「ゆき」
「…」
「ゆきってば」
「…」

私は今まさに恋人である奥村雪男の、寮の部屋に来ているのだが。部屋の主のゆき、こと雪男はかれこれ小一時間机に向かっている。

確かに、今日は勉強したいと言っていた彼の部屋に押し掛けたのは私だ。だから仕方ないのだけど、最初の「おじゃまします」「邪魔する自覚があるなら帰ってくれ」「いや挨拶でしょ!?」という会話以降、口をきいていない。

「…ゆき。…ねえ雪男、……ごめんね」
「……ハァ」

やっぱり来ない方がよかったのかな…と今更ながら後悔の念に苛まれ小さく呟くと、聞こえていないと思っていたゆきが小さく息を吐いたのが耳に届く。

「ゆき…」
「…無視したのはごめん。でも、本当に忙しいんだ」
「うん、だからごめん」
「………それに、その」

少しだけ顔を赤くして何かを言いにくそうにしているゆきを不思議に思い、言葉を促すように見ていると、小さな咳払いとともに、これまた小さな言葉が返ってくる。

「それ、…服。ちょっと薄すぎじゃない?」
「………え?」
「あー…僕も一応、男なんですけど」

今日来ていたのは何の変鉄もないキャミソール。けれど暑かったからそれ一枚に膝上のスカートだけ。そりゃあいつもよりは薄いかもしれないけれど。

「色々我慢してるこっちの身にもなってくれ」
「…我慢、しなきゃいいよ」
「っ…。いやだから僕は忙しくて、」
「なにさヘタレゆき」

さらりと言ってのけた言葉に少し動揺したらしいゆきだったが、私がヘタレと言った途端、だった。

椅子から立ち上がりベッドに凭れて座っていた私の方に来たかと思えば、上半身をベッドに押し付けるような形で、且つ両手首をそれぞれベッドに縫い付けられる。

「…勉強位させてくれよ」
「す、すればいいでしょ」
「……僕がヘタレなんかじゃないことを証明しないと」

耳元に唇を這わせ、囁くように話すゆきを横目にとらえる。かつてこれ程までに妖しい笑みを浮かべたゆきを見ただろうか、というくらいに今の彼はよからぬことを企む悪人のような顔をしていた。



耳(誘惑)




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