初体験*

初めてトムと肌を合わせたのは、恋人になる前だった。

いつも通り、トムのベッドでごろごろと寛いでいると、机に向かっていた彼が体をこちらに向ける。

「いい加減僕の部屋に居座るのやめてくれないか」
「どうして」
「優等生のリドルくんが自室に女を連れ込んでるって印象良くないだろ?」
「大丈夫! 都合の悪い人には見られてないし……トムなら口止めできるでしょ?」

その通りなので黙って苛立つ彼を尻目に、わたしは飄々と手元の本のページをめくり続ける。
溜め息が聞こえてくるけど気にしない。

「さっきから何読んでるんだ」
「エロ漫画」
「………………」

もっと反応があってもいいくらいのインパクトを与えた筈なのに返事がないな、と彼の方を見れば、南極よりもヒエヒエの、軽蔑の眼差しでこちらを見ていた。

「や、わたしのじゃない、回ってきたの! トムに似てる男の子が出てるんだって。でもわたしは似てないと思うこんなに優しくないぃぃったぁ!!!」

本を取り上げられ、頭の上に落とされる。
角が当たった痛みにもがくわたしから、トムは再度本を取り上げると、杖を取り出した。

「インセンディオ」
「あああああああ」

無残にも燃えカスとなるエロ漫画。
借り物なのに!

「痴女共め……」

フッと息を吐いて燃えカスを手からはらうと、忌々しそうに呟く。
トムとのラブロマンスを夢見て何人の乙女がその燃えカスを手にしたと思ってるんだ。

ふと、気になる。

わたし、トムの恋愛事情、ぜんぜん知らない。
1つ歳も上だし、もしかしたら。

「……トムって経験あるの?」

問いかけには何も答えず、トムはわたしの横に腰かけた。
彼の重みでベッドが沈んで、その振動が伝わってきて、少し緊張する。

「だから、その、そういう……」
「興味がない」
「え? ……よく、言い寄られてるじゃない」

見かければ隣に女の子がいるシーンはよく見かけた。
彼女たちの好意は丸見えで、トムさえ動けばあとは簡単だろう。
そういう機会は作れた筈。

「はぁん……さては意気地なしね?」

カチン、と音が聞こえた気がした。

「興味がない。2度も言わせるな」
「でも普通の男の子なら……あ、もしかしてトムってそっち?」

からかい続ければ、相当頭にきたのか両手首を押さえつけられる。

「やめてよ、乱暴者」

端から見れば、わたしがベッドに押し倒されているような体制だった。

「お前なんて、男に言い寄られたことも無いくせに」
「残念。ありますよーだ」
「あり得ない」
「失礼! キスまで迫られたんだから!」

ピクリと、トムの片眉が上がる。

「……したのか?」

あれはどうカウントされるかな、と少し考えていると、手首を掴む力が強くなったのを感じた。

「誰だ?」
「こわ……言わないよ」
「言え」
「積極的な分、トムよりは男前」

目を細めてこちらを見据える表情は、かなりの苛立ちを感じられた。

挑発しすぎたかも、と怯えていると。
手首に感じる重みが増す。

視界が暗くなったのは、トムの顔が近付いてくるから。

「、!」

気が付いたときには唇と唇が重なっていた。

ゆっくりと押し付けて、離れるだけ。
それを何度か繰り返される。

驚いて固まるわたしの隙を見て、今度は舌を割り入れてきた。
ゆっくりと歯をなぞって、わざと音を立てて、口内を味わうような濃厚なキスに、体の力が抜けていく。

キスの合間、彼は器用にわたしの両手首を片手に収めると、自由になった右手で、わたしのパジャマのボタンを下から外し始めた。

彼の手がお腹に直に触れて、体が少し跳ねる。

「どうした。止めてやろうか?」

離した唇を今度はわたしの耳に寄せて、挑発してきた。

「ほら……意気地な、し」

なんでまた、挑発し返しちゃったんだろう。
すぐに後悔する。

トムが耳に舌を這わせ始めたからだ。
舌は首筋に沿って、だんだんと下降していく。
彼の髪が敏感になった耳をくすぐって、肌が粟立った。

トムの右手はボタンを外し終えると、内側に着ていたキャミソールの中へ侵入してきた。

おへその下から、横腹を伝って、ついに胸に触れる。
最初は少しぎこちない動きだったが、次第にやんわりと弄り始めた。

「ナナシ……下着は?」
「だって、ん、パジャマ……」
「今までそんな無防備に男子寮を出入りしてたのか?」

はあ、と溜め息が首元をくすぐる。

と同時に胸の突起を摘ままれ、電流が走った。
じわじわと下腹部も疼き出す。

初めての感覚に戸惑いを隠せなかった。

わたしの反応を見て、彼は執拗にそこを弄る。
ついにはキャミソールをめくって、姿を晒した。

少し体を持ち上げて、まじまじと観察され、顔の熱が上昇する。

「やだ、見ないで……」
「……何故?」
「恥ずかしいからに、決まっ、あ!」

パクリと胸の突起を咥えられて、自分ではないような高い声が上がる。
そのままちゅうちゅうと強く吸われれば、もっと声を耐えるのが辛くなった。

もう抵抗しないと踏んだんだろう、トムはわたしの手首の拘束を解くと、今度は下のズボンに手をかけた。
締め付けの弱いパジャマ用なので、簡単に脱がされてしまう。

「ちょっと、」

制止の声なんて耳に入れず、彼は下着越しにわたしの秘部に触れた。
くちゅ、と水音がたち、自分が感じてしまっているということを思い知らされる。

「濡れているな」

トムは満足そうに呟いて、意地悪な笑みを浮かべた。

暑くなったのか着ていたシャツを乱雑に脱ぎ捨て上半身を晒し、ズボンのベルトを外す。
不本意ながらその妖艶さにときめいた。
細身だと思っていた体は、意外と筋肉がついていて、彼が”男”であるということを認識させられた。

「ほんとに、初めてなの?」
「ナナシが感じやすいだけだろ。淫乱」
「なっ……?! ぁ、や、」

下着を脱がそうとする腕を掴むと、目で離せと訴えてくる。
ぶんぶんと首を振れば、もう片方の腕でわたしの頭を撫でた。

「優しくしてやる」

そんな柔らかい声色、出せるんだ。

トムはわたしには猫を被らない。
孤児院時代を知ってるから意味がないのだ。
だから、こんな風に優しく語りかけられるのは初めてだった。

戸惑って緩んでしまったわたしの拘束を外すと、彼はするりと下着を脱がす。
そして1本、指を挿入した。

「力を抜け。呼吸するんだ」

トムの指示になんとか従う。
慣らすように中を掻き回され、痛みと快感が混じった感覚に、怖くなった。

しかし早々にもう1本指を増されて、痛みが強くなる。
全然優しくない。

本当に、この先に進む気なの?

挑発してしまったわたしも悪いのかもしれない。
でもなんで、突然。
わたしなんかに、こんなこと。

「ちょ、ほんとに、」
「五月蝿い」
「待って、心の準備、」
「もう待った」

少しの間、動きが止まる。
俯いていて表情は読み取れない。

「トム……?」

彼の頬に手を伸ばせば、こちらに目を向ける。
その顔は、少し、余裕がなさそうに見えた。

「僕は、ずっと……」

そっと、指の動きが再開する。

「あっ」

ふと、いいところに当たって、体が跳ねてしまった。
声が出てしまったことに驚いて、トムの頬から手を外して、口元を押さえる。

「……ナナシが欲しかった」

わたしが感じる場所を捉えたのか、指はそこを集中的に攻め始めた。

だんだんと痛みが和らいで、水音がより大きくなる。液が溢れてしまって、肌を伝っているのを感じる。
ときどき漏れそうになる声をとどめるのに必死だった。

指3本が入るようになり暫く慣らしてから、トムはゆっくりと引き抜いた。
そして、ズボンを脱いで、自身を晒す。
彼のものはもう大きく反りたっていて、辛そうに見える。

自分ばかり濡れている姿を見せていたから、彼の体も反応していたことに少し安心していたら。
秘部の入り口に先端を当てられ、体が硬直した。

「は、」

無理矢理深呼吸して、力を抜こうとするが、うまくできない。
そうこうしているうちに、トムが中に入ってきた。
自然に腰が逃げようとすると、トムは両手で腰を固定して、まずは浅い抜き差しを繰り返す。

そして少しずつ、奥へと進む。
指とは違う、強い圧迫感に涙が滲んだ。

「い゛っ……」
「我慢、できるか?」

なんとか頷くと、トムはわたしの反応を見ながら丁寧に体を動かした。
痛がったら動きを止めて、そこで慣らして。
我慢できていたら、先へ進む。

いつもあんなに意地悪なのに。
こんなときに優しいなんて、狡い。

自然と流れた涙を、壊れものを扱うように拭ってくれて、胸がいっぱいになった。

「!」

トムのものが、弱いところを擦り始める。
痛みよりも快感が強くなろうとしている。

「う、と、とむ」
「痛いか?」
「ちが、」
「……ここだな」
「ひ、」

わたしが感じ始めたことに気づき、弱いところに押し当てるような動きへと変わった。

与えられる快感に声が抑えられなくなるわたしを見て、トムは口角を上げる。
その表情、汗で額に張り付いた黒い髪がとても色っぽくて、つい見惚れてしまう。

視線に気づくと、彼は前屈みになってわたしについばむようなキスをした。

彼の重心が前に傾いたことにより、彼のペニスの先端が、奥を擦る。

「ん、っ……、うぅ」

余裕がなくなるわたしに構わず、トムはキスを続ける。
呼吸が乱れて頭が回らなくなっていくと同時に、彼の腰の動きは奥へと押し付けるようなものへと変わっていって。

快感で頭が真っ白になった。

「はっ……あぁ、あ」
「……くっ……」

達して、きゅうきゅうと締め付けるわたしの動きにのまれ、彼もつられる。
わたしからペニスを引き抜くと、お腹の上に欲望を吐き出した。

お互いの乱れた呼吸だけが聞こえる。

呼吸が整うと、トムはやんわりと触れるだけのキスをくれた。
それが甘くて、くすぐったくて、きゅんと胸が鳴く。

とろん、と力が抜けてしまったわたしの頭を撫でると、彼は起き上がってお腹を拭ってくれた。
そして、疲れたんだろう、わたしの隣に体を横にする。

小さなベッドで体が密着したので、スペースをあけようとしたら、引き寄せられて許してくれなかった。
そのままぎゅっと抱きしめられる。
汗ばんだ肌と肌が触れて、お互いが裸であることを思い知らされた。

トムと、しちゃったんだ。

黙りこくるわたしに、トムは掠れ声で囁く。

「他の女は、興味がなかった」

意外な台詞に心音が高鳴った。

興味がないって言ってたのは、そういうことだったの?
トムは、わたしを見ててくれたの?

「キス……誰としたんだ」

どうしても気になるらしい。
またその話題かと心の中でつっこみつつ、口を開く。

「知らないと思う、違う寮の人なの……でも、唇は避けたよ、おでこにされたけど」
「されてるじゃないか」
「で、でも、唇はトムが初めてだって……っん」

他の男が触れた場所を拭うように、おでこに唇を押し当てられた。
そのまま鼻に降りて、唇。
降ってくるキスをされるがままに受け止める。

「もう僕以外に許すな」
「なんで、」
「返事は」
「…………はい」

素直にうなずくと、満足げに目を細めたトムは少し可愛かった。

突然自分に向けられた支配欲は、幼馴染だからなのか、愛なのか、何なのか。
わからないけど、嬉しいと思ってしまった自分がいる。

もう今までの関係ではなくなってしまったことへの不安。
これからどうなっていくんだろうという期待。

複雑な感情にのまれながらも、今、トムに抱きしめられている幸せを噛みしめた。

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