入試前夜


「試験票持った、筆記用具もよし、お財布も一応持って………あああ…駄目だあ」

まるで遠足前の子供のように、何度も荷物の確認をしてしまう。といっても遠足なんてそんな可愛いものではなく、下手をすると人生を大きく左右する決戦…大学入試の前日。

この一年で使い古してぼろぼろになった参考書の類いもすべて見直して、あとは明日に備えて寝るだけ…のはずだったのに目が冴えてしまい、結果がこれ。

「入れ忘れはないけど…あーー明日、覚えた内容全部忘れたらどうしよううう」

さっきからこんな調子で不安に駆られ、何度も手は参考書へ。もう何度目か分からない自己採点をしていると聞き慣れた機械音が耳に届いた。

「誰よこんなときに、………あれ」

見慣れた、けれど意外な人物の名に慌てて電話に出る。もしもし、と聞こえた声にえもいわれぬ安堵感を覚えた。

「…どうしたの、零」
「ごめん、こんな時間に」
「それはいいんだけど」
「ありがとう。名前さん明日受験だったなと思って」
「ああ…うん、寝れないの」
「はは、やっぱり」

電話の相手は一つ下の後輩で、でも兎に角頼りになって、自慢の彼氏でもある宇海零。

「何、励ましてくれるの?」
「うん。名前さんのことだし緊張してるだろうなって思ったから」
「……ありがとう」

その優しさに少し体の力が抜ける。思えばこれまでこと勉強においては、零にもたくさんお世話になった。

「勉強、見てくれたりしてありがとうね零。かなり助かった」
「名前さんは飲み込みが早いから教え甲斐があったよ」
「零の教え方がうまいんだよ」
「……よかった、いつもの名前さんだ。もっとガチガチに緊張してるんじゃないかって、心配だったけど」

そう言われて、先程の焦燥感は、もうあまり感じていないことに気付いた。

「あれだけ頑張っていたんだから、大丈夫だよ」
「零の大丈夫は何だか凄い根拠を感じるね」
「勿論。俺が勉強を見たんだから」
「あはは、凄い自信。…ありがとう」
「どういたしまして」

こんな軽口に、どうしようもなくホッとする。声を聞くだけでこんなに落ち着いた気持ちにさせてくれるのだから、零は凄い。

「大丈夫な気がしてきた」
「寝られそう?」
「うん、零のおかげ、で…」
「それならよかった」

話しているうちに瞼が降りてきて、ベッドに潜り込む。そのことをうまく回らない呂律で零に伝える。

「ごめ…わたし、もう…」
「…うん。おやすみ名前さん、じゃあ最後におまじない」
「おまじ……ない……」

「すきだよ」

零がその優しいことばを呟くのとほぼ同時に、わたしの意識は眠りに吸い込まれていった。



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