居残りB*
……怒らせちゃったよね。
よくよく考えれば、わたしができないから授業をつけてくれてるのに。生意気な態度をとって。
リドル先生のあんな顔、見たことなかった。いつも爽やかで、どんな悪ガキも余裕で窘めて、叱り方だって悪い印象を持たせない。
そんな人を怒らせるなんて……。
「はぁ」
目の前に豪華な夕食が並べられているというのに、またもかぼちゃジュースを啜って落ち込む。そんなわたしを見かねて、友人が声を掛けてきた。
「ナナシ、どうしたの?」
「……また居残り」
「え〜! いいなあ、私も失敗してみようかしら」
「わざとじゃないもん……」
あまりにもリドル先生の居残りを嫌がるわたしに、友人は不思議そうに軽く眉を寄せる。
「ナナシったら、1年くらい前までリドル先生のこと好きそうだったのに」
「え?」
「よく目で追ってたし、先生と話せたら嬉しそうにしてたけど。もしかして照れてるの?」
「いやいやいや」
まっっったく身に覚えがない。
他の人と勘違いしてるんじゃなかろうか。
友人の発言に悶々としているうちに、処刑時刻の19時がやって来る。
やけに扉が大きく、重く見えるものだ。
「今晩は。ミス・ノーネーム」
今日も先生はノックに返事だけを返すのではなく、わざわざ扉を開けてわたしを招き入れた。その手には杖が握られている。さっき着ていたアーガイル柄のカーディガンは脱がれて椅子にかかっていた。
……さっきのピリリとした空気は纏っていない。
ちゃんと来たし、もう怒ってないのかな?
「さ。もう1度見せてごらん」
部屋の奥に配置された先生のデスク。そちら側へわたしを誘導すると、先生は杖を構えた。
ひとつ息を吸って、意識を集中させる。
「エクスペリアームス!」
先程よりも上手くいかなかったが、今度は撥ね返されなかった。弱々しくも先生の杖はパチンと弾かれて、彼の足元に落ちる。
「すごいね」
杖を拾い上げ、先生はこちらに歩み寄りながらわたしを褒めた。
カチリ。単純に嬉しくて出そうになった微笑みは、彼が魔法でドアの鍵を閉めたことにより引っ込んでいく。
どうして、鍵……。
あれ?
奥にいるから、逃げ道が無い、かも。
「そんなにここに来るのが嫌だった?」
おかしいと思ったときにはもう遅かった。
先生は昼間の恐い空気を纏っていて、わたしをどんどんデスクへ追い詰め、退路を塞ぐ。
聞かれたくなかった質問に何も言えずにいると、またも口を開いて追撃してきた。
「監督生に教えを請うて、2日でここまで上達するくらい?」
監督生。
ミネルバに教えて貰っていたことを知ってる。
「どうして、」
「こちらが質問しているんだよ」
ああ、やっぱり、怒ってる……。
いつのまにかわたしは踵がデスクに付くくらい追いやられていて、目の前で杖を回す背の高い先生を見上げていた。
その距離の近さに顔が熱くなる。
「そんなに嫌だった?」
「それは……先生が……」
「私が?」
「へ、変なこと……したから……」
「変なことって何?」
あまりにも、脚がくっつきそうなくらい距離を詰めてくるものだから、少しでも離れようとしてデスクに乗り上げてしまう。
「何を、考えたの?」
「……な、何って……、」
そんなわたしを閉じ込めるようにデスクに両手をついて、質問を重ねる。先生の顔は目の前だった。
既にこの状況が変なことだ。
恥ずかしくて堪らなくて、目に先生を映していられなくなって、俯こうとする。
「わ?!」
それを遮るようにデスクへ押し倒されて。視界は先生と少しの天井に埋められた。
先生の瞳が赤い。
あの日と、同じ。
それに体が固まった隙に両手首を頭の上に押さえられる。その拍子に杖を落としてしまった。更に先生に杖を振られ、両手首はデスクに貼り付いてしまう。
「な……っ、解いて、……?!」
するりとネクタイをほどかれて言葉が出なくなった。そのまま杖がたどると、シャツのボタンがプツプツと外れていく。
何してるの、先生。
どんどんエスカレートしていく行為にわたしの余裕は完全に失われる。
「こういうことされるって、思ったんだろう?」
はだけたシャツの合間から先生の手が滑り込んでくる。素肌に触れられ、体がピクンと跳ねた。手から逃げるように身を捩るも無意味だった。欲を誘うような手つきで撫でられ、その感触と困惑で呼吸が乱れる。
「!」
パチ、と。ついにはブラジャーを外されて、胸を覆っていた締め付けがなくなった。先生の手に乳房を包まれ、指が突起に触れた瞬間体が跳ねてしまったことに大きな羞恥が込み上げてくる。
「っ、や……」
「嫌?」
先生は、まるでわたしが嫌と言っているのが信じられないと言うかのように語調を強めて聞き返してきた。
そして今度は。つうっと、太腿を先生の杖が伝っていく。そして易々とわたしのスカートの中に入り込んだ。まさかそこまで、と甘いことを考えているうちに下着に杖が引っかかる感覚に息が止まる。
「やだ、先生、」
そのまま杖を下に引かれれば、するすると下着は脚を滑って。膝を過ぎてしまえばパサリと床に落ちる。
下着を失い秘部が外気に触れるスースーとした感覚は、杖を失ったときと似たような不安を引き起こした。何も術がない。
脚を持ち上げられ、血の気が引いていく。
「う、うそ、いやっ! やめて!」
抵抗なんて無意味に終わり、無理矢理に脚を開かされ、みっともない格好にされる。先生の目からはわたしの秘部が丸見えだろう。あまりの恥ずかしさに涙が滲む。
先生の指先がゆるゆると入り口を撫でて。そして浅く指を入れられ、3回ほど掻き回された。まだ進めると判断したのか、そのまま深くに入り込んでくる。
男の人にこんなことをされるのは初めてで、そんなとこを触れられるのは初めてで、こんな格好をさせられて。
嫌。怖い。恥ずかしい。
……それなのに、先生にほぐす様に触られて、痛いどころか痺れるような甘い感覚に支配されていく自分がいる。
くちくち、と立った音に自分が濡れてきてしまっていることがわかって、情けないやら悔しいやらで涙がぽろりと溢れた。
「蕩けてきたね」
「……っ、な、なんで、っ」
「ん……?」
「っ、ぅあん」
ふと入り口の上――肉芽をぐりっと擦られると、自分では無いような甘い声が漏れる。
「うぁ、あっぁ、や、そこ、」
そのまま突起を潰すようにぐりぐりと捏ねられ、脳天が痺れる。まるでわたしがそこが弱いことを知っているかの様な手つきだった。
相変わらず別の指は内部を掻き回していて、上手な愛撫に頭が機能しなくなっていく。快感に思考が奪われていく。
おかしい、こんなの、ぜんぶ、おかしい。
「やだぁ、ぅあ、あ」
「――嘘」
「ひゃぅ、っ、ゃめ、へんに、な、」
顔を寄せられ、至近距離で囁かれる。
「変じゃない……君は、女なんだ」
形の良い唇がスローモーションのように動いた。
女。
生徒と教師という壁を、あっさりと取り払われてしまった。わたしとリドル先生は今、男と女になってしまった。
「……! ま、まって、せんせ、ぇ、っ」
先生の手の動きが弱いところを執拗に攻め、速さが増していく。それによる快感は何かにぶつけないと耐えられなくて、でも手首を拘束されているからしがみつくところがなくて、手を握っては引き延ばしてを繰り返して必死に堪える。
しかしそんなものは気休めで、わたしは瞬く間に追い立てられた。
「ひぅ、あぁっ」
あたまが真っ白になって、快感に体が仰け反る。股間がびくびくと痙攣して、内部が収縮するのがわかった。正常に呼吸できなくて、肩を揺らしながら荒く酸素を吸う。
これが、イく、ってこと?
そう分かったとき、全身の血液が顔に向けて走ったかのように顔が熱く燃えた。壊れたように涙がぽろぽろと出てくる。
「ぅ、ふぇ、な……なんで……ひぁっ」
「なんで、は此方の台詞だ。どうして君は俺を拒む?」
仰け反ったときに露わにしてしまった首筋を甘噛みされ、高い声が出てしまう。先生は私の首に唇を押し当てたまま言葉を発した。唇の動きがダイレクトに伝わって、それにも感じてしまい体をもぞもぞと動かす。
わけがわからなかった。
どうして拒んじゃいけないの?
どうしてわたしが嫌がることがおかしいの?
「そのくせ、何故誰にも言わなかった? 嫌なら友人にでも教師にでも言えば良かったろう? 何故1人でのこのことやって来たの?」
それ、は。
自分でもおかしいと思うけど。
「……先生が、ホグワーツにいれなくなっちゃうと、思った」
先生が苦手なわたしにとっては都合がいい筈なのに。なのにわたしは、先生を追い詰めることができなかった。そうしちゃいけないと思った。――否、そうしたくないと思った。
先生は顔を上げ、わたしを覗き込んだ。何か不可解なことでも聞いたような顔をしている。
「……リドル先生、どうしちゃったの。どうしたいの?」
わたしの言葉に、先生はその綺麗に整った眉を寄せた。
「覚えているのか」
「え……?」
何を、という顔をするわたしに先生はより一層眉を顰める。しかし少しすると顔の緊張を解いて、ふうと溜め息を吐いた。
「……そんな訳がなかった。この俺が、記憶を消したんだ」
予想もしていなかった言葉に、時が止まったかのような感覚に包まれる。
記憶を、消した……?
理解できない自分がいるのとは裏腹に、それは1年前石壁の前でリドル先生を見たあの日の記憶ではないかと思考が行き着く。
「……思い出させてあげよう」
髪を掻き分けるように頭を掴まれ、固定される。キスをするような距離まで近付いて、先生の赤い瞳に吸い込まれる。
「心を開いて」
先生の杖がこちらに向いた。
「レジリメンス」
何の準備もできないうちに、入られる。
わたしの、わたしさえ知らない、忘れていた、封じていた奥底まで、先生が入り込んでくる。
1年前の、あの日の記憶が蘇ってきた。
[目次]