いつだったかは、あまりよく覚えていない。
けれど確かに私は、海に似た彼に焦がれたのだ。
「マルコさん、こんなところで寝ていたら風邪を引きますよ」
「………」
すやすやと、気持ち良さそうに寝息をたてている彼が横になっているのは、部屋のベッドでも何でもなく、船の甲板だった。
状況を見るに、甲板に寄りかかって書類を見ているうちに眠ってしまったのだろう。いつもは警戒心が強い癖に変なところで無防備だ、とつい笑ってしまう。
最近の激務を知っているから起こすのも気が引けて、部屋から持ってきた愛用のブランケットをかけてあげるとその体から完全に力が抜けた。
きっと寒かったのだろう。温暖な気候とはいえ、夜の海は少々冷える。恐る恐る隣に腰かけさせてもらうと、何だか暖かく感じた。
規則正しく動く肩をぼんやりと眺める。その姿が、この時間がどうしようもなく愛しくなって、普段から伝えている気持ちを、また形にしたくなってしまう。
いつもなら想いを伝えてもさらりと流されてしまうから。せめて眠りにおちている今だけでいい、夢の中の彼へと届いてくれれば。
「…私、ずっと前からマルコさんに憧れてるんですよ」
「……」
いつもの適当な相槌がないことが少しだけ寂しいような擽ったいような気持ちにさせる。いつになったら伝わるのだろう。
「多分、マルコさんが思ってるより前からですよ」
「…そりゃあ、嬉しいねい」
「──え」
文字通り、耳を疑った。寝ているはずのマルコさんが、ばっちり目を開けて私を見ていることとか、いつもなら流されるはずなのに思いもしない言葉が聞こえたとか、幻聴幻覚かも、だとか。
思考が一気にぐちゃぐちゃになって、ただただマルコさんの顔を見つめ返すことしかできない私を見た彼は、小さく苦笑すると少しばかり体勢を起こして整える。
「……なに、泣きそうになってるんだい」
「いつから………起きてたんですか…」
「…こいつを、掛けてくれた時辺りか」
そう言って、掛かっていたブランケットを私の足元に掛けたマルコさんは困ったような表情をしていて、珍しいから見ていたいと思うのに、どんどん視界がぼやけてくる。
「お前が泣くとは…参ったねい」
「……わ、私だって…泣くくらいしますよ…」
それよりも、と続けた私の体は、…ずっと焦がれていた暖かさに包まれていて。先程の言葉の真意なんて、言葉よりもずっと雄弁な胸の音が物語っていた。その鼓動に耳をすましながら、そっと目を閉じる。
「……好きです」
閉じた瞼に柔らかい温もりを感じながら、今度は流されずに届いた喜びと、重なった想いをしっかりと噛み締めた。
瞼(憧憬)