居残りC*

その日、リドル先生の様子がいつもと違っていた。

朝食に来なくて、授業のときの笑顔が少なめで、昼食はもう少し食べる筈なのにパンとスープを摂ったらさっさと大広間を出て。廊下でやんちゃしている生徒をいつもなら笑って嗜めるのに、何も言わずに横を通り過ぎていた。

ずっと先生を見てきたからわかる、些細なところ。

わたしはリドル先生のことが好きだった。
1年生のときに意識して、憧れて、2年生になって男の人として好きなのだと自覚した。ホグワーツに来てから好きになったのは先生だけだった。

でも先生のことを好きなのはわたしだけじゃない。わたしなんかよりずっと綺麗な先輩や可愛らしい後輩、たくさんの女の子が先生に恋してる。ごく普通のわたしが彼を好きであることは傍から見たら滑稽な気がして、わたしは皆が口にするようなリドル先生への想いの言葉を言えなかったし、クリスマスやバレンタインに贈り物をするなんてとてもじゃないけどできなかった。
それに、彼にファンクラブの一員として見られるのが、この想いを大勢の中の1つと思われるのが嫌だった。勿論そうであることはちゃんと認めている。これはただの悪あがきだ。

兎にも角にも、密かにリドル先生のことを見つめることにしていた。

そんなわたしが感じた違和感。
少し余裕が無いような、心が波立っているような。
今まででこんな様子は見たことが無い気がした。

しかしわたしに何かができるわけでもない。いつもより食欲が無いようですけどどうしたんですかなんて言ったら引かれてしまうのがオチだ。
彼を煩わせる何かが無くなればいいと祈りながら、その日を過ごし終える。

筈だった。

シャワーの後、友人たちと天文塔で星を見ながら女子トークをして、消灯時間が近かったこともあり行きたいと言い出したわたしだけがトイレに寄った。

「!」

その帰り道、リドル先生を見つける。

反射的に隠れてしまって。別の道から寮に戻ろうかとも思ったが、やっぱり気になって、そうっと壁から覗いて様子を窺ってみる。

先生は石壁の前を行き来するように歩いていた。

――すると、驚くことに石壁に扉が現れる。

この廊下にあんな扉、見たことが無い。

もしかして……”必要の部屋”?

本当に必要なときにだけ現れて、求める人の欲しい物が備わっている部屋だと、以前ゴーストが話していたことが思い出される。

リドル先生は慣れたようにその扉の中へ入って行った。

もし、必要の部屋なら、先生は何を必要としているのだろうか。
……今日の様子に関係あるのかな。

扉はどんどん小さくなっていく。
この先に行きたいという気持ちがどんどん大きくなっていく。

わたしには珍しく、悩むよりも先に体が動いて。
気が付いたら扉の中に飛び込んでいた。

まず認識にしたのは揺らめく影。その部屋は松明に照らされていて、その揺らめきに合わせて部屋にある物の影が揺れていた。
壁際の本棚には何百冊もの本がびっしりと詰まっていて、その他の棚には見たことのない道具が並んでいる。呪文の練習にピッタリな人型の的や大きなクッションが雑多に転がっていて、部屋の真ん中には本を読むのにピッタリなソファとローデスクが置かれていた。

先生はソファの手前に居て。
ゆっくりと、こちらに振り返った。

先生の瞳に射抜かれて、まるで石化呪文を掛けられたかのように体が固まる。

瞳が、赤い。

「……どうしてここに?」

リドル先生が、好きな人が、真っ直ぐにわたしに問い掛けているのと。
危険な赤に、全身が警報を鳴らしているのとで。

わたしの頭はぐちゃぐちゃだ。

「ミス・ノーネーム」

名前を呼ばれて、やっと我に返ることができた。

「……先生、様子がおかしかった、から」
「それで追いてきたの?」

1歩1歩、先生がこちらに寄る。
そのペースの半分にも満たない速さで、わたしは半歩ずつ後退る。

「ちがう、見つけたのは偶然です……でも、だから、ここに飛び込んで、しまって」
「流石。勇猛果敢なグリフィンドールだね」

あと2メートル程という距離まで詰めてから、先生が片腕を上げた。その手には杖が握られている。

「実に鬱陶しいよ」

その言葉には敵意が溢れていた。ショックで頭が真っ白になりながらも向けられた杖先に制止の声を上げる。

「やめて、先生」

リドル先生はわたしが先生を追い詰める為にここに来たのだと思っているのだろう。
わたしは両手を軽く上げ、こちらからは何もしないという意思を見せた。先生の杖は下がることはなかったが、今にも何かを唱えそうな口は閉じられる。

「……リドル先生、どうしちゃったの。どうしたいの?」

何が先生を乱すの。
どうすれば先生は充たされるの。

「君に言ってどうなる?」

聞いたことのない冷たい声。怖いけど、でも。

「わたしにできることはないですか」

先生の綺麗に整った眉が片方ピクリと動いた。

「ここは、必要の部屋でしょう? 先生が何かを必要としてるなら、わたし、手伝います」
「どうして?」

軽く頭を傾げるその姿が色っぽくて。
こんな状況だというのに、ときめいてしまう。

「どうして君は俺を手伝いたいの?」

いつもと違う話し方が危険を孕んでいて。
誰も知らない先生を目の前にしているのだと、嬉しくなってしまう。

回らない頭は正直な気持ちしか出てこない。

「……すき、だから……」

言ってから、自分の言葉が自分の鼓膜を振動させてから、はっとした。
顔がどんどん熱くなっていく。

表に出さないって決めてたのに、本人に言ってしまうなんて。それも、言い訳するみたいに。

始め、わたしの言葉に先生は訝るように眉を寄せた。けれど赤くなっていくわたしを暫く観察して、面白いおもちゃでも見つけたような顔をする。

「へぇ。じゃあ鎮めてよ」

何を、と思ったときには杖を振られて、わたしの体はソファに叩きつけられていた。その衝撃に呻いていると、いつの間にか傍に来ていた先生にソファから落とされ、代わりに彼がそこに座る。

ソファに座るリドル先生と、その前に跪くわたし。
わたしを見下ろす先生と、先生を見上げるわたし。

「俺を、鎮めて」

カチャカチャとベルトを緩める音に、唐突にこの体勢の意味を理解した。

「……っ」

衣擦れの音が妙に耳に響く。ああ、本当に、目の前に先生の性器が現れた。男性のものをこんなに間近に見るのは初めてで、しかもそれはリドル先生のもので。心臓が飛び出てきそうなほど喚いていた。
どうすればいいかわからずに固まっていると、頭を掴まれ性器を顔に押し当てられる。頬に擦りつけられ、その感触と男性の香りで脳がくらりとした。

「俺のこと、すきなんだろ?」

そんなこと囁かれたら、おしまいだった。

先生に求められたことをしようと、手を添えて恐る恐る舌で舐めてみる。こんな行為、存在を認識しているくらいで知識なんてなくて、合ってるのか間違ってるのかわからないけど、少しずつ手の中で大きくなっていくそれに合ってるのだろうと手で擦りながら懸命に舐め続ける。

しかしどうにも焦れったかったらしく、先生はわたしの口に人差し指と中指を突っ込んで。

「っうぐ」
「ほら、頑張って……」
「! あ゛」

そのまま無理矢理に口を開いて性器を入れてきた。一気に喉まで貫かれ、えずきそうになるのを抑えながら必死に咥える。

「舌使うの忘れてる」
「……っえ、……んぅ……」
「ん……そうそう」

……授業みたい。
教えるような先生の物言いに、夢見心地にそんなことを考える。

暫く言われるがままに行為を続けて。先生の息遣いが少し荒くなったのを感じ、その表情を見たくなってしまった。頭を引いて顔を上げてみると、うっすらと赤らんだ頬と濡れた唇が見えて、そのあまりの艶っぽさにお腹の下の方がきゅんと疼く。

「う゛」
「もう、いい」

表情を覗いたのが気に障ったのだろうか。
先生はわたしの頭を両手で抑えて、動かないようにした。

このような行為が初めてでも、男性が達するとどうなるかくらいは知っていた。彼を満足させられなかったのだと気持ちが沈んでいく。

――しかし、先生はわたしに技術を求めていたわけではなかったようだ。

「!! ん゛、ぅぐ、っ、〜〜」

先生は自ら腰を動かして、わたしの咥内を侵し始めた。
喉に目掛けて何度も打ち付けられて、呼吸のできない苦しさと顎の痛みで、生理的な涙が垂れる。まるで膣を侵すかのようなその動きに、頭がいっぱいになる。

いたい。くるしい、のに。こんなに酷いことされてるのに。

先生だから、嫌じゃない、わたしがいる。

何も考えられなくなってきたところで、打ち付けるような動きがぐりぐりと擦りつけるようなものに変わって――咥内で性器がびくびくと脈打った。喉に、どろりとねばっこく熱い液体が絡みつき、反射的に咳き込む。液が口から溢れてしまう。

「――こら」
「んむ、」
「吐くなよ……」

口を塞がれ、顎を持ち上げられ、上を向かされる。呼吸も疎かなままにそんなことをされて一瞬意識が遠のいたけど、懸命に先生の液を嚥下すれば手は離れていった。その隙に、涙やら唾液やら精液にまみれた顔を拭いながら、呼吸を整える。

しかし休憩なんてほんの数秒で。

今度はソファの上に引き上げられて、下の服へ乱雑に手を掛けられた。寝巻用のスウェットなんてあっさりと取り除かれ、下着が丸出しになる。その先を察して、わたしは口を両手で覆った。

これから先生と繋がるのだろうか。

思い描いて、その度にあり得ないと切なくなった。
想像よりも苦くて冷たいものだけど……ずっと好きだった、リドル先生と。

「終わりだと思った?」

彼からは怖がっているように見えたのか、意地悪な笑みを浮かべてくる。そして遠慮なしに、下着を取り去られた。いくら憧れていたとしてもやはりそこを見られることは抵抗があり、脚を閉じようとする。しかしあっさりと膝を折るように押さえつけられてしまう。お腹を撫でてもらおうとする動物のような格好だ。羞恥心で顔を覆うと、割れ目を辿るように指先でなぞられて、背中が浮いた。

リドル先生の、白くて長い、綺麗な指が、わたしに触れて、いる。

「こんなに濡らして、やらしい子」
「ひ、」
「……」
「〜っあ、ぅあっ」
「ここ、好きなんだ?」

探るような手が肉芽に触れると、自分でも驚いてしまう程の甘い声が漏れ、体が跳ねた。制御できない。それを見て、おもちゃで遊ぶような顔でそこを集中的に攻められて、初めての快感に溺れてしまう。

しかし彼にわたしを喜ばせる気はなかった。何の脈絡もなく指を中に挿れられ、鈍い痛みが走る。

「い゛……」
「こっちも初めてか」

具合を確かめるように奥まで指が入ってきて、ぐりぐりと押し拡げるように動く。それに合わせて水音がたつ。しかし濡れているといえど誰にも侵されていなかった領域はピタリと閉じられていて、指を2本入れるのが精一杯のようだ。

「……でも、優しくしてあげるつもり無いんだよね」
「!」

入り口に先生の性器をあてがわれ、体が硬直した。最初とは比べ物にならないくらい熱かった。

「押し入るよ」

本当にリドル先生と。

怖くないと言ったら嘘になる。
でもこれで先生の気持ちが治まるのなら、別に良かった。

そこに愛が無くてもいいと思えるくらい、わたしは先生のことが好きだ。

むしろ、初めてを先生に捧げることができて、嬉しいくらいだった。

「……嫌がらないんだ?」

意外にもまっすぐこちらを見つめて、すぐに動かないものだから、コクンと頷く。先生の目は瞼に少し隠されていて、処女のわたしを面倒に思っているように見えたし、嫌だと喚いても犯してやると思っているようにも見えた。

「痛いと思うよ」
「……先生が、すきだから……」
「……さっき聞いた」

呆れたような声色。ずきんと胸に痛みが走る。

きっと好意を貰い過ぎて何とも思わないんだ。わたしの想いなんて大勢の中の1つ。ずっとそれを避けるために誰にも言わずにいたのに、本人に打ち明けて、あっさりと他とまとめられてしまった。

――それでも、もう1度、きちんと伝えたい。

「っ、」

先生が少しずつ入ってきて、痛みに眉を寄せながらも言葉を紡ぐ。

「……さっき、は、言い訳みたいで……っ、やで……」
「ふうん?」
「1年生の、ときから、」

先生が軽く目を見開いた。
侵入する速度が弱まる。それが逆に痛みを感じさせたけど、耐える。

「リドル先生が、すきです」

赤い瞳が綺麗だと、涙で滲んだ視界の中でも、思った。

「だから……先生になら」
「……」
「なに、され、ても、」

先生の動きが完全に止まって。

瞳の赤が濃く、色味を増す。

「犯されても、殺されても、いいって?」
「……はい」

正常な状態だったらたじろいでいたかもしれない。しかし熱に浮かされていたわたしは、迷うことなく返事をした。本当に、今、先生になら殺されてもいいと思ったのだ。

一瞬、先生の瞳が揺れる。
それは、わたしの言葉に怯んだように見えた。

「……黙れ。嘘吐きめ」
「う」

突然。
言葉を塞がれるように首を抑えられて。その手の力は少しずつ増していく。息が止まるほどではないが苦しさに目を瞑ると、ぽろりと涙が零れた。

1度零れると、どんどん溢れてくる。

そんなこと、言わないで。
この想いを嘘だなんて言わないで。

「――興が醒めた」

冷たい声と、おそらく半分ほどしか入っていなかったそれを引き抜かれたのとで、目を開けると。

真っ直ぐに杖を向けられていた。

「……何する気、」
「記憶を消す」
「どうして」
「いけないことしてるって、わかるだろ?」

わたしとリドル先生は、生徒と教師だ。わかってる。まるでレイプのような行為。いけないだなんてわかってる。

――でも、忘れるのは嫌だった。

諦めていた恋が、たとえ冷たいものだとしても色付いたことを、忘れたくなかった。

「言わない。誰にも言いません。先生がホグワーツにいれなくなっちゃうなんてこと、しません」

邪魔なんてしない。無かったことにできる。
だから、今日の思い出くらいわたしに残してほしい。

しかし先生は嘲るように口角を上げた。

「それだけじゃない――聞きたくなかったんだ、君の気持ちなんて」

ぐわんと脳が揺れる。見えない何かで殴られたようだった。

”聞きたくなかった”

無情な言葉が胸に突き刺さり、木霊する。

「だからまた、胸の内に留めておいて」

そう言って目を細める顔はとても優しくて、ぎうっと心が締め付けられる。

酷い人。
それなのに嫌いになんて少しもなれない。

……記憶を消しても、きっと恋心は残る。

先生が拒む感情なんて、いらない。
忘れたい、今までの想いを全部。

消したい。

手をローブのポケットに入れ、杖を探す。大きなポケットの奥底に落ちていた筈なのに、杖はわたしの想いに応えるように手の中にやってきた。

(オブリビエイト)
「オブリビエイト」

わたしの呟きと、先生の唱えは同時だった。



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