Lと星を見に行こう/死帳
物語シリーズのオマージュ
星空を見たことがないのだと言う。私は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いえ……見たことはあります。けれど、眺めたことはありません。必要なかったですから」
なんて勿体ない!私はワタリさんに内線を掛ける。車を出して下さい。彼は一も二もなく了承してくれた。
「どこへ?」
「秘密!」
車を走らせること十分。とある小さな林の手前。申し訳程度の駐車場に停めてもらい降りる。寂れたその場所に外国の高級車という組み合わせはなんだか凸凹で笑ってしまった。
竜崎の手を引いて歩き出す。答えるつもりがないことを悟ったのか、竜崎はずっと無言だった。けれど空気は重くない。彼との間に流れる沈黙は悪くない。
「あ、竜崎、頭下げて。目も閉じて」
「頭、と、目、ですか?」
「うん。私が手を引いてあげるから、私がいいって言うまで上げちゃダメだよ」
とっておきの場所なのだ。わあっと驚いてほしいのだ。私は彼の手をさらにぎゅっと握り締める。柔く握り返されて、ああ私って信頼されている、と胸の中にふわふわとしてぽかぽかとしたものが生まれた。私は知っている。人はこれを幸せと呼ぶのだと。
暫く歩き続けていると、急に開けた場所に出る。幼かった私の秘密基地。私と姉と兄と、三人の思い出の場所。何も変わっていない。懐かしさが込み上げてきて、これから竜崎にとっても思い出になるかもしれないと思うと喜びが溢れて、私の声は興奮で上擦っていた。
「ここに横になって!あ、目は閉じたままね!」
彼は大人しく寝転がった。私もその横に寝転がる。
「竜崎!目開けていいよ!」
ゆっくりと開かれていく。その黒々とした瞳が、空を写しだす。
「……!」
直後、元々大きな目が更に、零れ落ちんばかりに見開かれた。
「ね、素敵でしょう?とっても綺麗でしょう?」
まさに言葉もなく、彼は満天の星空に魅入っていた。あれがデネブ、アルタイル、ベガ。私は口ずさみながら指差す。なかなか見つけられなくて半べそをかいていた幼い私に、姉がよくこうしてくれた。
「あっ!流れ星!」
お願いごとしなくちゃ、と慌てて唱える私の横で、竜崎はぽつりと呟いた。
「綺麗ですね」
「うん」
「貴女が、一番、」
え?と隣を見る。さっきは確かに星空に向けられていた視線が、今は痛いくらい私に向けられていた。
繋がれたままだった手を軽く持ち上げて、彼は小さく笑う。
「ずっと、貴女とこうして、ただ手を繋いでいられたら……私はきっと、それだけで幸せなんです」
「欲がないんだね」
「いえ、私は欲深いですよ。貴女が思うより、ずっと」
そう言って指先にキスを落とされる。
「キス、してもいいですか」
少しだけ不安そうに揺れる瞳が愛おしくて、実は震えている手がかわいらしくて、私は満面の笑みで頷いた。
「もちろん!」
大好きだよ。