エース長編 | ナノ


久しぶりの授業は、新鮮だった。昔はこんなことをやって何になるんだと聞き流していたものの、知らないことを知るのはそこまで悪くないように感じる。

しかしそれは興味を引かれる科目に限った話であって、まるで面白くもない話を延々と聞かされる授業なんかでは久しぶりにした早起きのおかげで取り損ねた睡眠を、取り戻さんとばかりに睡魔が襲ってくるわけで。

耐えられずに欠伸をすると、ふと近くのクラスメイトと目が合った。思わず眉根を寄せるとそいつは気まずそうに目を逸らし、近くの奴と何やら話し始める。何だアレ、感じ悪ィ。

「……なぁアイツ、何で今更学校とか来たんだろうな。」
「だよなー……問題でも起こされちゃ堪んねえよ。あー怖ェ。」

ふとそんな会話が耳に入る。ワザとか知らねェが丸聞こえだっつの、文句があるなら直接言いやがれ。喧嘩なら受けて立つし負ける気がしねェ。


「知ってるか?アイツ中学ん時、カップルの男ボコボコにして女に手出したらしいぜ。」
「ゲ、まじかよ……。」


……あン時は女が変な野郎に絡まれてたから助けたら、そのあとその辺の奴が呼んで駆けつけた警官が、軽く殴った時の血が付いたおれと異常に怯えてる女と伸びてる男を見て、勝手に勘違いしただけだっつうの。つーか、広まってんのかよその話。

ふつふつと黒い感情が沸き上がってきてわざとらしく舌打ちしてやれば、そいつは肩を跳ねさせ何事もなかったかのように前を向いて授業を受け出した。

けれど教師が教科書の内容を語り続けているのをいいことに、すっかりつられた周りのヤツらもおれの話題一色に染まり、ひそひそとこちらを伺いながら交わされる会話に苛立ちが募る。だから、嫌だったんだ。大体一人じゃ喧嘩ひとつ出来やしねェくせに口だけは達者なモンだ。

情報源も怪しい噂ばかりに気を取られ何も見ようとしてない奴らの言うことなんて下らないし、いちいち気にしていたらキリがない。そうは解ってはいても、やはり視線が、声が痛い。今更それが辛いわけでもない。ただ煩わしいだけなのだけど。

「……やっぱダリィ。」

椅子を弾く勢いで立ち上がると瞬間、教室から音が消えた。周りの奴だけではなく教師さえも目を見張り、こちらを伺っている。「…ぽ、ポートガスくん?」とまるで機嫌取りのような笑みを浮かべる教師が酷く滑稽で鬱陶しい。

ただ、

「……どうしたんですか。」

こいつだけは、真っ直ぐな目でおれを見ていた。

「……帰る。」
「、えっ……!?」

幸か不幸か、どうやら授業に集中していたこいつの耳に、周囲の会話は届いていなかったらしい。
元はといえば、苗字と母親に無理矢理来させられたような形であって、おれの意思はほとんどない。家を出てからならいくらでも振り切る事の出来たこいつに着いてきたのは、只の気紛れ。

こんな謂れもないことを言われ続けるだけの居心地の悪い空間に黙って座っていられるほど、おれは出来た人間じゃねェ。……普通なら、我慢しなきゃならねェんだとしてもだ。

「俺はお前とは違うんだよ。」

考え方や、生き方が、居場所が、何もかも違う。そもそも俺みたいな毎日を適当に過ごしているような奴が、お前みたいに真っ直ぐな奴と一緒にいていいわけがないんだ。

それでもなお向けられる、心配を隠しもしない曇りない視線に、耐えられずに顔を背ける。教室を出る時に視界の端に映った苗字の顔は、見ることが出来なかった。


きみとぼくの住む世界は
(あまりにも違いすぎる)






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