ノーネームについてお聞きしたいことが」

……何故マクゴナガルが俺に彼女の話題を。

動揺はしたが、それを表情に出すようなミスはしない。至って不思議そうな顔を取り繕う。

「? どうぞ」
「彼女が私に武装解除術を教えて欲しいと懇願してきたので教えました」

――ノーネームが、マクゴナガルに? 俺が授業をつけているというのに?

「今日の居残り授業を避けたいらしく、それまでに習得しようと励んでいました」

そこまでして、俺を避けたいのか。

憤りが腹の底でふつふつと沸き始める。

「前回ナナシにどう指導されたのですか? 確かに彼女のセンスは乏しいですが、この2日で何度か成功できるまでは力があります。それに今日は何をされるご予定なのですか? あんなに避けようとするなんて……」

訝るような目でこちらに質問するマクゴナガルに鬱陶しさが募り、瞳の色が変わりそうになるのを抑えて。得意の演技を披露する。

「――ノーネームは良い友達を持ってるんだね」

予想外の台詞だったのか、マクゴナガルはきょとんとした顔をした。

「私のことを疑ってるんだろう……? 参ったね。彼女の個人的なことだから他言すべきではないんだけど……君なら知っていてくれた方がいいかもな」

微かに距離を詰めて、声を小さくして、いかにも秘め事であるかのような演出をする。

「……何だと言うんです?」
「前回ね。伝えたんだ――このままだと、闇の魔術に対する防衛術はOWLで酷い成績になるだろうって」
「――は」
「まあ他の科目で頑張ろうかって伝えたんだけど、どうやら彼女は将来の為にも私の教科は諦められないらしくて……相当ショックを与えてしまったんだ。私がもう少し言い方を柔らかくすれば良かったんだろうけど、彼女の為にもはっきり言ってあげた方がいいかなって……でもまさか、泣くなんて」
「……」
「えっと……指導なんてできない状態になってしまったから、その日は帰したんだ。それで今日に仕切り直した訳だけど……うぅん、ノーネームは私に会うのが気まずいみたいだね」

空笑いをしながら「それはこちらもなんだけど」と付け足す。そして少し申し訳なさそうに眉を寄せてみれば、マクゴナガルは半信半疑の様な表情を僅かに崩した。ひとまずは納得したようだ。

嘘など、息を吐くのと同じくらい簡単なこと。

「そうだったんですか……」
「うん。だから、君が良ければ彼女の力になってあげて。私もできることはするつもりだ。この科目の担当だからね」
「分かりました。失礼致しました」

グリフィンドールのテーブルに戻っていくマクゴナガルを見送ると、その少し先にノーネームが見えた。我々が自分の話をしていたことには全く気が付いていない様子だ。

友人に見せる惜しみない笑顔に、先程抑えた憤りが蘇る。

大広間から出て、緩やかに、でも確実に歩くスピードを速めた。

――何故、嫌がる? 他人に教えを請うほどに、何故。
あの日、体を寄せたことに戸惑っているのか。去年は俺の体を受け容れたくせに。

……俺のことを嫌っているのか。……俺のことが、すきな、くせに……。

苛立ちを抑えながらの授業の終了後。教室を覗く元凶……ノーネームに気が付く。他寮の下級生の授業だ。彼女が自分を訪ねているのは分かりきったことで、それに少し気分が良いような、何を言いに来たのか考えると苛立ちが募るような――兎にも角にも、質問に来た生徒をさっさと切る。

「お待たせ」
「!」

わざと近くに寄ってから声を掛けてやれば、ノーネームはおそるおそる視線を合わせてきた。その仕草と彼女の油断に、加虐心が湧き上がって来る。このままその無防備な唇に噛みついてやりたい。

何、その驚いた顔。そんなので隠れていたつもりだったのか。

「どうしたの?」

慌てて距離をとる様子が小動物の様でクスリと笑んでしまうと、唇を結んで軽く睨んでくる。

「武装解除術、見て欲しいんです」

ああ。やはり、それか。

「19時って言っておいたと思うけど?」

マクゴナガルの言葉が頭の中に響く。

『今日の居残り授業を避けたいらしく、それまでに習得しようと励んでいました』

「はい。でも今できれば居残りしなくてもいいですよね」

……随分、挑発的な物言いをするな。

嫌なんだね、俺の部屋に来るのが。

ナナシ・ノーネーム。

君、本当に。

――――気に入らない。

「エクスペリアームス!」

真っ直ぐに飛んできた彼女の魔法を、無言で弾き返す。こんなことは動作の無いことだ。しかし弾いたときに感じた術の威力。2日前とは段違いに成長している。

あんなに下手だったのに、どうしてここまで成長できた?

――俺を避けるため――――?

「そんなに嫌だった?」

怯えながら部屋に訪れたノーネームの逃げ場を無くして、デスクに追いやる。

答えろ。俺を見ろ。

「それは……先生が……」
「私が?」
「へ、変なこと……したから……」

覚えてないの? 君ができることはないかと聞いてきたんだ。

ノーネームの服を乱し、まだ成長途中であろうその柔らかな膨らみに触れる。

「っ、や……」

初めて口にされた拒絶の言葉に耳を疑った。信じられない。だって君が言ったんだろ。何されてもいいって。

――拒むな。こんなに俺を求めて、濡らしているくせに。

……あんなに、俺を受け容れようとしたくせに。

「やだぁ、ぅあ、あ」

――嘘を吐くな!

夢中でノーネームを追い詰める。あの日、与えてやらなかった快楽を味わわせてやる。君はここに触れられると喜んだ。嬉しいだろう?

甘い声で啼きながら絶頂を迎えたノーネームは体を仰け反らせて厭らしく揺れた。露わになった白い首筋が無性に欲しくなって、甘噛みする。本当はもっと強く噛んで、痕をつけてしまいたい。

「なんで、は此方の台詞だ。どうして君は俺を拒む?」

……拒むくらいなら、どうしてあのとき、俺にあの感覚を与えたんだ。

『リドル先生が、すきです』

あの言葉が、触れた温度が、真っ直ぐな視線が。
こびりついて離れない。

――――君を欲してしまう。

「そのくせ、何故誰にも言わなかった? 嫌なら友人にでも教師にでも言えば良かったろう? 何故1人でのこのことやって来たの?」

中途半端に監督生に頼って。責任感の強い監督生のことだから、詳細を話せば力になってくれたことだろう。何故、俺を追い詰めない?

……縋ってしまうだろ。君が俺のことをすきである可能性に。

「……先生が、ホグワーツにいれなくなっちゃうと、思った」

『言わない。誰にも言いません。先生がホグワーツにいれなくなっちゃうなんてこと、しません』

1年前の悲痛なか細い声が、呼び起こされる。

顔を上げ、ノーネームの顔を覗き込んだ。

「……リドル先生、どうしちゃったの。どうしたいの?」

1年前と、同じ台詞。

「覚えているのか」

覚えているなら何故、俺を拒む?

しかしノーネームは、何のことやら全く分かっていない様子だ。

やはり記憶は消えている。それならばこの違いは何だ? あのとき何か起こったのか?
ならば見せろ。そして、思い出せ。思い出してくれ。

俺に全てを捧げたあの日を――。

「レジリメンス」

……開心術で、自分が封じたノーネームの1年前の記憶を引き出す。

彼女の中に1年前の感情が蘇る。

それに包まれて、うっとりと酔いしれる。

――すき。リドル先生。先生なら何をされても、いい――。

ああ、これだ。
やはりノーネームは自分を愛していた。

――1年生のとき、男子から揶揄われていたところに助け舟を出してくれたこと。日々の授業。ささやかな挨拶。2年生のとき、クィディッチの試合の帰りにぶつかられて謝られたこと。3年生のとき、初めてのホグズミードだと友人が言ったら、わたしにまでバタービールをご馳走してくれたこと。実技試験がダメダメで、困ったように笑われたこと――。

ノーネームの中に、自分との思い出が大切にしまい込んである。触れるたびに甘く切ない温度が自分を充たしていく。

心地良い。もっと。

もっと。

”聞きたくなかった”

しかし、自分の一言が彼女の心のあたたかさを奪っていく。胸に突き刺さるような痛みが走る。なんて、くるしい。酷い痛みだ。

――先生が拒むなら――いらない――――。

ローブの中で握り締めた杖を自分に向け、彼女は呟く。

(オブリビエイト)

……ああ、ノーネーム。俺のために。

お前は、俺のために自分の記憶と想いを消したのか。

こんなに傷ついても、君は。
俺のことを愛し、俺のことしか考えていない……。



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