エース長編 | ナノ


教室から出て、足早に廊下を去る。あの教師がおってくる気配は全くなかったが、授業外の教師に見つかれば面倒なことになりそうだ、と少し探してようやく見つけた屋上へと続く階段は、残念ながら封鎖中だった。

ひっそりと置かれた【立入禁止】の看板に八つ当たりしないよう堪えながらその横をするりと抜けて、念の為、踊り場から更に上の階段に腰掛ける。幸い周りは空き教室ばかりで職員室も遠く人通りが無さそうだ。見つかる心配はしばらく無いだろう。そうしてそのまま壁にもたれ掛かり、ゆっくりと目を閉じた。


……あいつは昔から真っ直ぐな奴だった。おれ達がガキの頃、近所のガキが子犬を追いかけ回していて、それを庇った苗字をたまたま通りすがったおれが……。そうだ確か。

──そこはよく遊ぶ公園。今日は誰か居るのかとそこへ足を運べば、いたのは小さな犬を抱き締めて男子を睨む女子と、彼女より少し大きな男子が一人。

「何だよおまえ!その犬はおれが見つけたんだぞ!」
「ワンちゃん怖がってるもん!」
「なんだよ!おれが先に見つけたんだぞ、離せよー!」
「……オイ!」

聞く耳を持たないといった様子で犬を取り戻そうとする背中に声を張り上げると、びくりと肩を揺らしたそいつと苗字がハッとしたようにこちらに視線を向ける。

「そいつもその犬も嫌がってるってわかんねェのかよ!さっさとどっか行きやがれ!」
「おっおまえがあっち行けよっ!」

犬と苗字から興味対象をおれに変えたらしいそいつがムッとした表情でおれに向かって走ってきた。だけど遅い。振り上げられた手が当たる直前、サッと避けるとバランスを崩し盛大に転けたかと思えばそいつは一転、ぐずり出した。

「あっ!……だ、だいじょぶ?」
「……うん。」

その様子を見た苗字が暫し悩むそぶりを見せ、どうするのかと窺えば、さっきまで自分たちを脅かしていた存在に駆け寄ったかと思うと、あまつさえ手を差し伸べたのだ。

小さな頃のおれには、これが酷く面白くなかった。助けてやったのに、と立ちすくんだままのおれが睨むように苗字達を見つめれば、それに気付いたのか、たまたまタイミングが合ったのか再度二つの視線がこちらに向いた。

「思いだした!お、おまえっポートガスだろ!おまえすぐに怒るし恐いから遊んじゃだめだって母さんが、言って、た!」

そう叫んだ男児は怯えた様子で、苗字にも犬にも、もはや目もくれずさっさと走り去ってしまう。結局、何をしたって──いや何もしなくてもおれはいつだって怖がられているばかりなのかと、さらに心にもやもやが広がっていく。

「ぽーと、がす、くん?」
「……!」
「助けてくれて、ありがとう!」
「…………。」
「この子もありがとうって言ってるよ、……え!どうしたの、どこか痛いの!?」

強く握りしめていた拳が不意に温かなものに包まれるのを感じて顔を上げると、そこには逃げるでもなく笑顔を携えた苗字がいて。何故か酷く安心したおれは、みっともないことに涙ぐんで苗字を大慌てさせたんだっけか。


いつも誰かにからかわれては、やり返したり言い返すこともなかなか出来ないような奴だったけど、

「おれのことは、怖がらなかったんだよな……。」

本当に大切な局面にはひた向きに立ち向かって、こんなおれにもいつも分け隔てなく接してくれていた。小学校からの過程でおれが、何もしていないのに様々な理由で何度か疑われた時も一人、最初から最後までおれを信じてくれていた。

考えてみたらあの公園事件以来、懐かれたのか何なのか、苗字が引っ越してしまうまではそういやよく一緒だったなァ、なんて今更そんなことを、思い出してしまった。


抜けちていた思い出は
(意外なほど、きらめいていた)







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